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if番外編:お返しは糖度高めにお願いします

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 セシリアから聞いていた『予定日』が明日に迫った。
 あれから二日経った今日も、アキは今朝から離れようとしない。
 …まあ、それで、少し困った状況にはなっているのだが。

「アキ、少し部屋で休まないか」
「や」
「アキラさん、ティーナ様がお茶にと」
「…今日はごめんなさいって伝えて」

 ……これじゃあ『アキに知られないように菓子作り』が出来ない。
 オットーはお手上げというように口を出さないし、セシリアが用意した義姉上とお茶…というのにも同意しない。
 アキがなってる原因を、ザイルはなんとなくでも気づいている様子だが、何に怒っているのか俺にも教えてはくれない。

 さて……困った。

 困ったが……、甘えてくるアキが可愛い上に愛しくて、顔がニヤけてしまうのは仕方ないと思う。
 強制的に眠らせれば、離すことは可能。
 けれど、万が一途中で目が覚めたときに俺が傍にいなければ、アキの不安と不満が爆発する。
 それに、今のアキなら、オレが眠らせようとすればそれに抵抗することもできてしまう。
 ……抱き潰した上で眠らせれば、恐らくはすぐに目覚めない。
 抱くことに否はないが……、手段のようにアキを抱くというのにも抵抗がある。

「……仕方ないですね」

 セシリアが何かを諦めたようにアキに近づいた。
 ちらりと俺を見てから、アキの耳元で何かを話し始める。

「………」

 アキの瞳が俺を見る。

「……ほんとに?」
「う、ん?」
「ホワイトデーのプレゼント用意してくれてる、って」

 アキがここ最近見られなかったキラキラした瞳で俺を見上げてきた。
 仕方ないとはいえ秘密裏にことを進められなくなったのは仕方ない。セシリアはどこまで耳打ちしたのか。

「セシリアから聞いたんだ。贈られたチョコレートのお返しを一月後にするんだろう?」

 チョコレートと口にした途端、アキの頬が赤くなっていく。
 その頬をなでながら、まあ、秘密にする必要もないかと改める。中身までは言わずとも。

「明日は休むよう調整してある。アキに贈る物もこの間選んできた。あとは、菓子を作るだけなんだ」

 頑なだったアキの瞳が嬉しそうに解けた。

「嬉しい」

 顔を見ていればよくわかる。
 アキのそんな様子を見て、胸を撫で下ろした。

「クリスがお菓子を作るの?」
「ああ。セシリアに教えてもらうんだ。オットーと」
「見てていい?」
「……楽しくないだろ?義姉上と茶会をしたほうが」
「ううん。クリスが料理してるところが見たい!」

 アキが望むならそれでいい。
 この表情に俺がどれだけ安堵しているか、気づいてもいないだろう。

「では厨房に行きましょう」

 可愛らしいアキをずっと愛でていたかったが、セシリアの声で俺たちは厨房へ移動した。





 セシリアから連絡が入っていたらしい厨房には、菓子作りのための空間が出来ていた。
 料理長は俺の腕の中のアキを見ると、すぐに椅子とテーブルを用意し、小さめの茶菓子やお茶を並べた。

「アキラさんと副団長様はこちらで」
「はい」

 セシリアの指示に抗う気はないらしく、椅子におろしても文句は出てこない。

「シンプルにいきましょう」

 手を洗い調理台につくと、セシリアはそう宣言した。
 ……それからは俺にとっては初めてのことばかりだった。料理の経験のあるオットーの方が、まだ手際がいい。
 王子が料理をしてるということで、料理人たちが気にしているらしく視線を感じるが、俺はそれを気にしてる余裕はない。
 アキが見ているんだから失敗は出来ない…と思っているのに、何度もセシリアから注意を受ける。
 恐らくそれほど細かい作業ではないのだろうが、正直、剣を振るっている方がいい。
 それでも時折アキと目が合うと、嬉しそうにニコニコと笑顔を向けてくれるから、なんとか手を動かし続けた。

「クリス、小麦粉ついてる」

 生地を寝かせるからと小休止の間、アキの隣に腰かけ脱力していると、アキの指が俺の頬をなでていく。
 アキは楽しそうだ。

「……菓子作りは大変だな」
「うん。でも、普通の料理だって大変だよね。ほんと、料理人の皆さんすごいと思う!」
「そうだな」

 素直な賛辞に、料理人たちからも嬉しそうな気配が伝わってきた。
 アキの言うことは最もだと思うが、その笑顔は駄目だ。俺だけが見ていればいい。
 小さな茶菓子をアキの口に寄せれば、躊躇いなくパクリと食べ、俺の指まで軽くなめてくる。ちらりと上目遣いで俺を見てくるアキの表情は、悪戯っぽく輝いてる。
 アキの視線が俺だけを捉えていることに満足しながら抱き寄せようと手を伸ばした途端、セシリアがパンッと手を叩いた。

「さ、続きをしましょう」

 ……明らかに俺の邪魔をしたな。

「がんば」

 不機嫌になったところにアキが頬へ口付けてくれた。

「ああ」

 たったそれだけで機嫌が上向くのだから、俺は相当アキに弱い。
 俺も額に口付けを返し、席を立った。

 後は成形して焼くだけ。
 多少歪な形になってもいいそうだ。
 オーブンで焼き始めると甘い香りがし始める。
 アキの手元の茶菓子はあまり減っていない。お茶は飲んでいるようだが。
 焼き上がりオーブンから取り出したものの中には、若干焦げたり割れたりしているものがあった。それらを除いても綺麗に焼き上がっているものは多く、支障はない。
 食材を無駄にすることは心苦しいが、贈るのに適さないものはどうしたらいいだろうか。

「割れてても若干焼きすぎていても食べれるので」

 オットーが焼いていた分も含めて三人で考えていたとき、俺の服の裾をアキが引っ張った。

「アキ?」
「味見」

 自分を指さして、期待の眼差しで。

「味見したい」

 綺麗に仕上がったものは明日贈るのに。
 だが、茶菓子が減っていない理由かと納得もし、割れたものをアキの口に運んだ。

「んーっ」

 咀嚼して、幸せそうな笑顔になる。

「もっと!」
「味見だろ?明日の楽しみが減るだろ」
「明日は明日!今は今!」

 そんなアキに周りからも笑い声が聞こえる。
 まあいいか。
 お茶を淹れ直し、包めないものは全員でつまんだ。
 味がいいのはセシリアのおかげだが、そう言うとアキは、俺が作ったから美味しいんだと力説する。
 アキがこれほど喜んでくれるなら、少しくらい料理を覚えてもいいかもしれないと思ったことは、言わないでおこう。



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