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団長は副団長を鍛えたい

1 団長の不安と副団長の憧れの人

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◆side:オットー

 兵舎を利用するのは大体が平民出の一般兵士だ。騎士団所属の者は逆に貴族出が多く、王都にある屋敷からの通いが多い。たまに家が遠く、通いが困難な者はいるらしいが、その際あてがわれるのは兵舎ではなく騎士団寮だ。そのほうが揉め事が少ないということはよく理解できる。

「俺のもとに来ても、『騎士』になることはできない。扱いはあくまでも一般兵士と同じだ。それでもいいのか」

 殿下はザイルに対して、試すような表情で尋ねた。
 俺としては『騎士』のような規律が多い立場は御免被りたいが、貴族にとっては違う。特に跡を継げない子息にとって、『騎士』という仕事は己の存在意義を確認できる仕事だ。騎士になれるということはその実力をも認められたということになるからだ。――――ということを、最近ようやく理解した。
 貴族ってのは本当に面倒くさい。

「はい。私は騎士を目指していたわけではないので、一兵士としての身分で十分です」
「そうか。リクシー家は王都に屋敷は持っていなかったな。騎士団寮を手配することはできないが」
「構いません」
「では、兵舎の部屋については後で確認してくれ。オットー、頼んだ」
「はい」

 その場を離れる殿下を頭を下げて見送り、殿下の背中を見続けているザイルの方に向き直った。

「荷物は?」
「少しあります」

 ザイルは小さめの背負袋を手繰り寄せると、折れた剣も手に取った。

「ついてきてください」
「はい」

 神妙な面持ちで俺のあとについてくるザイルからは、やはり貴族の持つ独特な優美さが感じられた。
 兵舎は整っているとは言い難いし、何より教養のない平民ばかり。常に争いが起きるということではないが、少々荒っぽさのある兵の中にザイルを入れて無事に済むんだろうか。……剣の腕がある程度あるとしても、だ。
 兵舎は四人部屋が主になる。
 食堂があり、比較的大きな風呂場もあるが共用だ。
 俺は上官用の一人部屋があてがわれているから、部屋に風呂がついているのだが、少し華奢な兵士は風呂を使ったときに大柄な兵士に犯されたという話も聞いたことがある。
 ちらりとザイルを盗み見る。
 大柄な男をどうにかできる体格には見えない。丸腰なら簡単に押さえつけることができそうだ。

 困ったな…と思いながらも、兵舎に着いてしまった。
 昼間はあまり人はいないが、今日は御前試合だったということもあり、非番の兵士が多いらしい。夕刻が近いとはいえ、兵舎内には多数の兵士たちがいた。
 俺の後ろをついて歩くザイルに視線が集まっている。何が物珍しいのか、随分周りをきょろきょろと眺めているようだった。





◆side:ザイル

 まさか、その人物から声をかけられるとは思っていなかった。

 貴族の子息の中で剣を手にする者が、必ずと言ってもいいほど憧れる、絶対的な剣の使い手であるクリストフ第二王子殿下。
 彼に認められたい、彼に剣を習いたい、彼と共に行動できる騎士になりたい、そう願う者は多い。
 その殿下に、一年ほど前から直属の部下がついたと話題になった。
 濃紺の、どの騎士団にも属さない軍服には、殿下の『印』が施され、殿下が行くところ全てにその人物ただ一人だけが付き従っているという。
 殿下に認められた唯一の人。会ってみたい……と思うのは当然のことだった。

 だから、御前試合の予選が終わったときに声をかけられたときには、息が止まりそうになるくらい驚いたし、調子に乗って求めてしまった助言にしっかりと答えてもらったときは死ぬかと思ったくらいだ。
 自分のことを見てくれていたんだという喜びと、あまりにも図々しいことを願ってしまったという後ろめたさと、馬鹿なことを口走った恥ずかしさで、逃げるようにその場から離れてしまったけれど。
 借りたタオルをにぎりしめながら、せめて助言してもらったことを実践しよう…と、本戦が始まるまで自主鍛錬に勤しんだ。

 そして本戦を迎え、体がよく動くことに気をよくし、剣の手入れを怠ったことで、あろうことか決勝で剣が折れた。
 勝負あり!という審判の声も、どこか遠くて。歓声の上がる闘技場から、逃げるように出ていた。
 ……情けない。
 あの人に見られていただろうか。折角、助言をもらったのに。こんな負け方、体がどうこういう以前の問題だ。
 喧騒から離れた場所で一人落ち込んでいたとき、またしてもありえない人から声がかかった。

「お前、俺のところに来るつもりはあるか?」

 それは、憧れてやまない人からの言葉だった。
 あんな無様な負け方をしたというのに、殿下は私に声をかけてくださった。
 私の返事なんて、決まっている。
 拒否する理由はなにもない。

 殿下の後ろから、あの人に見られていることにも気づいた。
 逃げるような真似をしたのに、彼からは拒絶も否定も感じなかった。

「ついてきてください」

 濃紺の軍服。
 背中には、銀糸で殿下を示す剣と杖の『印』が刺繍されている。
 私のもう一人の憧れの人。
 今日からこの背中を追いかけることを、正式に認められたんだ。
 ……そう思うと、思っただけで、口元に浮かぶ笑みを隠せなかった。




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