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第6.5章 それでも俺は変わらない愛を誓う(side:クリストフ)
13
しおりを挟むヴェルは走ることなく、のんびりとした足取りで街道を進んでいた。
ふと空を見れば、太陽は中天からやや傾いている。
タリカについたら、まずは説明と昼食か。
俺についてきた四人から、特に不満が出ることもなく、皆、穏やかな表情で歩く速さを楽しんでいるようだった。
「……くりす」
「うん?」
「なんか……さむい」
「アキ?」
背中に回っていたアキの手が、力なく解け、また、胸元に戻ってくる。
アキの額には薄っすらと汗が滲んでいた。
顔は赤らみ、呼吸は早い。
「アキ、熱が」
「……なんか、からだのなか、へん」
熱が出ていたことには気づいていたが。
何が、起きているんだ。
「くりす、くるし、い…っ」
「アキっ」
短く早い呼吸。
胸元を握る手からも、徐々に力が抜けていく。
タリカまでそれほど距離があるわけじゃない。
ヴェルを走らせれば、それほどかからず到着する距離だ。
「殿下」
「アキの様子がおかしい」
「っ、私が先に」
ザイルはすぐに列を抜け出した。
「失礼します」
オットーは自分のマントを外し、馬を寄せ、アキの背にそれを重ねた。
「アキ、少し走らせるから」
「ん……」
アキの背をより強く抱き寄せた。
ちらりとこちらに目を向けたヴェルは、小走りほどの速さで駆け始める。
「いい子だ」
ヴェルの首筋を撫でてやると、応えるように耳が動いた。
ヴェルほどにこちらの意図を汲む馬はいないな。
「アキ、まだ寒いか」
「………すこし」
「もうすぐタリカにつくから」
「うん…」
アキの高くなる体温を感じながら、焦りが増していく。
王都からそれほど遠いわけではない。
だが、アキをこのまま乗馬させるのは無理だ。
かと言って、タリカで馬車の手配はできない。
宿場街ベルグまで馬車の手配に走らせるか。それか、城に早馬を走らせるか。
いずれにしてもすぐにタリカを出るわけに行かない。
まずは天幕で休ませて……と思考を巡らせている間に、タリカの門が見えた。
その門はすでに開閉されており、俺たちを迎える準備ができているようだった。
「……ん?」
目についたのは、先に駆けたザイルと、ここにいるはずのないラルフィンの姿だった。
「神官殿が…」
ミルドの驚いた様子の呟きは当然のものだ。
俺も驚いている。
「殿下!」
「ラル…」
門の前でヴェルが足を止める。
俺の腕の中で、アキの身体は脱力しきっていた。
「馬車で来てます…早く!」
「あ、ああ」
「殿下、私が」
先に下馬したオットーにアキを抱き渡し、俺もヴェルの背から降りた。
「ラル、どうして」
「お話はあとです。早く馬車に!」
「わかった」
改めてアキを両腕に抱き直し、ラルに促されるままに馬車へと向かった。
……その馬車は王族の印が施された、もので。
本当に何が起きているのか、頭の中が混乱する。
「殿下、タリカでの任務は私の方でまとめておきます」
「頼んだ」
残していた団員たちが聞き取りは終わらせているはずだ。
一日くらいは過ごすだろうことを想定してきたが、片付け次第経ってもいいだろう。緊急事態なのだから。
馬車の中にはクッションも毛布も多めに用意されていた。
「殿下、そちらに」
促され座ると、ラルフィンは俺の腕の中のアキをじっと見つめ、目元に涙を浮かばせる。
「……ほんとに……アキラさまだ」
「ラル、どういうことだ」
手で目元を擦り、ラルはアキの手を握りしめた。
「女神さまが、仰ったんです。馬車ですぐにここに向かうように、って」
「……女神様が」
「はい。創り変えているから、と。その間、癒やしはよく効くから、と」
「創り変えている…?」
「はい…。僕には意味はわかりませんが、多分、今アキラさまの中ではその現象が起きているんじゃないでしょうか」
何を創り変える必要があるのだろう。
俺の腕の中に帰ってきたアキは、本人で間違いないはずなのに。
「……よくわからないな」
「僕もです。女神さまは肝心なことを教えてくれない。馬車で向かえ……って、それだけですよ。どうして馬車が必要なのか、誰を乗せるのか、全然教えてくれなくて。……アキラさまが、生きていたことだって、さっき、副団長さんから聞いて……っ」
床に座り込み、アキの手を握りしめたまま癒やしの力を使い続けるラルフィンの瞳から、また、涙が溢れ出した。
「よかった……アキラさま……っ。生きてた……!」
「心配をかけてすまなかった」
「殿下はご存知だったんですか?」
「アキが生きていることには気づいていたよ。だが、いつ帰ってくるか、本当に帰ってこれるかわからなかったから、皆に言うわけに行かなかった」
「そう……なんですね。……あ、もしかして、店主さんはご存知でしたか?」
「レヴィが?何かあった?」
「あの…、僕が女神様の言葉を受け取ったのは今日の早朝で……、馬車なんてすぐには準備できないから、店主さんに相談したんです」
「それで?」
早朝…?
「はい。あの、そしたら、何かを考え込んでから、万が一ってことがあるな、と言われて、早朝だというのに、緊急事態だと王太子殿下に掛け合われて、この馬車を……」
「兄上……」
つい笑ってしまった。
宿の統括が『緊急事態だ』と言えば、城の者も動かないわけに行かなかったろう。
…兄上がまだ寝ていたとしても、だ。
「それで王族の馬車を…。……だが、早朝に準備して、この時間で到着したのか?」
馬車での移動は足が遅くなる。
昨日の早朝に出発したのなら、まだ頷けるが…。
「それは、エルの風魔法と僕の癒やしで、お馬さんに頑張ってもらいました。エルの風魔法で、重さとかをなくして、風の後押しとかで足を早くさせるんです。凄いんですよ!飛んでるように進めるんですから!いっつもディーとエルが移動するときに使ってるんです。僕は転んじゃうので、ディーに背負われているんですけど」
さり気に、自分の恋人の自慢を含ませ、ラルは嬉しそうに説明してくれた。
なるほど…と感心してしまう。
風属性の魔法にそんな使い方があるのか。
今度エアハルトに試させようと思案していると、腕の中でアキが身動いだ。
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