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第6.5章 それでも俺は変わらない愛を誓う(side:クリストフ)

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 それまで見ていた書類から視線を外し、一息つく。
 冬に魔物被害が少なくなるわけではない。
 当然のように冬場に活動し始める魔物は多数いる。
 移動に時間がかかる関係上、早めの対処が必要になる。
 やることは山積み。
 人でも時間もそれほどない。

「レヴィにまわすか」

 義姉上の祝の夜会もあることだし。遠いものは優先的にやってもらおうか。

「………疲れた」
「ここ最近は真面目に仕事されてますからね。いいことです」

 悪魔みたいな微笑みで俺に茶を出すオットーは、遠慮も容赦もない。

「仕事はしてただろ」
「ええ。全部御自分で抱えて私達が止めるのも聞かずに現地に行ってましたね」
「……棘がある」
「当然です。……あれは仕事じゃない。単に死に場所を探していただけでしょうに。どうしようもないですね。殿下が魔物に殺されでもしたら、要請を出した村にも、護衛も担っている私達にも、迷惑をかけるとは思わなかったのですか」
「………すまなかった」

 もう、それしか言葉が出てこない。
 オットーの言ったことは、正論しかない。
 あの頃は、とにかく死に場所を求めていたから。

「……もう、大丈夫だ」
「そのようですね。私もようやく宿舎の部屋で眠ることができそうです」

 表情を和らげたオットーには、どれだけの心労をかけていたのか。
 アキを失っただけで、どれほど周りが見えなくなっていたか気付かされる。

「――――でも、そうてすね。殿下が真面目に仕事をされてるので、皆、退屈そうですし。気分転換でもしませんか」
「ああ……、いいな」
「それなら私が召集をかけてきます」

 書類の片付けをしていたザイルが、宿舎の方へ向かっていった。
 幸い、今日は雪は降っていない。
 訓練場にそれなりに雪は積もっているが、問題ないだろう。

 外套は手に取らなかった。
 動くのに邪魔になる。
 剣を確認し、外へ出た。

「……それにしても、殿下。俺にだけは教えてもらえないですか。あれほど死にたがっていた貴方が、どうしてこれほど変わられたのか。今の貴方はまるで――――」
「アキが生きていた頃の俺の様、か?」
「………っ、ええ」

 二人で青空の下雪を踏みしめる。

「……そうだな。メリダにもまだ言っていないことだ。知っているのは、俺と、レヴィと、セシリア嬢だけだな」
「エーデル伯爵令嬢が?」

 眉間に皺の寄ったオットーの表情に、思わず笑いがこみ上げた。

「なぜ笑うんですか」
「オットーが、『何故自分が省かれてるのか腑に落ちない』って顔をしてるからな」
「そりゃ思いますよ。メリダさんに伝えてないのは、これ以上心配をかけたくないからでしょう?ですが、俺にまで何も無いというのは――――」
「悪気があったわけじゃない。俺も気づいたのは最近だからな」
「何を――――」
「アキは、生きている」
「!!」
「今は元の国にいる。……だが、いつこちらに帰ってこれるかはわからない。だから、メリダにはまだ言えないんだ。糠喜びはさせたくないからな」

 オットーは呆然と俺の話を聞き、それから、目元を抑えて空を仰いだ。

「アキラ様が――――」
「ああ。……言っとくが、虚言でもなんでもない。まだ身体は弱っているようだがな」
「弱ってようがなんだろうが、生きているって事実が何より大事だろ。なんで言わないんだよ…っ。なんで、あんたは、いつも、いつも、大事なことを後回しにして……っ」
「広めたくないんだ。余計な詮索はされたくない」
「……ああ。今アキラ様がどこにいるのか、俺も聞かない。聞いても恐らく理解はできないだろうし。……はっ。本当に腹立たしいっ。こんな重要なこと、なんであの令嬢が先で、俺が後回しにされるのか……っ」

