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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。

閑話 オットーさんとザイルさん⑥

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*十六日午後の、渡り廊下の一件後の時間軸になります。







◆side:ザイル

 やっと自分の想いに名前をつけて、すっきりした気持ちで向き合えると思っていたのに、私が医療室から戻ってからオットーの態度が硬化した。

「無理な仕事はしなくていいですよ」

 殿下の護衛から戻ったオットーは、私を見るとそう言って視線をそらし、今まで手に取ることもなかった確認だけの書類に目を通し始めた。
 その様子の中に私への明らかな拒絶が見え、声をかけることができなくなった。

 その日、殿下は執務室に戻ることなく、自室でアキラさんと過ごしているのだろう。
 オットーは特に文句を言うことなく淡々と仕事をこなしていった。

「お茶淹れますから。オットーも飲むでしょう?」
「いえ」

 短い言葉で断られた。
 いつもなら、執務室であろうと二人きりの時は砕けた口調になるのに。
 殿下の補佐であり、団長である、他人から一歩引いた態度を崩さない。

 昨日まではここまで酷くなかった。
 私に対しては砕けた口調だったし、いつもの雰囲気だったのに。
 ……そんなに急に心変わりしたと言うんだろうか。あれほど、嫁になれ、嫁になれ、って言っていたのに。
 ……私がようやく心を決めたのに。
 決めたはずの心が折れそうになる。

「ザイル、そろそろ上がってください」

 ようやく声をかけられたと思ったらそんな内容で。
 外を見れば確かに夕闇が濃くなり、夜勤帯へと移る時間だった。

「オットーも」
「私はもう少し進めておきます」

 ……この間とまるまる立場が逆だ。

「なら、私もまだやりますよ」

 二人のほうが早いのだから。
 書類を手にした途端、オットーがその書類を奪い取った。

「オットー」
「倒れたばかりでしょう。もう少し身体を労ってください」

 ……心配、してくれるんだ。

「……オットー」

 名を呼ぶ声が少しかすれた。
 オットーは書類を手にしたまま、私の頬に手を添えてくる。
 指先は酷く冷たく、それでも優しかった。
 親指で唇を辿られ、オットーの想いがまだ私から離れていないのだと確信する。
 …でも、オットーは。
 唇が触れる寸前で顔を歪め、ふい…っと離れてしまった。

「また倒れられても困りますから。上がってください。命令としてもいいですよ?」
「………わかりました」

 あそこで口付けをとめられる理由がわからない。
 オットーの態度はどこまでも頑なで、自分がここに留まってもなんの意味もないのだと自覚させられる。

「私が言うのもなんですけど、あまり無理をしないでくださいね、オットー」
「ええ」

 一切視線を上げないまま答えられ、会話が終わってしまった。
 もやもやした気持ちを抱えたまま宿舎に戻り、食堂に寄る。
 食欲は普通にあるから、私はまだ大丈夫だな。

「ここ、いいですか」

 半分ほど食べ終わった頃、ミルドがトレイを持って私の前に立った。

「構わないですよ。護衛は?」
「ディックとリオに交代しました」
「そう」

 今夜はあの二人か。

「副団長」
「はい」
「ご結婚されるんですか?」
「はい?」
「マリアンナ・べレント嬢でしたっけ」
「……なんでミルドが」

 その名前を…と言いかけたとき、ミルドは酷く真剣な眼差しで私を見た。

「見たんですよ。医療室への渡り廊下で、副団長とご令嬢が親しげに話されてるのを」
「……は?」
「丁度、私達もあそこを通りかかったんです。殿下とアキラ様についていたときに」
「……まさか」
「団長もいましたよ」

 私の手から、スプーンが落ちた。
 お皿にあたり、派手な音を出したが、そんなこと気にしてる場合じゃない。

「仲睦まじそうに見えましたよ。団長は、副団長が決めることだからと言ってましたけど」
「……オットーは、他には……?」
「何も。はにかみながらご令嬢と話をされてた副団長を黙ってみてましたよ」

 ああ……それか、と、思わず天井を仰ぎ見た。







◆side:オットー

 結局仕事にならず、早々に宿舎に戻り、着替えてから再び外に出た。
 向かうのはあの酒場。
 店の扉を開ければ、数組の客がいたがいたって静かだ。

「いらっしゃい……って、あんたか。随分遅い時間だな」
「片付けなきゃならない仕事が多いんだよ。強いのいれてくれ」
「はいよ」

 店主の真向かいのカウンター・テーブルに付き、出された木の実をつまむ。
 空腹は感じなかった。木の実の味もよくわからない。

「ほらよ。……あんときのお貴族様連れてこないんだな」
「……もうこないよ。貴族同士の結婚が決まったから」
「あー、なるほどな。所詮お貴族様はお貴族様と、ってやつか。しっかしお前が振られるなんてな」
「どうだっていい」

