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第6.5章 それでも俺は変わらない愛を誓う(side:クリストフ)

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 女神の祝祭日から数日後、俺は兄上の執務室に呼び出された。

「ごめんね、クリストフ。本来なら私の方で対応することなんだけど」
「何か問題ごとか?」

 兄上は苦笑して首を横に振った。

「何かあったわけではないんだけど、そろそろ一年になるから、タリカの復興状況の視察に行きたいんだ」
「ああ…なるほど。駐屯の方から報告書は届いてないのか?」
「もちろん、報告書は届いているけど、今後必要なものも違ってくるだろうし、どの程度戻ったのか、去年、夏月にクリストフも見てきてくれたようだけどね」
「あれは『ついで』みたいなものだ」
「でも助かるよ。……それで、改めて行こうかと思ったんだけど、ティーナの体調が思わしくないんだ。できれば傍についていてやりたいから」

 その気持ちはよくわかる。

「俺に任せてほしい、兄上」
「ありがとう。他に兵は――――」
「いや、俺達だけで向かう。そのほうが早い」
「まあ、そうだよね」

 苦笑する兄上も同じことを思ったんだろう。
 前回のようにスライムを討伐に行くわけでもないし、人数は必要ないのも事実だ。

「急がないけど――――」
「昼過ぎに出ようと思う。陛下には兄上から」
「うん。伝えておくよ」
「では。……義姉上の様子は」
「ちょっとこの間からね。今日医療師に来てもらうことになっているから」
「必要なら、ラルにも声をかけるといいかもしれない」
「ああ。そうだね。何かあれば相談してみるよ」

 兄上の様子を見ていると、それほど深刻なことではなさそうだなと思い、執務室を出た。
 そのまま己の執務室に向かい、オットーとザイルに今日の昼過ぎにタリカに向かうことを伝える。
 ザイルは諦め混じりの笑顔で頷き、団員たちに召集をかけに行った。

「まあ、急ぐわけじゃないんだが」
「あまり城を空けたくないんでしょう。……いつ戻られてもいいように」
「まあな」

 アキがどこに現れるのかが全くわからないが、俺の自室が一番濃厚だと踏んでいる。
 仮に俺がいなくても、自室なら問題はないが…。
 やはり、すぐに腕の中に抱き締めたいじゃないか。

「急ぎましょう。スライムのときほどの緊急性は全くありませんけど、行軍訓練には丁度いい」
「任せるよ」
「ええ。しっかり訓練の一環としますからね」

 オットーがやる気だ。
 タリカまで無事に辿り着くのは何人になるのか。

「ほどほどにな?」
「任せていただけるのでしょう?」

 にこりと笑顔を見ると、それ以上は何も言えなかった。
 ……まあいいか。
 さっさと行って、帰ってこよう。

「それにしてもタリカですか…。なんだか縁のある土地になりましたね」
「そうだな」
「縁ついでに、アキラ様がそこに落ちてくるなんてこと、ないですかね?」
「落ちて……いや、流石にないだろ…?」
「だといいですけど」

 比較的真面目に口にしたらしいオットーは、思案げに言葉を続けていく。

「私は目の前でアキラ様が消える瞬間を見ましたから。……そんなことをする女神なら、突然落としてきても不思議ではないと思っただけですよ?」

 実際、どうやってアキがこちらに帰ってくるのかはわからない。
 初めて会ったのは現れた瞬間ではなく、スライムに襲われていたときだったから。
 元の世界に戻ったときは、穏便とは言えなかった。傷つき、弱り、光に霧散した身体。
 こちらに帰ってくるときも、元の世界で似たようなことになるんだろうか。

「……不安になってきた」
「殿下らしくもない。貴方は思ったとおりに突き進む人でしょう?」
「お前が不安になるようなことを言ったんだ」
「私は可能性の話をしているだけですよ?一年にはあと一ヶ月足りませんけど、似たような時期にタリカに行くことになるなんて、仕組まれてるようにも感じますよ」

 女神を信じないオットーらしい言い方だ。
 それで俺が不快に思わないこともわかっている上での。

「まあ、今回は状況確認だけだ。何が起きても対応できる」
「はい」
「……オットーに話しておいてよかったと思うよ」
「私は未だに根に持ってますけど」

 しれっと言い放つオットーに、俺は苦笑を返すしかなかった。
 この先もこうやって俺を詰って来るんだろう…。まあ………、仕方ない………。
 甘んじて受けるか…。






 急遽組まれた遠征予定。
 あまりにも急な出発で愕然としていたが、理解してしまえば団員たちの動きは早かった。
 良くも悪くも遠征に慣れ、俺の無茶な行動に付き合ってきただけのことはある。

「昼食後出発します。明朝、現地到着予定です」

 オットーの追加した説明に、団員たちが青褪めていたことは、見なかったことにしよう。





 そして恙なく出発した。
 王都から出た直後から、全力で駆け抜けていく。
 途中の休憩は最小限にし、団員よりも馬たちの世話を重点的に行う。
 当然、途中の魔物は全て倒しながら、だ。
 皆、よくついてきたと思う。
 一応脱落者も出さず、タリカに到着したのは明朝の早目の時間だった。











*****
前回(1章)は、ほぼ一日かけて駆けました。それでも十分速いですが、今回はほぼ半日で駆け抜けたクリス隊……。
お馬がすごいね……。

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