 苦笑するしかない。
 視線を流すと、宿舎の方から団員たちが向かってくる。

「オットーのことは信頼してる」
「レヴィ殿より後回しにされるのは理解できますけどね。あの令嬢にまで負けたと思うと………はぁっ」

 くしゃりと前髪をかき、オットーは俺を見据えた。

「むしゃくしゃするので、相手してください、殿下」
「ああ。もとよりそのつもりだ」

 数歩、距離を取り抜刀した。
 合図があるわけじゃない。
 けれど、申し合わせたかのように同時に踏み込み、剣を合わせる。
 激しい金属音が響く。
 俺が全力で打ち込んでも、オットーは軽くいなし、逆に攻撃を仕掛けてくる。
 他の騎士団にも劣らない実力を持った者たち。その中で全力の俺の剣を受け止められるのは、オットーだけだ。

「……殿下っ」

 何度も接敵し、何度も離れ、剣戟は止まない。
 そんな中で、オットーは笑った。

「よかったですね」

 そんな一言と共に。

「……ああっ」

 合わせていた刃に互いに力を込め、後ろに数歩下がった。
 特別息は切れていない。それは、オットーも同じ。

「いい感じだな」
「ええ。十分ほぐれました」

 俺たちが笑い合えば、団員たちからピシリとした空気が伝わってくる。

「最近出動がなくて鈍っているだろう?たっぷりしごいてやるから楽しみにしておけ」
「「「「――――っ」」」」

 顔が凍りついたように動かなくなった。
 まあいい。
 雪の中でもしっかり戦えるようにしておかなければならないんだから。

「エアハルト」
「ひ、え!?」
「さっさと支度しろ!」
「な、なんで、いつもいつも、私ばかり……!?」
「お前が丁度いいんだ。――――この雪だしな?いい加減土魔法の制御を身に付けろ」
「で、で、で、すけど…っ」
「この雪の中で、魔法を使うたびに地面に手をついてたら、そりゃ凍傷にもなりますよねぇ?下手したら指も凍りつくんじゃないですかねぇ?」
「だ、だ、だんちょ……っ、そ、そんな……っ」
「ほら、さっさとしろ。オットー、そっちは任せた。後で見る」
「ええ。了解いたしました」

 エアハルトの首根っこを掴み、他の団員たちから若干離れる。

「さっさと剣を抜け。行くぞ」
「あわわ……っ」

 刀身に己の血をまとわせ、エアハルトに斬りかかる。
 エアハルトは諦めたように剣を抜き俺の初撃をいなすと、後ろに飛びながら土属性の魔法を展開させる。
 地面を媒体として土魔法を発動させるのは、効率的で理にかなっている。だが、それだけでは駄目だ。どの場面でも媒体がすぐに用意できるわけではないのだから。

 俺の目の前に出現した土壁は、出現の速さも出来も、本来のものからは劣るものだった。
 さっくりと剣で叩き斬れば、石の礫が飛んでくる。
 血を纏わせれば、魔法ですら斬れる。
 避けることなく、全ての礫を剣で相殺していけば、エアハルトは口元をひくひくさせていた。

「まだまだだな」
「殿下が化け物じみてるんですよ…!!」
「お前の魔法が雑すぎるんだ。アキの繊細さを少しは見習え…!!」
「アキラ様ですって!?……くううう!!!私の天使!私の女神!!私の心の恋人……!!!!そのアキラ様を引き合いに出されては、やるしかありません……!!」

 聞き捨てならない言葉が混じっていた気がしたが、まあ、いいだろう。
 やる気になって何よりだ。




 数刻後、この場に立っていたのは、俺とオットーとザイルだけだった。
 ザイルもかなり疲れた顔をしている。
 エアハルトは雪の中に倒れ込んだまま、起き上がる気配がない。魔力切れも起こしているだろうから、暫くは起きないな。

「………鬼」

 ぼそりと、リオがつぶやく。

「リオ、元気そうだな。お前だけ走り込み追加な」
「う、そ……っ」
「ほら、早くしてください」
「ご、ごめんなさいぃ…!!」

 静かになった訓練場に、リオの叫び声だけが響いたのだった。



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