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閑話 ⑤

夫婦前喧嘩に周りを巻き込むのはやめましょう

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*結婚間近な時期のお話









「ギルマス!!」
「ぅわ!?」

 思い切りドアを開けたら、カウンターの内側でグラスを拭いてたギルマスが驚いて、グラスを落としそうになってた。

「おい……坊主、だから、前にも言ったが――――」
「クリス来ても俺がここにいるって言わないでね、ギルマス!」
「は?」
「俺、立てこもるから!!」
「おい」

 言うことだけ言って、俺は部屋のドアを閉めた。

「……いや、立てこもるって、そこ、俺の部屋なんだが……」

 っていうギルマスの言葉は聞かなかったことにする。





 無闇矢鱈に転移は使っちゃだめーと普段から言われてたけど、今回ばかりは仕方ないと思う。
 流石にギルマスのベッドを使うのは躊躇われたので、毛布だけ拝借してソファに寝転んだ。
 ……あまりにもクリスが酷いから、家出してきた……とは、言えないけど。
 ……だって、ほんとに酷いし……。
 好きだけど許せないことだってあると思うんだ。

「……マシロ、連れてくればよかった」

 マシロを抱きしめてたら、少し気分が落ち着いたかもしれないのに。
 ……いつもいつも一人で勝手に決めてさ。俺の意見なんて聞いてくれなくてさ。それで俺が拒んだって強要してきてさ。本人はこれぽちも悪くないって顔するしさ…っ。
 そりゃ、クリスのことは好きだから、大概のことは許してしまうけど、でも俺にだって意見はあるし好みだってある。
 なのに、なのにさ……!!

「う~~……許せない……っ」

 あんまりにも酷くて許せなくて、もう寝る前だったのに跳んできてしまった。
 ……だから、裸足だし、そもそも寝間着代わりのクリス服だし……。立てこもる以外何もできないけど。
 人様の部屋だから、バリケード作ったり氷で固めたりなんかもしないけど。
 頭から血毛布を被って。




『だから、なんで勝手に決めるのさ…!!』
『アキ?』
『俺、そういうの好きじゃない……!!』
『だが』
『クリスのわからず屋!!!』




 ……って、一方的に怒鳴って出てきてしまった。
 ……頭に血が登ってたから、もしかしたら他にも酷いこと口走ったかもしれない。
 クリスに悪気があるわけじゃないのは、もうわかってる。純粋に俺を想ってるからこその行為っていうのも、理解してる。

「……言いすぎた……よね……」

 怒りの感情っていうのは長く続かない。
 どこからもクリスの匂いがしない現状に、家出してきたことを早々に後悔し始めていた。

「……寂しい」

 今夜は絶対帰らない……って思ってたのに、頭冷やせばいいんだって思ってたのに、ほんの少しの時間しか経ってないのにクリスが傍にいないことに凄く寂しくなっていて。
 もう、やっぱり、帰ろうかな……ってクリスの魔力を探し始めたとき、小さなふわふわが毛布の中に入ってきた。

