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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。

60 ダンスレッスンは続く

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「アキラさん、ほら、リズムゲームですよ!」
「そんなこと言っても!!」

 日のよく入る暖かな広間で、お茶会の後のダンスレッスン。
 音楽再生できないから、ひたすらリアさんの、刻むリズムに合わせる形なんだけど。どこの貴族令息も令嬢も、大体こんな感じで練習を重ねるらしい。音楽は楽団の人をお願いしないとならないから、大変なんだって。

「じゃあ、ゆっくり、確認ですよ、一、二、三……、右足違います」
「あう」
「順番覚えましょう!順番通りに譜面が来るんですから!」
「鬼!」
「あと一週間しかないんですから、泣き言いわない!!」
「はぃっ」

 俺に指導しながら、ゆっくり目のリズムを口で刻むリアさんは、自分もしっかりステップを踏んでる。
 なんというか…とても器用。
 笑いながら俺の手を握って腰に手を当ててくるクリスも、ゆっくりなステップを間違えない。俺とほぼ年齢の変わらない(はず)のユージーンさんも、苦笑しながらリアさんの相手をしてる。
 貴族の人ってどんな時でも踊れるようになるまで、練習させられるのか……。

「はい、ため息禁止!」
「うう……辛いよぉ……」
「泣き言は」
「はいっ、禁止です!!」

 駄目だ。
 ダンスは完全に体育会系のノリだ。俺が苦手とする分野だ。これはリズムゲームじゃない。絶対違う。

「アキ」

 ぐすぐすしてたら、耳元でクリスの声。

「足に風を纏わせられるか?」
「風?」
「そう」
「できる……と思う」
「なら、ちょっと使って?」

 こそっと言われたことに、なに…って思いながら、足に風属性の魔法をかけてみる。ほんの少しだけ風をまとった足は、本当にわずかだけ、床から浮く。

「俺に任せて」
「え」

 手を強く握られて、腰を強く引かれて。
 クリスのステップに足を取られることなく、クリス任せのダンスになった。
 でも、足を踏む心配も、ステップを踏み間違う心配もない。多分、傍目から見れば綺麗に踊れてるはずだから。

「アキ、何も考えなくていいから、俺だけを見ていて」
「ん」

 ふわりと微笑むクリスは、完璧な王子様だった。
 ……あー……、これは、落ちる。
 こんな顔してダンスしてたら、パートナーになった女性は絶対落ちる。一緒のフロアにいるだけで多分落ちる。

 剣を持って戦う姿は格好いい。猛々しくて、男らしくて。なのに、動きは滑らかで乱雑さはなくて。
 でも今は。ダンスのステップを踏む今は、もうなんか、キラキラしてて格好良さが戦うときとは違うベクトルになってる。
 ……やばいでしょ?
 惚れる。
 惚れ直すよね?

 一通り広間をくるくる回って、クリスの中の曲が終わったとき、終わりの挨拶をされて、あたふたと俺も挨拶を返した。
 ……踊ってた(クリスにくっついてただけ)のに、クリスにずっと見惚れてた。
 疲れじゃないドキドキが凄い。

「何も問題ないだろ?」
「問題しかないですからね?殿下」

 ……ハリセンで後頭部にツッコミを入れそうな勢いで、リアさんは呆れ気味に言った。

「それは最終手段ですからね?基本のダンスくらいしっかり覚えておかないと、今後恥ずかしい思いをするのはアキラさんなんですよ?」
「わかったから」

 めっちゃ怒られてるけど、クリスは楽しそうに笑うだけ。

「足運びは確かに重要だけど、流れを覚えるのも大事だろ?」
「それはそうですが、今のアキラさんは殿下に見惚れるばかりで何も得ていませんから!」

 ……見惚れてたのバレてるし。
 ああ……顔が熱い……。
 でも、クリスが俺に微笑みかけてくれたら、俺もにへら…っと笑ってしまう。笑ってるクリス、好きだし……。
 そうやって怒られたそばから二人でにこにこしてたら、リアさんから盛大な溜息が。

