魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです〜団長は副団長を嫁にしたい〜

ゆずは

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団長は副団長を鍛えたい

2 団長の呼び方をとりあえず決めた副団長

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◆side:ザイル

 憧れの人が、兵舎の中を案内してくれる。
 案内されながら、大事なことを思い出してしまった。
 なんだか流れでついてきてしまったけど、私、自己紹介もしてなければ、自己紹介されてない!
 殿下とのやりとりでお互い名前は知ったと思うけど、それはそれ、これはこれではないだろうか。
 殿下に問われたときに私は名前を叫んだ気もするけれど、彼に対してはちゃんと言葉にしていない。

「あ、あの…!」
「はい?」
「わ、私は、ザイル・リクシーです…!!」
「はぁ」
「え、っと、それで」

 滅茶苦茶不信顔をされてしまった。こんな顔されたかったわけじゃないのに…!
 羞恥と後悔で俯いてしまって顔があげられない。
 もう。どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 というか、今すぐ頭から布団を被ってしまいたい。なかったことにしてしまいたい。
 呆れられるのか、嫌われるのか。どちらも嫌だ……って思っていたら、突然頭を撫でられた。

「自己紹介がまだでしたね。私はオットーです。平民出なので家名はありません。ちなみに、私は女神に対して信仰心を欠片も持ち合わせていないので、女神に誓ってなどの文言は一切聞きません」
「……え?」
「貴方のほうが身分は上ですから、私のことは好きに呼んでください。私は貴方のことはザイルと呼びますが、敬称をつけろと仰るのでしたら――――」
「いえ、あの、ザイルでいいです!むしろ、それがいいです!!」

 ……食い気味に言葉にしてしまった。
 彼は少し面食らったような顔をしたけれど、ふ…って表情を緩めてくれた。

「ではザイル、行きましょう。ここでは些か目立ちますから」
「あ」

 改めて周りを見てみれば、ここは通路のど真ん中。
 結構な声を出してしまったからか、何だなんだと兵士たちがあちこちから私たちを見ていた。
 彼はもう一度私の頭を撫でると、また廊下を歩き始めた。
 殿下がオットーと呼んでいた。
 身のこなしも綺麗だし、平民だなんて信じられなかった。
 ……私はなんて呼ぼう。
 オットーさん?様?殿?
 ……全部堅苦しいけれど、何もできない私が呼び捨てにするなんてこと、絶対に相応しくない。なら、『オットーさん』で落ち着いてもいいだろうか。

「あの……オットーさん」

 できるだけ声を抑えて呼ぶと、オットーさんは足を止め、ぎこちなく私に振り返った。

「はい?」

 変な顔だった。
 なにか言いたそうな、でも言えない、みたいな。

「オットー…さんと、呼んでいいですか…?」
「………好きに呼んでくださって構いませんよ」
「わかりました!では、オットーさんと、呼ばせていただきます!」
「……はい」

 ふいっとまた視線をそらされたけれど、名前を呼ぶことを許してもらえたんだ。
 それだけで嬉しくてどうにかなりそうだった。





◆side:オットー

 なんであんなに嬉しそうにするんだろう。
 必要以上に瞳が輝いているように見える。
 ……いや、見間違いだな。たかだか平民の一兵士にむける眼差しじゃない。恐らく、俺を越えて殿下を見ているんだ。

 オットーと呼ばれたときに酷くむず痒さを感じた。今まで俺をそんなふうに呼んだ者はいない。
 一瞬、俺に対する挑戦かとも思ったが、ザイルの顔からはそんな思惑は感じられず、俺の考えすぎだったかと思い改めた。

「ここは私の部屋ですが」

 兵舎三階にある自室を開けた。
 いつも寝に戻るだけの部屋だ。それほど汚くはなっていない。

「え、と……、お邪魔しま、す」

 それほど広くはない部屋を、またきょろきょろと見回しながらザイルが入ってくる。

「貴方が入る部屋については、管理人と殿下と後で決めます。それまではここに簡易ベッドを入れるので、暫くは私と同室としてください」
「え」

 驚いたように目を見開く姿に、溜息は隠せない。

「嫌でしょうが呑んで下さい。……最も、私は寝るときくらいにしか戻りませんから」
「あ、いや、とかではなくて!オットーさんが休まらないのでは、と……」
「何も問題ありませんよ。……そもそも、殿下と行動を共にしているとまともに眠れる日も少ないくらいですから」
「え…」
「貴方もそのうちわかりますよ。……あの人は化け物みたいな人ですから。まあ、だからこその殿下、とも言えますけどね」
「はい……」

 疑問を浮かべた顔だったが、それ以上は言わなかった。
 伝えずとも、一月後には体感するだろう。

「荷物は適当にそのあたりにでも置いてください。夕食に行きましょう。ついでに管理人にも紹介します」
「あ、はい」

 剣を握っているときは年齢にそぐわない雰囲気を出していたというのに、ここにいるザイルは年相応に見える。
 半ば強引とも言える同室だが、まあ、ザイルが納得したのなら暫くはこれでいい。

 謎の安心感を覚えながら、ザイルを伴って食堂に向かった。
 明日から楽しくなりそうだな…と、口元に笑みを浮かべながら。










*****
休日ほぼなし
睡眠時間は仮眠程度
時間が空いたらひたすら鍛錬

どこのブラック企業なのか…クリス隊。
お給料はクリスのポケットマネーです。今のところ。
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