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第7章 魔法が使える世界で王子サマに溺愛されてます。
16 『打ちっぱなし』は楽しかった。
しおりを挟む「アキラ様………!!!!」
訓練場に出た俺に向かって、顔面崩れまくりでエアハルトさんが駆け寄ろうとしたけれど、クリスが手だけでそれを止めた。
駆け出したポーズのまま硬直したように動かないエアハルトさん。止まれるだけの理性があったのか。
「エアハルト」
「は、はい…!!」
「アキの魔法訓練の相手をしてくれ」
「な………なんと……!?私が!?」
「お前以外魔法が使えるやつがいないからな」
医療室に行ったザイルさん以外、みんなが外の訓練場に集まってた。扉前の護衛をしていたミルドさんも。
オットーさんはザイルさんのことを聞いて少し慌てていたようだけど、「オットー」ってクリスに名前を呼ばれただけでこの場に留まった。
なんか色々気になることがあるけど、後でいいや。
「アキ、火属性の魔法を徐々に強くするように意識して出してみろ。エアハルトは土壁で相殺していけ」
「了解です~~!!!くううううっっ!!、アキラ様の魔法を私が、私が……!!!」
だから、そのテンションは引くってば。
「……クリスの補助は?」
「ん?」
「してくれないの?」
じ…っとクリスを見れば、ふ…っと相好が崩れた。
「甘えたがりだな」
「だって」
あれをしてもらえると嬉しいんだよ。
「俺はアキの制御係か」
「ふふ」
笑ったままのクリスが頬にキスをして、俺の背後に回った。
左手は俺の左手を取って指を絡め、右手は俺の目元を覆う。
「俺の魔力はいらないな。ゆっくりでいい。魔力に火の属性を。スライムを倒したときほどの威力はいらない。ごく弱いものだ」
耳元で俺に指示を出していくクリスの声。
背中……ゾクゾクする。
「力を抜いて。的はエアハルトだ。お前の魔法はあれが全部防ぐ。遠慮はいらない」
「ん」
よくよく聞けば大変なことを言っている気もするけども。
「アキ、余計なことは考えるな」
くすくす笑われる。
集中できてないことモロバレだ。
集中集中……。
「………ん、いいな。ゆっくり、目を開けろ」
クリスの右手が離れて、瞼を上げていく。
午後の日差しが目に入り込んでくると同時に、すごく鮮明にエアハルトさんの姿を捉えることができた。
……これは恐らく、魔力を感知してるんだ。
それから、周りから感嘆の声が聞こえてくる。でも、気にならない。
「青も美しいが、緋色も魅惑的だな」
ちらりと俺を覗き込んだクリスは、満足そうにそんなことを言う。
「いいか?」
「うん」
クリスの左手が俺の左手を固定する。
「最初は弱く――――放て」
クリスの声とともに、左手に魔力が集まり、放出された。
弱い、小さい、ファイアーボール。むしろ、『ひのこ』な感じの。
イメージするものが小さすぎたのか弱すぎたのか。
「あ」
俺の手から放たれた小さな小さな火球は、ひょろひょろと直進し、すぽんと消えた。
「えーーーーーっと」
みんな笑う。
俺の後ろでクリスも笑う。
「もうっ!!弱く弱く言うから…!」
「ごめん…っ、いや、そうくるのかと可愛くてな?」
「むー!!」
「ま、まあ、弱いものから、だから、まずはそれでいいんじゃないか?…ほら、もう笑わないから、機嫌直せ?」
「むー!むー!!」
まさか、まさか、エアハルトさんのところにも届かないとか、思わないし!
まだ笑う気配のなくならないクリスがこめかみにキスしてくるから、俺は口をへの字にしながら左手に魔力を込めた。
さっきより、ちょっと大きく、距離長く。いっそ、スピードあげてっ。
俺の左手から放たれた二発目は、さっきのものよりほんの少し大きい火球でスピードも上がった。
それはエアハルトさんのところまで難なく届いて、構築された土壁にさくっと消される。
「うん、その調子で。少しずつ火力上げて」
「わかってるしっ」
クリスの補助はもういらない。二発目以降は感覚がつかめるから。
大きさ、威力、スピード。徐々に上げていって、数も増やした。
初撃に笑ってた隊員さんたちはもう誰も笑ってない。すごく真剣に見られてる。
俺と対峙しながら土壁で火球を相殺していくエアハルトさんからも、余裕の表情はなくなった。
俺はなんだか楽しくなってきて、蛇のように動く炎の鞭や、炎の矢を出すようになった。
無詠唱だけど、心のなかでは、ファイアーウィップやらアローやらスピアやらバレットやら、そんな適当な名前を作り出していた。
まさにこれは世に聞く『打ちっぱなし』というやつではなかろうか。
ストレス発散にもなるし、なんなら、両手で軌道修正までできる。
あ、やばい、楽しい、楽しい…!
それに、なんと言っても、こんなに打ち続けてるのに疲れてない!
魔力のある身体ってすごい!
これは魔力チートとかいうやつではないか!
……ってはしゃぎまくってると、かなり大きな火球が出た。
威力的にでかい?…と思っていても、楽しさが先に立つ。
もう一つ…もう一つ…って魔力を練り上げていたら、放った魔法が空中で霧散した。
「アキっ」
数歩離れたところにクリスがいた。
手に、血に濡れた剣を持って。
「アキ」
クリスは俺に駆け寄って、右手で俺の目元を覆う。
「終わりだ。落ち着け」
「く、りす」
「落ち着いて。魔力を沈めていくんだ」
高まってた魔力が次第に落ち着いていくのを感じた。
それから、クリスにキスをされる。
いきなり、深いやつ。
すぐ舌を入れられて、唾液を流されて。
飲み込んだら、身体の中に魔力が巡った。
「あ……」
燻っていた自分の魔力が抑えられていく。
「アキ」
優しいクリスの声。
右手が離れて、目を開ける。
少し眉間にシワの寄った、困ったような顔のクリス。
「正気に戻ったか?」
「正気………って」
クリスの肩越しに辺りを見たら、なんだかとても大変なことになっていた。
地面はあちこちえぐれてるし焦げてるし、その先ではエアハルトさんが倒れてて、隊員さんたちが駆け寄ってる。
「………っ」
クリスの手元を見た。
左手は握ったままだけど、血が流れてて。
剣についた血で、何をしたのか、わかって。
一気に血の気が引いた。
「クリス……っ、ごめん……っ、ごめんなさい……っ!!お、俺、俺……!!それに、エアハルトさんが……!」
クリスは最後の火球を、斬ったんだ。剣に自分の血をつけて、魔力付与させることで。
謁見のあったあの日と同じように。
「気にするな。楽しそうだったから静観してたんだが、最後のはまずいと思って飛び出しただけだ。
エアハルトは魔力の使いすぎで気絶しただけだから、寝かせておけば問題ない。心配いらないからな?殴りたくなるほど幸せな顔してるんだ。見てみるか?」
クリスはそんなふうに言いながら、俺を右腕で抱き上げた。
エアハルトさんは、気絶してた。…とても満足そうな幸せそうな顔で。これは確かに殴りたくなる。
でも怪我はないみたいで安心してたら、他の隊員さんたちから、改めて、おかえりなさい、とか、魔法がすごい、とか、色々喜ばれた。そういえば、こっちに帰ってきてから、隊員さんとまともに顔合わせるの今が初めてだった。
俺の魔法の使い方にドン引きされなくてよかった……。
*****
エアハルトさん、本望でしょう…。
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