401 / 560
閑話 ③
記憶 ◆長野
しおりを挟むその日は朝から何か違和感を感じていた。
何か忘れているような、置いてきてしまったような、そんなもやもやする感じだ。
いつも通りの朝だった。
だいぶ暖かくなってきて、春なんだなぁとしみじみする季節。
今年の桜はいつ頃咲くだろうかと、目に入る桜の木を見ながら思う。
教室に入って適当に挨拶を交わしながら、釈然としない何かを感じた。
ふと、カバンにつけられた剣のキーホルダーを見て、映画面白かったな、と、思う。あいつも楽しんでたし。また今度誘ってみよう……と、そこまで思い、はたと気づく。
――――あいつ、って?
誰だっただろう。
映画には行った。それは間違いない。
一人で?……いや、二人で。並んで。
楽しそうに見てる横顔が、なんだか可愛く見えて……?
……わからない。
わからないことが、気持ち悪い。
黒と、緑がかった青色が、何故か鮮明に脳裏に浮かぶ。
でも、それが何かがわからない。
おいおい。
この年から物忘れか?
溜息を付きながら剣のキーホルダーに触れた。
その、瞬間。
「――――っ」
頭の中に忘れていた笑顔が浮かぶ。
落ちてくるサイドの髪をヘアピンでとめて、サイズの合わないどう見ても大きすぎるカーディガンを羽織って、楽しそうに映画を見ていたのに時々切なそうに目を細めるすがた。
「……杉、原?」
思い出せばたったそれだけのことだった。
なんで忘れてたのか理解できない。
「変なの」
それより、映画は喜んでたし。
また行こう、って約束したし。
次は何がいいだろう。
タイミングよく好きなアニメ物が公開されるわけでもないし。
なら、洋画か。
杉原の好きそうなやつなら、アクション物か、アドベンチャー物か。
体調戻ってるならご飯食べに行ってもいいよな。それか、お茶か?甘い物好きだから、ケーキの評判の店とか、かな。
「長野ーはよ。キーホルダー触って何ボーッとしてんの?」
「おはよ。ボーッとしてたつもりはないんだけど、杉原誘って、次どこ行こうかと思って」
「ふうん??」
「この間も映画行ったからさ。次は何か食べて帰れたらいいなと思ってさ」
「……デート?」
「は?」
なんで杉原と出かけるのがデートになるんだよ。
「デートじゃないよ。あいつだって家にいるだけなんだし暇だろ?あ、それとさ、春休みに入ったら、杉原ん家で、セッションやろうぜ。俺、連続シナリオ考えておくから」
色々構想はしてあるし。
そう考えていたら、何故か怪訝そうな顔をされた。
「杉原……って、だから、彼女なんだろ?TRPG好きなの?このガッコ?いたっけ?杉原なんて女子」
「は?」
……二度目の、『は?』は、一度目よりもかなり大きく響いた。
「ちょっとまって。お前こそ何言ってんの?杉原だよ。杉原瑛。春に事故に遭って、九月にようやく目を覚ました」
「いやいや、長野こそ何言ってんの?そんなやついないじゃん」
「………は?」
なんか、クラスの皆も俺を見ていて、目を合わせると首を横に振る。
そんなはずないだろ…って改めて教室の中を見ると、一応置かれていた杉原の机がなくなっていた。
「え……」
「なになに。夢でも見てた?駄目だよ長野。夢と現実ごっちゃにしたら」
「………嘘だろ」
おかしい。
こんなの、おかしい。
だって、俺の中にはちゃんと杉原の記憶があるんだ。
この間、映画を観に行ったときの、やり取りも、全部。
『また行こう』って言ったときの、少し困ったような、でも、嬉しそうな顔も。全部。
……全、部。
でも、待って。
俺、忘れてたじゃないか。
誰かといったはずの映画を、誰と行ったのか、顔も名前も何もかも思い出せなくて。
そうだ。
あいつからもらったキーホルダーを触ったら、いきなり、思い、出して。
「佐藤!」
「なんだよ?」
「ちょっとこれ触ってみて!」
「はぁ?」
ゲーム仲間の佐藤に剣のキーホルダーを触らせる。眉間にシワが寄っているけど。
「な、思い出したか!?」
「何を?」
「だから、杉原のこと――――」
「ないって。長野、あんま夢を引きずるなって」
「そんな……」
俺は愕然としたまま朝を過ごし、その日一日、杉原の痕跡を探しまくった。
…結局、誰も杉原のことを覚えていなかった。担任の先生でさえも。
放課後、図書室で事故のあった日と、翌日の新聞を見たけれど、そんな事故はどこにも記載がなかった。
