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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。

閑話 オットーさんとザイルさん⑦

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◆side:ザイル

 十九の日の早朝。
 まだ少し肌寒い。
 制服の上に少し厚めの上着を重ね、腰には殿下からお借りしたウエストポーチ。…こんなものをあっさりと作ってしまうのだから、やはりアキラさんは凄い。
 もしかしたらオットーはバックレるかもしれないと思いながら、厩舎に向かった。
 その時はその時だ。部屋に押しかけてやる。
 けれど、私の危惧は危惧でしかなく、私が向かってる先から私の愛馬も連れたオットーが歩いてきた。

「おはようございます」
「おはようございます。オットー、早いですね」
「まあ…」

 オットーは私に手綱を渡しながら、襟元に手を伸ばしてきた。

「寒いですから。締めてください」
「……はい」

 何気ない気遣いが嬉しかった。
 オットーの目元に疲れが滲んでる。…眠れてないのかもしれない。

「行きましょう」

 多分、他の団員にはわからない程度の変化。私だけが見抜けるもの。
 けれどそれを指摘することもできないまま、私達は城をあとにした。





 エーデル領までの道中、丁度いい街があれば宿に泊まることも考えていたけれど、中々行き当たらず、二晩とも天幕を張り野宿になった。
 二人用の天幕は広くはない。
 簡易ベッド二台を置くともう一杯になってしまう。
 オットーはずっと私に背を向けて寝ていた。
 ……寝ていたと、思う。
 けど、途中遭遇する魔物を斬り伏せていくとき、動きが少し鈍く感じた。万全ではないんだ。

 そして二十一の日の昼頃、私が目指していた場所についた。
 エーデル領までの道から少し外れた村跡。
 そこは私達が最後に見たときの光景のままだった。
 色とりどりの花が咲き乱れ、春が始まったばかりとは到底思えない場所。

 オットーは墓石の前で目を閉じただ黙って佇んでいた。
 殿下に清められ、アキラさんに花園に変えられた、オットーの故郷。村人たちと、オットーの両親が眠るこの場所。
 ここでオットーは何を祈っているんだろうか。
 私も何も言わないまま、オットーの隣で胸に手を当てた。

「ザイル」

 沈黙を破ったのはオットーだった。
 私が向き合う前に、左手をオットーに掴まれ、カチリと音がして冷たい金属が私の左の手首に収まる。

「……え」
「護り石だそうですよ。持ち主を厄災から護ると説明されました」

 白金の細身の鎖に青い石がついたブレスレット。

「宝石ではありませんが、まあ、お守り代わりに」
「オットー」
「…結婚するんですから、危険なことはないに限ります」
「……」

 本当に、この男は馬鹿だ。
 下手な作り笑い。
 覇気のない顔。
 …私に『婚約などするな』と言ったときの生き生きとした目とは全く違う、死んだ目。

「オットー」

 でも、私は知っている。
 このブレスレットには対になるものがある。
 だって、これは――――




 伴侶が持つ揃いの装身具の片割れだから。




「オットー、これ、なんだか、わかります?」

 私は一枚の書類をオットーの眼前に突き出す。
 オットーは胡乱げな瞳で見ていたが、その瞳はすぐに驚愕に開かれていく。

「ザイル」
「もう私は貴族ではないから。ただの『ザイル』になった。その証明の書類。言っておきますけど、本物ですから」

 家と、陛下と殿下の署名の入った、私が平民になった証明の書類。
 オットーは何度も書類を見て、眉間にシワを寄せていく。

「なんてことを…これでは、子爵家に――――」
「オットーこそ、何を言ってるのかわかりません。私は婚約するつもりも、結婚するつもりもないと、言いましたよね?」
「ですが」
「オットー」

 一つ溜息をついてから、私は懐から用意していたものを取り出し、オットーの首に手を回した。






◆side:オットー

 せめてこれだけでも…と、用意したブレスレットをザイルに贈った。
 意外にも嫌がらずに、口元にも笑みを浮かべている。
 これでいい。
 これ以上は望まない。
 子爵家の令嬢と結婚して、幸せに過ごしてくれるなら。

 ――――なのに、俺の目の前に突き出された書類は、ザイルが平民になったことを俺に示していて。

 何故、そんなことを……と狼狽えている間に、ザイルは俺の首に手を回した。
 耳元で、さっき俺がつけたブレスレットの鎖が流れる音がする。
 …ザイルが近い。これほど近くで顔を見たのはいつぶりだろうか。

