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第6章 家族からも溺愛されていました。

21 何が正しいのか

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「俺、こっちで事故にあったあと、ずっと、異世界に行ってた」

 俺の一言目に、両親ともに呆気にとられた顔をした。
 …だよね。

「異世界…?」
「……うん。異世界。魔法があって、魔物がいて、剣で戦ったりする異世界」

 眉間に皺が寄った父さんと、困惑顔の母さん。
 でも、聞いてくれると言った両親は、俺の話を止めるようなことはしなかった。

「気がついたら向こうの世界にいた。アウラリーネ様っていう女神様の世界で、こっちとは全然違うんだ」

 空は同じだった。
 花も草も木も、見たことがあるようで、どこか違ってて。

「ちょっと魔物に襲われたけど、……助けてくれた人がいたんだ。クリス……クリストフ・エルスターは、その世界の人で、凄く強くて、格好良くて、強引で、でも優しくて」

 嬉しそうに目を細めて俺を見るクリスは、本当に幸せそうだった。

「むこうに行ったときから、俺、魔法が使えて、でもクリスは俺のこと魔法が使える道具みたいには扱わなくて、ひたすら優しくて守ってくれてて」

 ………会いたい………なぁ。

「好き、って言われて、愛してるって、言われて。嬉しくて。俺も、クリスのこと、好きに、なって」

 目頭が熱くなって、また涙が出てくる。
 俺、ほんと、なんでこんなに泣き虫なんだろう。

「十八歳で成人だから、成人したら結婚しよう、って。約束、して」

 あと二ヶ月。
 春の二の月までに戻ってこい、って、クリス、言ってた。

「幸せで。……色々あったけど、クリスと一緒にいるのが幸せで、ずっと一緒にいたくて、……でも、むこうでの俺の身体は、よくわからないけど限界だったみたいで」

 俺死ぬんだ、って、思ったあの瞬間。
 胸が、痛くて、痛くて。

「……むこうで、死んだんだと……、思う。でも、根本にある魂は、生きてて、目が覚めたら、病室、だった」

 全部、夢の中の出来事だったのかと絶望したあの瞬間。
 あんなに愛して、愛された人が幻のような存在だったなら、俺はもう、立ち直れなかった。

「……それは、夢、ではなくて?」

 頭ごなしに否定されない。
 父さんの言葉も、理解できる。

「夢……じゃ、ないよ。……あのね、これ」

 いつも持ち歩いてる小さな袋。
 色褪せない不思議な色の羽根飾りと、俺とクリス色のイヤリング。

「これね、クリスが俺のために用意してくれた物、なんだ。クリスとお揃いで。俺は右耳につけて、クリスは左耳につけてた。羽根飾りは、女神様のお使いの鳥さん…を助けたときに、俺たちにその鳥さんがくれたもので」

 手に取ったら、仄かにぬくもりを感じた。
 ……なんか、俺を励ましてくれているような、そんな気がした。

「これがあったから、俺、夢じゃなかったって、わかった。俺は病室でずっと寝てたかもしれないけど、でも、むこうの世界に行ってたのも、本当で」

 胸が……苦しくなってくるよ、クリス。

「……だから、俺、どうしてもむこうに帰りたいって思ってる。父さんと母さんが嫌いなわけじゃない。俺の大事な家族だもん。大好きだよ。……でも、こっちには、クリスがいないから」

 喉の奥で引きつった音がした。

「むこうに行ったら……多分、こっちには戻ってこれない。俺、っていう存在が、こっちでどうなるのかわからないし、行き方すらもわからない。……でも、クリスに会いたい。俺、クリスがいないと、寂しくて、寂しくて、何をしてても、心が、死んでいくみたいで………っ」

 辛い。
 苦しい。

「ごめ……なさい……っ、でも、俺、ほんとに………」

 父さんは難しい顔で何か考え込んでいる。
 母さんは……俺のことをただじっと見ていた。

「瑛が紅茶をよく飲むようになったのは、その……」
「……ん。むこうでよく飲んでたから。コーヒーは見かけなかった。どこに行っても紅茶で……、ちゃんと、淹れれるように、なりたかった」

 一つ一つ、頷いて、聞いてくれると母さん。

「もしかして、おばあちゃんも関係あるの?」

 母さんは、ばぁちゃんが書いてた文字のことを知ってる。
 ばぁちゃんが絶対、そう、とは言い切れないけど。

「……多分。ばぁちゃんが書いてたのは、むこうの世界の共通語で……、俺も、それを覚えてる途中だったから」

 俺がそう言うと、母さんは目を伏せた。
 無言の父さんと。
 何を、思ってるだろう。

「瑛」

 硬い声で、父さんに呼ばれた。

「な、に」
「少し部屋で休みなさい。疲れた顔をしている。夕飯ができたら、呼びに行くから」
「………うん」

 胸が苦しくなる。
 父さんの声は、今まで聞いたこともないくらい硬いものだったから。
 居間から出てドアを閉めて、少しの間立ち尽くしてた。
 ……そしたら、中から、母さんの嗚咽が聞こえてきて。

 息が苦しくなるのを感じて、慌てて部屋に戻った。
 カーディガンも脱がないでベッドに潜り込んで、布団の中で身体を丸めた。

 間違い、だったのかな。
 全部、話したこと、間違いだったのかな。
 こんな話、普通は信じない。
 だけど、ちゃんと、話したら、わかってくれると思ってた。
 俺は家族のことを好きだし大切に思ってるけど、どうしてもクリスと離れたくないんだ、って、わかってもらえると思ってた。

「クリス……たすけて……っ」

 何が正解だったんだろう。
 何も言わずに消えるのが正解だったんだろうか。

 父さんのあの声は、拒絶に感じた。
 ばぁちゃんのこともあるから、母さんは信じてくれると思ってた。
 ――――でも、泣かせた。
 いつも笑ってる母さんを、俺が、泣かせた。

 こんなに痛い、なら。
 話さなければよかった。
 自己満足の告白で、家族を悲しませた。

「ごめ………ごめん、なさい……っ」

 クリス
 あのね、クリス
 俺、がんばったんだよ
 勇気、だしたんだよ

 でも、受け入れて、もらえなかった――――

「ぅ………っ、ひ……っ、……っ、っ」

 だきしめて。
 『頑張ったな』って、だきしめて。
 むかえに、きて。
 はやく、はやく。





 大切な家族から、クリスの存在を否定される前に、早く、早く――――




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