全て、全て消えた。
図書室を出て、急いで向かったのは、杉原の家。
共働きだから、もしかしたらいないかもとは思ったが、いても立ってもいられなくて、走って向かってしまった。
荒い息を整えることもせず、インターフォンを鳴らせば、すぐにおばさんが出てくれた。
「あら、長野君――――」
「おばさん…杉原は……瑛は、どこに、いますか!?どこにも……誰も、瑛のこと覚えてなくて……、それで……っ」
「長野君……落ち着いて。中に入って。お茶を入れるから」
「………は、い」
玄関に通された。
そこには、杉原の靴はなかった。
「どうぞ」
食卓テーブルに通されて、お茶をいただく。
一口飲んだら、少し、落ちついて。
「おばさん、瑛は――――」
「あのね」
うっすらと目元を滲ませながら、おばさんが俺に語ってくれたことは、あまりにも信じがたいことで。
「最初で最後の魔法だったんですって。皆、忘れてしまうけれど、私達にだけは、辛いかもしれないけど忘れてほしくなかった、って。きっと、その中に長野君も入っていたのね。あの子から何か貰ったものがあったなら、それがきっかけだったのかも」
「………そんな、こと」
「信じられないわよね。でもね、信じる以外なかったのよ。瑛は私達の目の前で消えた。部屋にあった瑛の私物は、ノートと机以外何もなかった。写真もね。瑛がいたはずのところは何もなくて、私達夫婦だけの写真とか、そんなのばかりなの。戸籍も調べてみたけれど、瑛の名前はどこにもなかった」
……今朝。
杉原がいなくなったのは今朝。
「……そんな、魔法、みたいな……」
「だから、魔法なのよ。……引き止めても、あの子は幸せにはなれなかったのよ。あの子の心はずっと、向こうの世界にむいていたのね」
おばさんは、溢れた涙を、ハンカチで軽く拭っていく。
「寂しくないわけないの。泣き叫びたいくらい寂しいわ。あの子と過ごした何もかもが消えてしまったんだから。……でもね、親として、見守ろうと決めたのよ。遠く離れた場所にいても、会えなくても。それでも私達は、瑛の親だから」
そんなことを聞かされたら、もう、俺は、無理矢理にでも納得するしかなくて。
杉原の家を出てから、放心状態で家路についた。
ぼんやりと、この世界を眺め。
杉原が異世界に行ってしまったなんて、やっぱりまだ、信じられなくて。
それから――――自分が杉原のことを好きになってたのかってことを、自覚して。
「……馬鹿だなぁ」
あの似合っていた青緑のカーディガンも、少し伸ばしていた髪も、大事そうに持っていたアクセサリーも。
全部、杉原の大事な人に繋がっていたなんて。
「……ほんと、馬鹿だ。俺」
妙に構いたかったのも、可愛く見えていたのも、好きになってたから。
もっと早く気づいていたら、引き止めることができたんだろうか。
俺のこと、意識してもらうことができたんだろうか。
もう、今更。
考えたって仕方ないことだ。
四月になってそろそろ新学期が始まるという頃。
杉原のおばさんから連絡が来た。
家に来てほしいと言う内容で、すぐに向かう。
丁度、おじさんも休みだったようで、妙に機嫌のいい二人に迎えられて、ソファに落ち着いたら手紙を見せられた。
「え」
日本語で書かれた手紙。
それから、着飾って、綺麗に化粧もして、幸せそうな笑顔で、これまたとんでもなく格好いい青年と並んだ杉原の絵。
どうやら、隣の青年――――異世界の王子だとか――――との、結婚式の絵だそうで。
「写真はないから、絵心のある人に描いてもらった絵を、手紙と一緒に送ってくれたみたい。人は無理だけど、手紙くらいなら、ですって」
「……王子で格好いいとは聞いてたが、よすぎるだろ……」
「……でも、杉原――――瑛、凄く幸せそうですね」
絵の中の杉原は、見たことがないほどの綺麗な笑顔だった。
……なんか。
もう、色々と。
いいか、と。
杉原が幸せで、笑っているなら。
もう、それで。
告げることのなかった恋心は、静かに静かに、昇華していった。
今はただ、お前が幸せであることを祈るよ。
だから、どうか。
王子様とやら。
いつまでも、いつまでも、杉原を大切にしてくれ――――
127
お気に入りに追加
5,496
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる