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if番外編:お返しは糖度高めにお願いします

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 北町から戻ったときには、既に太陽は中天にかかっていた。
 急いで自室に戻ると、扉を開けた途端、アキが抱きついてくる。

「おかえり、クリス」
「ただいま、アキ」

 軽く触れるだけの口付けを繰り返し、アキを抱き上げソファへ移動した。
 ソファに腰掛けアキを膝の上に座らせると、俺の首筋に手を伸ばし、今朝付けた痕に指を這わせてきた。
 満足そうな顔をしてすり寄ってきたが、若干眉間に皺を寄せながら離れてしまう。

「どうした?」
「……や」

 アキの表情が強張った。
 なんとなく泣きそうに目元を歪めるが、すぐに抱きついてくる。

「アキ?」
「……お昼からは?仕事だよね?」
「ああ」
「……俺も一緒にいていい?」
「構わない。だが、アキの予定もあるだろ?」
「俺のは、別に」
「そうか?…なら、俺と執務室だな」
「ん」

 メリダが昼食の準備をしている間、アキは俺から離れようとしなかった。





 本当にどうしたのか。
 アキの元気がない。
 昼間に何かあったんだろうか。
 昼食のときも食べにくいだろうにピタリと俺に寄り添い、離れようとしない。
 口元に運んでやればしっかり口を開けて食べてはくれるが、いつもならある程度自分で食べる…と、足の上に座っていても体を離して自分でも料理を手に取るのに、それが一切ない。
 少しでも離れたくないとでも言うように、片手は俺の背中に回ったまま。
 流石にメリダも心配げな顔を向けてきていた。
 体調が悪いのかと問うても「大丈夫」としか言わないし。

「昼からは部屋で休んでるか?」
「ううん。クリスと一緒に行く」
「無理しなくていいんだぞ?」
「無理じゃないし…。……でも、このまま連れてって」

 食欲もないのか半分も摂らず、ひたすら俺にしがみつくアキ。

「……ああ、そうだ。アキが好きな菓子を買ってきたから。メリダ、後で運んできてくれ」
「……かしこまりました」

 袋を表情の硬いメリダに渡した。
 アキはそれをちらりと見て、すぐに俺の胸元に顔を埋めてしまう。
 アキを抱き上げ部屋を出た。すぐにザイルと視線を合わせたが、アキの様子を見てその表情がこわばる。
 視線だけで俺が言いたいことがわかったのか、ザイルは無言のまま頭を左右に振った。…特に何もなかったということか。
 廊下を進んでいる間、アキは時折周りに視線を向けていたが、すぐにまた胸元に押し付けてきた。

「何かあったのか?」
「………ううん」

 どう見てもなにかあったとしか思えないんだが。けれどアキは俺に話すつもりはないらしい。
 帰ってきたときは満面の笑顔だったのに。朝と変わらず機嫌が良さそうだったのに。
 俺に抱きついてきてから、様子が変わった。

 ……まさか。
 王都で何をしてきたか、気づかれたんだろうか。俺が何を準備しているのか、知られたのだろうか。
 いや、それなら元気がなくなるよりも、顔を真っ赤にしながらうろたえる…か?

 なんにせよ、こういうときのアキはどんなに聞いても答えない。
 だから、甘やかす。
 俺と離れたいとは思っていないようだし。むしろ、いつもよりも傍にいたいと思っているようだし。

「今度二人で王都に降りようか」
「……うん」
「今日見てきた行商人市も、まだ暫くはここにいるから」
「……うん」
「珍しい衣装もあった。…アキに似合いそうだ」
「……うん」

 背に回る腕に力が入った。

「行きたくないか?」
「……行きたい。……でも」
「うん」
「クリスが………」
「俺が?」
「……ううん。いい。やっぱり……行かない」

 すり…と頭を擦り寄せてくる。
 ……これはどう考えても原因は俺じゃないのか?
 嫌われたわけではないはず。
 置いていったから?
 視察だと表向きの理由だけを告げていたから?

「……アキが行きたいときに行こうか」
「…………うん」

 アキのことならどんな些細なことでも知りたいのに。
 こういうときは無理だ。
 俺のことに関してなら、余計に。
 アキが気にしている何かがアキの中で解決しないと、アキは俺に話してくれない。
 アキは俺から離れることを嫌がってる。…なら、アキが安心するまで傍にいればいいだけだ。

「アキ」
「なに?」

 上向いた顔が俯かないうちに、唇を重ねる。
 僅かに体がこわばったが、すぐに力を抜いて背中を強く抱きしめてくる。
 うっすらと開いた唇から舌を潜り込ませれば、おずおずと舌が絡んでくる。
 …閉じた瞳。瞼がピクリと震える。
 魔力と一緒に俺の想いも流れ込めばいいのに。
 言葉に出来ないほど溢れているものを、アキも感じることができればいいのに。

 少し力を抜いたアキを抱き直し、執務室に向かった。
 部屋の中では、すでにオットーが書類の仕分けを始めていた。

「アキラさん、どうされたんですか?」

 書類をまとめる手を止めて、オットーが眉をひそめた。
 アキは特に答えることはなく、ただ首を振ってまた俺の胸元に顔を押し付けてくる。

「問題ない」

 椅子に座ると、アキがもそもぞと動き出し、俺に正面から抱きつくように落ち着いた。
 いつも邪魔になるからと、やらない姿勢。
 背中を軽く叩いて頭を撫でると、ホッとしたように息をついた。

「……ん?オットー……ちょっと」
「はい?」

 俺のあとから執務室に入ってきたザイルが、オットーの腕を引いて一旦外に出た。
 ……なんなんだ。

 暫くして戻ってきたとき、ザイルの不機嫌そうな顔にアキの表情が重なった。オットーは苦笑しているが。
 アキとザイルの機嫌が悪くなる原因は、もうしか考えつかないのだが。
 一体どうしたものか……。



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