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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。
21 無表情のオットーさんは怖い
しおりを挟む午前中、俺がパウンドケーキと格闘してる間に、クリスの仕事自体は結構進んだらしい。
執務室にザイルさんの姿はなくて、心做しかオットーさんのクリスへのあたりがきつい気もする。
ミルドさんも一緒にお昼を食べた。だから、珍しいメンバーでの昼食。
……あ、時計合わせるの忘れてた。
なんとなく執務室の窓から空を眺めたら、まあまあ中天にかかってる気がしたから、なんとなく十二時に合わせてみた。
午後はソリアさんが来るまでクリスの膝の上で、クリスにくっつく仕事……もとい、書類読みの手伝い。
クリスが手に持ったものを覗き込んだりしてるけど、緊急性の有りそうなものは無いらしい。
近隣の魔物被害くらいなら、クリス自身は行かなくても、クリス隊から三名くらい派遣して終わるんだそうで。
そういった案件が二件くらい。
「春だから、冬眠明けのグリズリーさん」
「だな」
書類を眺めながら思い当たる魔物…を考えたら、グリズリーさんしかいない。
王都から北側の森の中。でっかくて黒いもさもさの塊を見つけた商人さんからの報告。
誰でも耳にしたことがありそうな曲がつい頭の中を駆け巡ったけど、現実にグリズリーが話しかけてきた上に追いかけてきたら、阿鼻叫喚だよね…。
しかしグリズリーさんか…。
「アキ、眉間に皺が寄ってる」
「ん」
だってねぇ。
グリズリーさんだよ。俺、食べられそうになってたグリズリーさんだよ。なんかさらっと流せないというか、結構危険な魔獣だよね…とか。
とりあえず、ディックさん、ユージーンさん、エアハルトさんを派遣して、調査と殲滅だって。物理的にエアハルトさんを引き剥がしにかかったね…クリス。
「俺が応援してたって言ったら、滅茶苦茶頑張ると思う」
「……それはそうだが、なんか嫌だな」
真面目な顔でクリスが言うから、思わず笑ってしまったよ。
そんな笑いながらにこやかな仕事場に、メリダさんが戻ってきた。
「坊っちゃん、ソリア様がいらっしゃいました」
「ああ、わかったよ」
てことは、仕事は一旦終わり、かな。
オットーさんもわかっているのか、手に持っていた書類はテーブルの上においた。
「行こうか」
「うん」
膝から降ろされて、クリスと手を繋ぐ。
執務室を出るとき、オットーさんとミルドさんがついた。
正直、衣装合わせとかは凄く凄くしたくない…というか、興味がないというか……、本音を言えば面倒。でも、クリスとの結婚式に、どうでもいい『適当』なものは着たくない。
誰が見ても納得するような、クリスに釣り合う外見を、なんとか作りたい…って思うことは思うし。
だから、頑張る。
クリスの足取りはとてもゆっくりで、日当たりのいい廊下を散歩でもしてるかのように進んだ。
他愛ない話をして、時々額や頭にキスをされながら。
そんなふうに歩いているとき、視界の隅に見知った姿を捉えた。
「あ、ザイルさん」
よかった。医療室から戻ってきたんだ。
でも、何故か、どこかのご令嬢?と話し込んでる。ドレスを着た後ろ姿だけど、近くに侍女さんらしき姿も見えるから、あながち外れじゃないと思う。
ライトブラウンの髪の女性。ドレスは新緑の落ち着いた色。
なんだろう。ザイルさん少し笑ってる?
「んー…?」
「……ベレント子爵家のご息女ですよ」
「んん?」
オットーさんがザイルさんたちを見ながら教えてくれたけど。……なんでそんな無表情……?
「マリアンナ嬢だな」
「クリス知ってるの?」
「そりゃ、な。……ベレント子爵家の次の当主はマリアンナ嬢なんだ」
「女性…だよね?」
「そうだな。まあ、セシリア嬢と似たようなものだ」
男の子が生まれなかったのか。
「婚約の打診をしたと聞いていたが、……まさか、リクシー男爵家だったのか?」
「ええ。ザイル本人は受けるつもりはないと言ってましたが」
なんか思わずクリスの手を強く握ってた。
オットーさんが何故か怖い。
受けるつもりはない…ってことは、婚約に関して断るってことだよね。
でも、俺が見てる分にはザイルさん笑ってるし、なんかいい雰囲気なんだけど。
「……本人の問題なので、任せましょう」
「オットーはそれでいいのか?」
「……ええ。どうするか決めるのは、最終的にはザイル本人ですし、貴族には貴族の立場も責任もあるでしょう」
オットーさんの言ってることはわかる。わかるんだけど、そこには祝福したいとか、喜ばしいことだとか、そういうのは一切感じられなくて、ただひたすらに『無』だった。
目で会話しちゃうこの二人に何があったの、ほんとに。
「……それもそうだな」
クリスは一度ザイルさんたちの方を見て、それからオットーさんを見て、何故かため息をついて。
繋いでいた手を離して俺を腕に抱き上げてきた。
「クリス?」
「戻ろうか」
「うん」
こんな覗き見みたいなことはよろしくないしね。
結婚するならするで、お祝いすればいいことだし。
クリスの腕の中からちらりと見たオットーさんは、もういつものキリリッとした護衛の表情をしていた。
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