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第6.5章 それでも俺は変わらない愛を誓う(side:クリストフ)

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 気がつくとなにもない空間の中に、一人立ち尽くしていた。
 どこまでも白く、何もない空間だった。
 立っているというのに足元に床があるかすらもわからない。

 普通の夢ではないというのは、早々に気づいた。
 自分はなにかに喚ばれたのだろう。

 ベッドに入ったときまではいつもどおりだった。
 もうすぐ冬の二の月になる。
 義姉上の生誕日に合わせた夜会も予定されている。その前に王都周辺の見回りは強化したほうがいいだろうと考えながら、眠りについたはずだった。
 
 何故喚ばれたのかわからないまま、辺りを見回していたとき、ふと、視界の先が揺れた。
 何もなかった場所に、黒髪の、華奢な後ろ姿が現れた。

「……アキ?」

 名を呼べば、びくりと肩を震わせ、ゆっくりと俺の方に向き直る。

「クリス……っ」

 また少し痩せたアキが、俺を見て、その大きな瞳を涙で潤ませていく。
 夢のような、夢ではない現実。
 一体何が起きているのか、考えるよりも先に足は前に出た。
 互いに駆け出し、距離はすぐに縮まる。

「アキ……!」

 抱きしめた。
 確かにアキの体温だった。
 見慣れない仕様の柔らかな生地の服を纏い、元々華奢だった身体はさらに細さを増していたけれど。

「クリス……っ、くりすっ」

 首筋に埋まる頭の後ろに手を当て、己にきつく引き寄せる。
 アキの手は俺の背に回り、シャツを握りしめた。

「会いたかった……会いたかった……っ、クリス……っ」
「俺もだ。アキ……よかった、無事で……っ」

 声が震えてしまう。
 どれほど望んだことか。
 得られる物は文字ばかり。
 そこにアキの想いが溢れていても、吐息も体温もなにもなかった。
 けれど今、アキは俺の腕の中にいる。
 この場所が、現実ではないことくらいわかっている。夢ではないこともわかっている。

「アキ」

 柔らかな頬に触れた。
 涙を流し続ける黒い瞳が揺れて俺を見る。
 情けないことに、自分の目元も熱くなっていた。
 アキが生きているとわかっていても、アキ自身は俺の傍にはいない。そのことが、酷く、辛かった。

「会いたかった……!」

 何度も口づけた。
 記憶の中のものよりも、少し薄く感じるアキの唇。けれど、最後に口付けたときとはまるで違うぬくもりを持った唇。

 アキを抱き込むようにその場に座り込み、何度も、何度も、口付けを重ねた。
 舌を絡め、熱を移し合う。
 アキ。
 俺のアキ。
 目が覚めても忘れないように。
 奇跡のような逢瀬が事実だったことを、忘れないように。
 アキの寝間着をはだけさせ、左胸に唇を寄せた。
 確かな鼓動を感じるその場所に、証のように跡を残す。

「あっ」

 甘やかな声。
 顔を離すと、アキは目元も頬も赤らめて、俺を見る。

「俺も」
「ああ」

 アキの唇が左胸に押し当てられた。
 強くはないが、同じ場所に吸い付いてくる。
 互いの身体に、互いの跡を残す。
 すぐにまた離れ離れになってしまう二人の間に、一つの繋がりを増やすようなことだ。

「クリス」

 しがみつくように抱きついてくるアキを、俺も強く抱きしめ返す。

「アキ、お前は今、?」
「……日本だよ。元の、場所」
「そこに危険はないのか…?」
「魔物とかはいないし、……大丈夫」
「……そうか」

 傍に居たい。
 魔物のような危険がないとしても、アキが誰かに奪われることがないのだとしても、傍に居て守りたい。
 可愛い、可愛い、俺だけのアキ。

 額や目元に何度も口付けを落とした。
 舌だけを出して、舐めあった。
 アキは蕩けたような瞳で俺を見てくる。

「……夢みたい、だ」
「まあ、夢みたいなものだが」
「そうだけど。ずっと、お願いしてたから。クリスに会いたい、って」
「俺もだよ。毎日女神に祈ってた。アキに会いたい、アキを返してほしいと」
「……死んだ、って、思ってなかったの?」

 俺の思いを素直に伝えれば、アキは辛そうに顔を歪めた。
 けれど、それはもういいんだ。

「……なんで、『返して』って……」
「お前が生きてる確証を得たんだ」
「え」
「だから――――信じて、祈り、願った」
「確証、って」
「お前が帰ってきたら教えてやる。……だから、アキ、早く帰ってこい。俺の、傍に」
「うん…っ、待ってて。絶対、帰るから…っ」

 一度は止まっていた涙がまた溢れ出した。
 泣き虫なところも…変わっていない。

「どうしたら泣き止む?」

 笑顔が見たい。
 泣き顔も、綺麗だけれど。
 指で何度も優しく拭っても、アキの瞳からは涙が流れ続ける。

「キス……たくさん、して」
「いいよ」

 望むままに。
 アキが欲しがるものは、全て与えてやる。
 その空間の中でアキを横たえ、その上にのしかかった。
 深く深く、唇を重ねる。
 この場所じゃ癒やしも魔力も意味がないかと思いながらも、それを載せて唾液を含ませ飲ませる。
 早く元気になれ。
 早く俺の元に帰ってこい。

 話したいことは沢山ある。
 聞きたいことも山程ある。

「クリス……好き。あいしてる」
「ああ…。俺も、愛してるよ、アキ」

 指を絡めながら手を握る。
 細い、アキの指。手首まで、一回り細くなった。

「アキ……」

 左胸の跡は、すぐに消えるだろうけど。
 アキの右手を握り、手首の内側に唇を押し当て、そこを強く吸った。
 唇を離せば、赤く色づいた跡が目に映る。

「俺にもつけて」
「ん」

 左手を出せば、アキが同じように跡を付けた。
 その跡の上に俺が口付けると、アキの頬が朱に染まっていく。

「毎朝口付ける。アキと繋がるように」

 アキははっとしたように、自分の右手首を見て、大事そうに手で包んだ。

「俺も……俺も、毎日、する」

 唇で触れるたびに、ぬくもりを思い出そう。
 俺とアキが繋がっているのだという証に。

「クリス…っ」

 口付けをねだったアキが、また涙を流し始めた。
 行かないで、と、すがりついてくる。

「春の二の月までに戻ってこい…全部用意して待っているから」
「うん………うん……っ」

 アキが成人する日までに。
 その日に、婚姻式を挙げられるように。

「くりす……っ」
「愛してる」

 唇を触れ合わせたまま、身体が溶けていく。
 浄化の光のように、瞬き、輝きながら。





 目覚めたときには既に夜が明けていた。
 左手首の内側には、繋がりがしっかりと残っている。

「アキ」

 手首に唇を押し当てる。すぐにアキの唇のぬくもりと柔らかさが思い出された。

「女神よ――――感謝いたします…!!」

 雫が一筋、頬を伝った。


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