「……考えることが同じ過ぎて怖いくらい」

 そう呟いたザイルは、俺の首に何かをつけてから少し離れ、口元に笑みを浮かべた。
 自分の胸元を見下ろせば、白金の鎖と小さな白金のプレートが揺れていた。ネックレスか…とプレートを手に取ると、黒色の石が嵌め込まれている。

「………」
「魔除けとかそんな護り石だと説明を受けました」

 瞬間、声を失った。
 俺はこれを知っている。

 結婚するときに伴侶に贈る揃いの装身具。
 王都にはそれを扱う細工屋も多い。そのほとんどの店で宝石をあしらった物が多い中、あの店には宝石ではなく護り石を使った物が置かれていた。
 相手を護りたいと願う想い。
 それでいいと思った。
 俺が知らない場所で、何事もなく幸せに過ごしてくれれば。
 だから、その細工屋の店主に石の話を聞いたときに、悩んだ。青い石も、黒い石も、その色は俺達にとってかけがえのないもの。
 悩んだ挙げ句に俺が選んだのは、青い石がつけられたブレスレットだった。
 黒い石がはめ込まれた小さなプレートのついたネックレスも、似合うだろうと思いながら。

「……ああ、そうか。だから、『同じ』か」
「ええ。私がどちらにしようか悩んでいた間に、ブレスレットは売れてしまって。でも、ネックレスが残されてたということは、私に縁があったのはそちらだったんだな、と。それに黒は貴方の雰囲気にもよく合います」

 綻ぶような笑顔を俺に向けて。

「でも結局二人で贈り合うなんて、私達何をしてるんでしょうね」

 ……自分に都合のいい夢でも見てるんじゃないだろうか。

 ザイルが俺の左手を取り、袖を上げた。中からは当然、ザイルに贈ったものと同じブレスレットが流れ落ちてくる。
 俺はザイルの首に手を這わせ、制服の襟元を緩め、中から細身の鎖を取り出した。小さなプレートに塡められた黒い石。同じ、物。

「オットー」

 ザイルの手が俺の頬に当たる。

「順番が滅茶苦茶ですが、私の伴侶になってください。これは私からの正式な求婚です」
「ザイル」
「そもそも、貴方は人の話を聞かなすぎです。勝手に勘違いをして、話も遮って、全然聞こうともしなくて。よくそれで団長ができますね?」
「…ザイル」
「貴族と平民は違うと貴方は言った。だから私が平民になりました。これなら、なんの文句もないでしょう?あんな言い訳、もう聞きませんよ?」
「……ザイルっ」
「加えて、貴方は私が子爵家のご令嬢と結婚すると思っていたのに、伴侶の証である揃いの装身具の片割れを贈って、自分はその片割れを身に着けて…何を考えてるんです?馬鹿ですか?」
「ザイルっ」
「それで、求婚の返事は?」

 思わず抱き締めていた。
 ザイルの手も、俺の背中に回ってくる。

「ザイル、俺の、嫁に」
「嫌です」
「はぁ!?」

 この流れで何故否定されるのか。
 抱き締めていた体を少し離し、ザイルの顔を見れば、楽しそうに笑っている。

「求婚したのは私です。貴方が応えてください」
「……ザイル」

 そういうことか…と、肩から力が抜けた。

「……お前からの求婚を受ける。俺を、ザイルの伴侶にしてくれ」
「じゃあ、今すぐ式を挙げましょう」
「……は?」
「『は?』じゃないですよ。どうせ貴方のことだから、今後も変な思考に落ちて私と別れようだとか、手放そうだとか、身を引こうとか、くだらないことを言い始めるのでしょう?」
「いや……」