「ああ……もう。ちょっとお茶にしましょう。ユージーン様もご一緒に」
「ありがとうございます」

 メリダさんは相変わらず絶妙なタイミングでお茶を用意してくれた。
 隅に設置されてるテーブルに突っ伏したら、クッションの上で大人しくしてたマシロが、俺の頭をまたたしたしと叩いてきた。
 ……これは慰められているというより、遊べと言われてる気がするぞ。

「ん~~、マシロ、まだ駄目だからね。俺、もうちょっと頑張んないと」
「マシロ、アキは疲れてるから」

 クリスが俺の頭を撫でてくれた。
 ぼーっと見てたら、マシロは俺の顔の前に来て、鼻の頭を舐め始めた。
 ……ん。擽ったい。

「マシロ」

 そんなマシロにクリスが手を伸ばしたら、華麗な猫パンチ炸裂。爪が引っかかるほどではないけど、目の前でクリスとマシロの攻防戦が繰り広げられていて、思わず笑ってしまった。

「……本当に殿下を牽制してる……っ」

 紅茶の入ったカップを手に持ったまま、リアさんがプルプルと震えだした。ツボにはまったらしい。

「マシロ、駄目だよ」

 身体を起こしてマシロに手を伸ばしたら、俺の手にはすんなりとすり寄ってきたマシロ。満足げな鳴き声まであげている。

「クリスのことペチペチしたら駄目。わかる?」

 赤い瞳を見ながら言ったら、マシロはちらりとクリスを見て、……プイっとそっぽを向いた……。

「……マシロ、ちゃんと言葉を理解してると思うんだけど」
「アキの言葉には従順だな。理解してるんだろう」
「だったらなんでクリスにはこんな態度かなぁ……」
「気に入らないんだろ」
「何が?」

 クリスが苦笑して、俺の額に唇を触れさせた。マシロに触れてた俺の手を握って、今度は頬に唇で触れてくる。
 そしたらマシロが、ふさふさの尻尾をブンブン振って、俺の手を握るクリスの手を叩き始めた。

「……ペシペシ駄目って言われたからって、尻尾アタック……」

 ……と、またリアさんは笑い始めるし。

「マシロ、賢いですよね」

 って、ユージーンさんは感心するし。

「じゃれてますね」

 メリダさんは微笑ましそうに眺めているし。

「俺がアキに触れるのが気に入らないんだ。俺が触れるとアキは俺しか見ないからな」

 ………クリスはクリスで、そんな恥ずかしくなることをさらりと言ってくるし。
 そしてマシロも、クリスの言ってることが正しい……みたいに、頷いてる、ように、見える。

「……俺って、そんなにクリスのことしか見てない……?」
「自覚がないというのは実におもし……厄介ですね」

 リアさん、思い切り『面白い』って言ったね!?

「厄介じゃないだろ。アキは俺だけを見ていればいいんだ」

 クリスは楽しそうにまた俺にキスをしてくる。暴れるマシロを片手で抑えながら。
 ……そもそも、クリスのことを見ないとか、無理でしょ?いなかったら探してるし。近くにいたらクリスにすり寄ってるし。
 ……うん。無理。意識的に見ないようにするとかも、意味分かんないし。よし。開き直る。好きな人は、大切な人は、ずっと見ていたい。
 そして改めて思う。
 ダンスの間は思う存分クリスのことを見ていられるんだ、って。あの王子様クリスを堪能できるんだ、って。

「よし」

 紅茶を飲んで、立ち上がる。

「ダンス頑張る!」

 決意とともに言ったら、なんかみんな、微笑ましそうな顔になった。

「……アキラさん……、脈絡なさすぎ」

 吹き出しそうな笑い方をするリアさん。

「やる気が出たなら、ガシガシ行きましょうね」

 ニコリと笑ったその笑顔に、俺の顔は引きつった。

「す……スパルタはイヤです……」
「ふふふ」

 リアさんの不穏な笑みに、俺のやる気がしぼんでいったのは……言うまでもない……。



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