「み」
「マシロ」
「みっ」

 籠の中で寝てたはずのマシロがいる。
 小さな舌で一生懸命俺の頬を撫でてくれる。
 片手で抱きしめたら、ふわふわで温かくて、なんか涙が止まらなくなった。

「ふぇ……っ」
「みっっ」
「全く……」

 突然の呆れた声と同時に、毛布を剥がされた。
 ……目の前のクリスの顔が、ぼやけて見える。

「ク゛」
「寂しくて泣くくらいなら出ていかなければいいだろう」
「だ………っ、で、ぇ」
「みゃ」

 慰めてくれるマシロをまた抱きしめたら、マシロは嬉しそうにもっと俺の顔を舐めてくれる。

「マシロぉ……」
「みゃ」

 マシロは嬉しそうに鳴いて、ふさんふさんって尻尾を揺らした。

「帰るぞ」
「や、ら゛ぁ」
「アキ」

 呆れたクリスの声。

「み」

 ……マシロの目が、『帰ろう?』って言ってる気がする。

「じゃあ一晩ここにいるのか?」
「……それも……や、ら゛」

 クリスの匂いもぬくもりもないなんて耐えられない。

「……わかった」

 一つ溜息をついたクリスが、俺に羽織っていたマントをかけた。
 ふわ、って、クリスの匂いがして、なんか余計に泣きたくなる。

「俺が悪かった」
「ク゛リ゛ス゛…?」
「今は無理強いはしない。今まで通りでいい」
「……ほんとに?」
「ああ。だから泣き止め。アキがいる場所は俺の傍だろ?」
「ん………っ、ぅん…っ」

 簡単にマントでぐるぐる巻にされたけど、両手を出してクリスに抱きついた。クリスはあっさりと俺を抱きとめて、ソファから抱き上げる。マシロは満足そうに俺の腹の上に座った。

「……なんでギルマスのとこにいるって……」
「俺の次に信頼してるだろう?……まあ、ここじゃなければザイルのところに探しに行くところだったが」

 俺の家出先は既に把握されていた。
 でも、嬉しい。
 迎えに来てくれたし、俺の意見尊重してくれたし。

「クリス、好き」
「ああ」

 やっぱりクリスがいないと駄目。匂いも体温も、すごくすごく好き。

「あー……、仲直りか?」
「ああ。連れて帰る。騒がせて悪かったな」

 部屋のドアのとこで、呆れ顔のギルマスが出迎えて(見送って?)くれた。

「…で?なんなんだよ、喧嘩の原因」

 喧嘩……なのかな?俺が一方的に怒ってた気がする。

「意見の相違だ」
「へぇ?珍しいな?坊主がそんなに譲れなかったことなのか」
「……ああ。俺は似合うと思ったんだよ。アキの魅力がもっと引き立つだろうし」
「クリス…っ」
「ああ?」
「アキがここまで恥ずかしがるとは思ってなかった。……今回は見送ることにする」

 至極真面目な顔で、クリスがつらつらと言葉にする。ついでに、多分、赤くなった俺の頬にキスまで落としてくる。

「………白のレースの下着、どうしても駄目か?」
「……っ」

 覗き込むように縋るように俺を見てくるクリスの目。うぐぐ……って頷きそうになるのをなんとかこらえていたら、すぐ近くから盛大な溜息が。

「……お前らな、そういう揉め事に俺を巻き込むな!?」
「はわ…っ」

 ギルマスが怒った。
 マシロまで耳と尻尾がピーンって立ってる。

「アキラ、お前も!!」
「はぃっ」
「たかが下着一つのことで転移使うな!!」
「はぃ!!すみませんでした!!」

 ギルマスが眉間の間を揉みながら、更に深くため息をついて。

「……お前らな、ほんとに勘弁しろ。閨事に周りを巻き込むなっ。さっさと城に帰れっ」

 閨事。

 ぶわわ…って、顔が熱くなった。
 そうだよ。下着ってあっさり口にして、ギルマスに何言っちゃってるの…って状態だった。

「ご、ご、ごめんなさい……っ」
「言われなくても帰るよ」

 クリスはクリスで笑っていて、悪いとあまり思ってない。羞恥って言葉を知らないのは、もう、前からだけど。





 クリス服なので、マントでぐるぐる巻にされたまま城まで運ばれた。もちろん、ヴェルで。
 クリス一人で来てたみたいで、それだけはちょっとほっとした。

 クリスと言い争った原因でもある、総レースの紐な下着は、とりあえず諦めてくれたらしく、慣らされてしまったいつもの下着で落ち着いた。
 ……ほんと、あんな恥ずかしい下着、付けれるわけがない。





 ――――このときの俺はまだ知らない。
 結婚したあと、俺の下着は全てその総レース仕立ての紐……に、置き換わることを。
 俺は有耶無耶のままにそれを受け入れてしまうことも。
 クリスが言った『今回は』って言葉に、もっと突っ込んでおけばよかった……。




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