 酒を流し込めば、喉が焼けるように熱くなる。
 一気にグラスを呷っても、心地のいい酔などこない。せめて、少しでも眠れれば。それでいい。

「……おかわり」
「ほどほどにしろよ?」

 注がれていく琥珀色の液体を見ながら、ため息が出た。

 ……思わず口付けるところだった。
 あいつの目が、声が、俺を求めているように感じて。
 ただ、名を呼ばれただけなのに。
 抱き締めて、貪り尽くしたかった。

 もう触れては駄目だ。
 あれは、俺のものにならない。

「ねぇねぇ、おにーさん?」

 近くで声がして顔を上げれば、酒が入ったらしい赤らんだ顔の青年がいた。

「ちょっと聞いちゃったんだけど、振られたの?恋人さん?」
「……」
「じゃあ、僕が慰めてあげるよ。ほら、部屋借りよう」
「おい、ここでのは禁止だ」
じゃないですよ~?僕、今日お休みだし。個人的に、このおにーさんに興味があるだけ」

 男娼か。
 店主は表情を曇らせているが、その青年は気にもしていないらしい。

「振られて鬱々してるんでしょう?僕がまるごと吐き出させてあげるから」

 するりと太腿を柔らかい手が這う。

「店主、上を借りる」
「おいおい。ヤケになってるなら――――」
「泊まるなら問題ないだろ」
「ったく……」

 苦い顔をしながらも、俺に部屋の鍵を渡してくる。
 …同じ部屋ではなかった。
 そのことに少し感謝する。

「お仕事じゃないから、たっぷり楽しめるね~」

 すり寄ってくる青年を鬱陶しく思いながら、階上の部屋に向かった。
 …何してるんだろうな、俺は。

 部屋に入るとすぐにその青年は俺に抱きついてきた。

「…ね、おにーさん、ほんと、格好いい。僕の好み。お名前、教えて?」

 近づいてきた顔を手で止めた。

「口付けはやめろ」
「えー?操立てでもしてるの?振られたのに?」
「…そんなんじゃない」
「そっかぁ。じゃあ、うんっと気持ちよくなって。僕に夢中になってからのキスでいいからさ」

 青年は俺から腕をほどき、その場で膝をついた。
 彼の手が俺のズボンを寛げていく様子を、何の感慨もなく見下ろす。

「は……おっき……」

 項垂れたままの陰茎を口に含む青年。時折俺の方に視線を流してくるが……、何も感じない。
 恐らくうまいのだろう。自分に自信があるからこその行為だ。
 それでも気持ちよさも感じなければ、陰茎が勃起することもない。

「――――もういい」
「んっ」

 無理やり引き離せば、明らかに不満な目で俺を見上げてくる。

「もう少し舐めさせて。もう少しで勃起するでしょ?」
「無理だ」
「は?」

 さっさと身なりを整え、青年を担ぎ上げた。そのまま部屋のベッドに放り投げると、不満そうだった目は期待に揺れる。

「明日の朝食分まで払っておく」
「はぁ!?」
「折角の休みなんだろう。お前だけで休んでいけ」
「え、意味分かんない……っ」

 口汚い罵りを聞きながら、部屋を出た。
 気分が悪い。
 完全な自業自得。
 欲だけでも発散できればいい…なんて。その欲すらも、湧いてこない。

「店主」
「ああ?どうした?泊まるんだろ?」
「あの青年だけな。明日の朝食もつけてやってくれ」

 俺の飲み代と宿代と彼の朝食分に、金貨を一枚カウンターに置いた。

「多すぎる」
「迷惑料も込みで」
「……はぁっ。お前は石頭すぎるんだよ。真面目すぎる。とんでもない頑固者だ」
「よく言われるよ」
「釣り分は今度旨いもんでも食わせてやる。あとな、お前はちゃんと最後まで人の話を聞け。相手の言葉を遮るな。わかったか?」
「肝に銘じておく」
「はぁ~~~っ」
「じゃあ」
「……はいよ。またいつでも来いよ」

 店主の言葉に軽く手を上げて応え、店をあとにした。
 宿舎への道をゆっくりと進む。
 その間に軽かった酔は覚めてしまった。

 宿舎の中は静まり返っていた。
 足音を立てないように進み、自室に入る前にあいつの部屋の前で足が止まってしまう。
 扉に手をかければ、すんなりと開いた。
 薄暗い室内に、かすかな寝息だけがある。

 足音も気配も消して近づく。
 ……寝顔が可愛いだとか、あどけなさに惹かれるだとか。
 もう二度と持たないだろう感情。

 触れないと誓ったのに。
 気付けば額に口付けていた。
 本当に僅かに。
 唇の先が触れるだけの。

 愛していた。
 今も愛してる。
 頼むから幸せになってくれ。
 お前が笑って過ごせるように、俺がこの国を守るから。
 だから、どうか。



 ――――幸せに。



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