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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。

19 やり直したいからね

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 食後のお茶を飲みながら、クリスが唐突に、「もう少し字の練習もするか?」と聞いてきて、むむむぅと思いながらうなずいた。
 字が下手すぎるのはわかってるからっ。

 クリスの膝の上定位置に座りながら、なんかほんとにやること多いなぁとぼんやりと考え、紅茶を口に運ぶ。
 分刻みとは言わなくても、結構予定が詰め詰めなんじゃないだろうか。
 厨房の用事は多分二時間もあれば終わるはず。初めてじゃないし、家でもそれなりにやってたから、いけるはず。
 それではたっと思い出し、左手を改めてみてみた。

「クリス、腕時計どこ?」
「腕時計?」
「うん。向こうからつけてきたんだけど」

 左手のとこを指さしながら聞いてみると、クリスが「ああ」と頷いた。

「一旦外してしまい込んで忘れていたな…。すまない」
「ううん。俺も忘れてたし」
「お前が着てきた他の物は、メリダに頼んで綺麗にしてからクローゼットにしまってある。……ああ、そういえば、お前が以前着てきた服だが」
「あ、うん」
「消えていた。あれも恐らく…女神様のお力の物だったのだろう」
「だと思うよ」

 あえて魔力製…とは言葉にしないように。メリダさんがいるしね。
 不思議な出来事はある程度「女神様が」と言えば納得してもらえる世界。なんというか、女神様の求心力というかみんなの信仰心というか、そういうのがとても強い。
 日本で同じようなことを言ったら、鼻で笑う人多数な気がする。

「腕時計、しててもいい?」
「…あれは、兄上が持つ証と同じようなものか?」
「うん。でも、そんな大層なものじゃなくて、ほんと誰でも持ってるようなもので、簡単に時間がわかるから」

 普通に普及させたいんだけどなぁ。
 腕時計じゃなくても、町中に時計灯みたいな感じで設置とか。
 でも、今の状態でも不便がないなら、混乱するだけ、かなぁ。

「……あ、そっか。あの懐中時計……、王太子の証だったっけ。あれがおかしいんだ」
「おかしい?」
「うん。この世界の人達はみんな太陽の動きで時間を計れるし、そのことに不便さも感じてない。なのに、あの懐中時計は俺が知ってる時計と寸分変わらなくて。まるで俺の世界の道具みたいだなぁ、って」

 時計の読み方とか、どうやって覚えるんだろう。
 学校の授業で……なんて、こっちでは無理だし。

「アキ」
「なに?」

 考え込んでたら手になにか乗せられた。

「あ、時計」

 ポーチに入ってたのかな。
 針は問題なく動いて時を刻んでる。

「左手につけていたな。…ブレスレットは右につけるか」
「つけててもおかしくない?」
「遠目から見ればただの装飾品に見えるから。…それに、貴族も証については知らないからな」
「ん。わかった」

 ベルト式ので良かったかも。
 クリスがブレスレットの方をつけ直してくれる。
 あと問題があるとしたら、ある程度時間が正しいかどうかだな。
 んー…、昼…、中天にかかったらとりあえず時間合わせてみるかな。太陽二つあるからどっちで合わせるのかいまいち分からんけど…。

 飲み終わった茶器をメリダさんが片付ける。
 その間に俺は件のカーディガンをクリスに着せられた。
 袖とか襟のとことか直して落ち着くと、クリスの満足そうな瞳に見つめられてて、ちょっといたたまれない。

「なに?」
「可愛い」
「っ」

 普通、男が可愛い可愛い言われても、嬉しくないと思うんだ。
 俺もだけど。長野に言われたときはいい加減にしろと、思ったし。
 でも、クリスに言われるのは別なんだよなぁ。
 照れるし、嬉しいし。
 特別『可愛くあろう!』と考えてるわけじゃない。女の子じゃないし。自分としてはごく普通にしてるつもり。
 それがクリスの目には『可愛く』映るってことで。
 着飾らなくても、あえて特別な仕草や表情をしなくても、素のままの俺でいい、って肯定されてる気がして嬉しくなるし、すごく好きって思う。

「なるほど。『俺サイズ』か」

 俺が使った言葉を意味を理解して返してくれるとこも好き。
 触れるだけのキスをして、微笑み合って、クリスの膝の上から降ろされて手を繋ぐ。
 指を絡めてつなぐこれも好き。

 メリダさんも一緒に部屋を出ると、珍しくオットーさんが一人でいた。

「ザイルは?」
「まだ医療室です」

 ありゃ。ザイルさんお泊りになっちゃったのか。大丈夫かな…。

「心配するな」
「ん」

 こめかみにキス。
 ……んー、なんか、キスの回数が増えた気がする。
 クリスがそう言うならきっと大丈夫なんだろう。

 四人で廊下を進む。
 その間も、手は離さない。
 厨房に行くのも、今はそれほど疲れない。

「後で護衛の者を向かわせる」
「急がなくてもいいよ。ここから出ないし」
「俺が心配なんだよ」

 苦笑しながらクリスは俺にキスをしてくれる。
 ……やっぱり回数増えたなぁ。頭撫でたりそれくらいだったのに、廊下でもどこでも、額や頬にキスされる。
 ……照れる。

 自分でクリスに内緒で作業しようと決めたのに、なんか離れがたい。
 ……駄目だ。
 クリスと一緒にいすぎて、離れるのが寂しいとか普通に思ってしまう。

「じゃ、後で。クリス、仕事頑張って」
「ああ」

 寂しいなって思うのを奥に押し込めて、無理やり手を振って厨房に入る。
 メリダさんは一緒に入ってきてくれる。クリスはオットーさんと執務室に向かったはず。
 ……大丈夫。いなくなったわけじゃない。会えなくなったわけじゃない。

 ………ん、よし。

「おはようございます!」

 作業中の料理人さんたちから、穏やかに挨拶が返ってくる。
 よし。気持ち切り替えていこう。
 クリスの誕生日、二人で食べれなかったパウンドケーキ。
 もう一回作って、やり直したいから。

「おはようございます、アキラ様」
「おはようございます!よろしくお願いします!」
「ええ。頑張りましょうね」

 奥から出てきてくれた料理長に頭を下げた。
 メリダさんも何か納得してくれて、ワゴンを片付けて「頑張りましょう」って言ってくれた。

 俺、向こうで少し料理作ったから。頑張ったから。だから、前回よりもきっとうまくできるはず!



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