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団長は副団長を鍛えたい

3 団長は眠った副団長の頭を撫でる

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◆side:オットー

 夕食を食べるついでに料理人兼管理人にザイルのことを伝えた。
 食後は倉庫から簡易ベッドを持ち出し、部屋に運ぶ。

「先に風呂を使ってください。何かあればその後に聞きます」
「はい!」

 荷物を持って風呂場に入っていく後ろ姿を見送って、溜息が漏れた。
 これほど近くに殿下以外の人間がいるのは久しぶりのことだ。…煩わしいとしか思っていなかったのに、ザイルならいいかと思ってしまう。
 明日からどう鍛えようか。
 猶予は一ヶ月。剣術については然程手入れは必要ない。打ち合い経験を積めばいい。あとは、筋力と体力を――――

「上がりました!ありがとうございました!」

 かけられた声に思考が戻った。

「はい。水はそちらに――――」
「はい!」

 湯上がりの上気した頬と濡れた髪。身につけているのは貴族らしいさらりとしたシャツ。
 ……ああ、これは。とりあえずの同室にしておいて正解だ。

「入ってきます。適当に飲んでいてください」
「はい!」

 危険性を説く必要があるかもしれない。
 鍛錬には体術も含めたほうがいい。
 とりあえず自分がそばにいる間は何も問題ないだろうから、できるだけ離れないようにしておけばいいか。

「やることが多いな…」

 風呂場で頭から湯を被る。
 やることは多いが、特に苦ではない。
 どこか楽しんでいる自分がいる。

「……ああ。そうか」

 村で小さな子どもたちに戦い方を教えてた、あの頃のような感覚だ。大変な毎日の中でも、笑顔を見て楽しく過ごせていたあの時間。
 村の子どもたちとザイルを重ねるわけではないけれど。
 俺は案外面倒見がいいらしい。

 適当な服を着て部屋に戻ると、ザイルは簡易ベッドを整えていた。

「あ、オットーさん」
「水分は取りましたか」
「はい!」

 椅子に腰掛け、自分もグラス一杯の水を飲み干した。
 ザイルはそのまま簡易ベッドに腰を落ち着かせる。

 それから明日からのことを確認した。
 一ヶ月後、北に向けての遠征があることも伝えると、表情が引き締まり、真剣な面持ちになる。

「この一ヶ月で成果を出せということですね」

 俺の話を正しく受け取ったらしい。

「よろしくおねがいします」

 居住まいを正し、改めてそう俺に頭を下げた。

「厳しく行きますからね」
「はい」

 素直にいい顔だと思う。決意をにじませ、甘えなどどこにもない表情だ。
 ……楽しみで仕方ない。





◆side:ザイル

 一ヶ月後の遠征までに、自分の力を示さなければ、俺は認められないのだと改めて感じた。
 ある意味試用期間のようだ。まずはオットーさんに認められなければ、何も前に進まない。

 翌日から始まった鍛錬には、ほとんどオットーさんがつきっきりだった。
 私がどれだけ汗だくになっていても、オットーさんは一筋の汗もかいていない。
 私が走り込みをしてる間に、隣接している殿下の執務室に出向き、書類仕事の補佐もしているらしい。
 ……あの人、超人か何かだろうか。

 ここまで体を酷使したことがなかった私は、昼食はほとんど食べることができず、夕食でさえ中々喉を通らなかった。
 けれど、オットーさんは食べろといい、私が食べ終わるまでずっと隣で見てくる。
 詰め込むような夕食を終え、オットーさんの自室に戻り、湯で体を清めたらもう起きていられなくて。
 簡易ベッドに倒れ込むように横になり、泥のように眠った。

 そんな日々を三日ほど過ごしていると、とりあえず食事はまともに食べれるようになった。
 そして四日目の夜。
 やっぱり倒れ込むようにベッドに横になっていると、大きな手が頭をなでてくれることに気づいた。
 ……オットーさんの手だ。
 もしかして、毎日こんなふうに撫でてくれていたんだろうか。
 指導は厳しいし、妥協も何もなく、全力で私に向き合ってくれているのだとよくわかっていた。けど、夜にまでこんなに優しく労るように撫でてくれていたなんて、全然知らなかった。
 なんとなく口元に笑みが浮かんだ。
 頑張れる。
 やってやる。
 私は負けず嫌いだから。

 鍛錬には時々殿下も顔を出した。顔だけじゃなくて剣も出してくる。主にオットーさんと打ち合っているのだけど、私にも声をかけてくれる。
 あの殿下と打ち合ってる。
 しかも、助言まで貰ってる。
 …夢じゃない、これは現実。
 私はどれだけ運に恵まれていたのだろう。

「よく鍛えてあるな。オットー、一度魔物退治にも連れて行け」
「ええ」

 ……殿下に褒められた。
 が、喜んでる場合じゃない。
 まだまだ、だから。

 自分に余裕ができたからかもしれない。
 兵舎で私に向けられる視線の中に、欲を含んだものばかりでなく、羨望が含まれていることに気づいた。
 まだ濃紺の軍服は与えられていないが、殿下やオットーさんから直接指導を受けている私が羨ましいのだなと理解した。
 私自身がまだ現実として捉えきれていない。もっと強くなれば、「私なんかが」と思うこともなくなるだろうか。

「おやすみなさい、オットーさん」
「おやすみ」

 就寝の声をかける余裕はできた。
 毛布をかぶり、目を閉じる。
 そして、寝たふりを暫く続けていれば、オットーさんはいつもどおり頭をなでてくれる。

「よくやってる。頑張ってるな」

 いつもの丁寧な言葉ではなく、多分彼の素の言葉でかけられるねぎらいの言葉。

 嬉しい。
 頑張ろう。

 そう思いながら、私は眠りの中に落ちる。



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