 ……すっぱりと否定できない。
 ザイルの幸せを考えたときに、俺ならするかもしれない選択ばかりだ。

「だが、ここには何も」
「いいんですよ、で」

 ザイルは笑うと俺の手を引き、墓石の前に膝をつかせた。ザイルも俺の隣で膝をつく。

「私――――ザイルは、オットーを伴侶とし、生涯をかけて愛し、護ることを、彼の両親と、彼が愛した村の方々に誓います」

 ……ああ、だから、ここで。

「彼の悲しみも苦しみも共に背負い、共に最後の時まで幸福を重ねていくことをどうか御見守りください」

 言葉を終えたザイルは、俺に視線を向けた。
 右手を胸に当て、祈りの姿勢になる。

「俺――――オットーは、ザイルを伴侶とし、彼一人を生涯愛し抜くと誓います。剣の腕を磨き、全てのものから彼を護り抜く力を手に入れます」

 手の中から零さないように。
 今度こそ、必ず。

 神殿でも教会でもない場所で、二人だけの儀式。
 女神の祝福など当然ないはずの行為。
 けれど、心が満たされる。

「ザイル、愛している」
「ええ、私もです」

 どちらからとなく手を触れ合わせ、顔を寄せる。
 触れ合うだけの口付け。けれどそれは、ぬくもりも、思いも伝えるのには十分なもの。

「……結婚証明がとれなくて申し訳ない」
「オットーが女神の前で誓うなんて、しないでしょう?だから、いいんです。ここでなら、へそ曲がりなオットーも少しは素直になると思いましたから。だから、式を挙げるなら、ここしかないと思ったんです」

 ザイルの言葉には苦笑するしかない。
 頭が上がらなくなるくらい、俺のことをよく理解している。

「それに」
「なんだ」
「結婚証明は、神殿や教会のに発行してもらうものでしょう」
「そうだな」
「……貴方、やはり馬鹿ですか?」
「は?」

 ザイルは呆れながら、ポーチの中から一枚の少し厚みのある書類を取り出した。
 それは女神の文様があしらわれている、結婚証明書。俺とザイルの名がしっかりと刻まれている。

「え?」
「忘れてませんか?私達のは、最強の神官様ですよ?」
「あ」

 立会神官の署名欄に、しっかりと殿下の名が刻まれていた。
 日付は――――春の一の月の十八の日。エーデル領行きが決まった日、だ。

「………ザイル」
「だから、順番が滅茶苦茶だと言ったじゃないですか。諦めてください。この遠征が決まった時点から、貴方はすでに私の伴侶です」

 俺がどうしようもない感情を抱えていたときに、ザイルはここまで外堀を埋めていたのか。
 なんて言う手際の良さだろう。
 そして、恐らく、俺に対して一番効果的な方法。

「ザイル」

 耐えきれず、その場に押し倒した。
 花の中に埋もれたザイルは、嬉しそうに俺の顔に手を添える。

「オットー」
「愛してる」

 愛の言葉なんてそれくらいしか知らない。
 その言葉じゃ足りないのに、それしか出てこない。

 だから、口付けた。
 誓いの口付けとは全く違う、相手を欲する、貪るような口付けだ。
 ザイルは俺の首に腕を回し、それに応えた。
 何度も舌を吸い上げ、口内を犯し、互いに兆したものを腰を軽く揺らしながら擦り合わせる。

 長い口付けを終えて唇を離したときには、唾液の糸で繋がった。ザイルの上気した頬と相まって、酷く淫靡に映る。
 その頬を撫でると、ザイルが目を細め、目尻から涙が落ち始めた。

「……ほんとうに、オットーは、ばかだ」
「……ああ。俺もそう思う」
「ばかで……、ばかで……、でも、そんなオットーをあいしたわたしも、ばかだけど」
「そうだな」
「しかたないから……っ、よめに、なってやる…っ」
「そうか。嬉しいな。……だけど、いい加減泣き止んだらどうだ?」
「とまんないんだよ……っ」
「なんだそれ」
「これも、オットーの、せいだからな……!」
「可愛すぎるだろ」

 笑って、笑って。

 目尻に浮かんだ涙を隠すために、また、ザイルに口付けた。















*****
これにてこちらでの『オットーさんとザイルさん』終了させていただきます。
2月中に別作品として『魔法が使えると王子サマに溺愛されるそうです~団長は副団長を嫁にしたい~』として、補完編の掲載を始めたいと思ってます。
頭の中にはすでにアホな小話が色々と……。

基本的な終わり方はこちらと変わりないので、安心してお読みいただけるかと…(笑)

ザイルさんが、何度も『ばか』を連呼してて楽しかった。漢前なザイルさんの用意周到さが面白かったです……(笑)

オットーさんは嫁に頭が上がらないですね!
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