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第6章 家族からも溺愛されていました。

20 ちゃんと……しよう

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 退院後、一度目の受診は、特に問題なかった。
 レントゲンも採血も、異常なし。
 リハビリの先生からも、特に問題無しのおすみつき。
 もう少し体重を増やしたほうがいいけど、無闇矢鱈に脂肪を増やせばいいってわけでもないから、そこは焦らずゆっくりで、と言われた。別に食欲がないわけでもないし、拒食症とか、そういうのでもないから、今のままゆっくりと。
 肋は浮いてない。けど、腕も足もちょっと細いんだよね。仕方ないか。前から凄く太かったわけでもないし。
 筋肉は落とすよりつけるほうが大変なんだよね。
 身にしみてわかった。
 とりあえずは、事故に合う前くらいの体重と『太さ』が目標。
 このままじゃ、制服を新調しなきゃいけなくなる。
 努力しよう。うん。






 比較的平和に一月を過ごして、二月に入った。
 こちらで目が覚めて、丸っと四ヶ月。
 クリスマスのときの、奇跡のような逢瀬以降、夢で見ることはあってもクリスには会ってない。
 手首へのキスは繰り返しているけれど、最初の頃に感じていたようなクリスの唇のぬくもりは、もう感じられない。
 でも、消したくないから、続ける。
 繋がりを、手放したくない。


 その頃から食欲が落ちた。
 帰れない、帰り方がわからない焦燥感が、身体の方にも影響し始めてる。
 気づいてしまえば、が来たんだと納得するけど、身体は言うことを聞いてくれない。
 足掻いて、足掻いて、疲れ切って、谷底に沈んでいく感覚。
 前を向く方法がわからなくて。
 一日中ベッドに入って、イヤリングと羽根飾りを握りしめる。
 何かしなきゃならないのに、何もできない。
 俺、本当に帰れるのかな。
 クリスの所に……帰れるのかな。
 泣いて泣いて泣き疲れて眠って、目が覚めたら心配顔の母さんに頭を撫でられる。

「果物でも食べる?」
「………いらない」
「アイスとかは?」
「………少し」
「持ってこようか?」
「んー……ん、行く……」
「そう?じゃああったかい格好してね」
「うん…」

 優しくて、過保護な母さんと父さん。
 怪我をする前は、ここまでじゃなかった。
 それだけ、俺のことを心配してくれてて、大事にされてるってことだ。
 思いやりとか、愛情とか。
 でも俺は、クリスを選んだ。クリスを選ぶってことは、向こうの世界に行くってことで、行ったら、多分、もうこちらには戻ってこれない。
 それは、家族を捨てると同じこと。
 俺を慈しんで、愛して、育ててくれた母さんと父さんを、捨てること。

 踏ん切りがついていたはずだった。
 クリスの傍にいたときは、どちらを選ぶかと問われれば、迷いなくクリスと答えた。
 答えは今も変わらない。
 けど、家族を、捨てることもできなくて。
 ……だから、きっと、行けないんだ。
 後悔しか残らないから。

「……クリス、俺」

 ちゃんと、しよう。
 どう思われるかわからない。
 凄く凄く失望されるかもしれない。
 罵られるかもしれない。
 呆れられるかもしれない。
 頭がおかしくなったと思われるかもしれない。
 けど、ちゃんと。
 こっちで意識のなかった五ヶ月の間、俺が何をしてたのか。
 異世界のこと。
 好きな人がいること。男の人だけど、本当に心から好きなこと。
 結婚の約束をしてること。
 幸せだったこと。
 全部、ちゃんと。

 もぞりと起き出して、ベッドの足元に置かれたままのカーディガンを手に取る。
 クリスの瞳色に近い大きめの……や、かなり大きいそれを羽織る。
 これだけは、どうしても欲しかった。大きいのは、クリスサイズだから。すっぽりと包まれてるようで、安心できる。

 居間の方に行くと、父さんもいた。
 ……あ、今日って日曜日か。
 あまりテレビも見ないし、寝てばかりだったから、曜日の感覚薄れてた。

「瑛、バニラとイチゴ、どっちがいい?」
「えと……バニラ?」

 適当にソファに座ったら、母さんに声をかけられたから答える。
 父さんは俺を眺めながら、ぷって笑った。

「それ着ると余計華奢に見えるな。大きすぎるだろ」
「……これがいいんだもん」
「それ見つけたときの瑛のはしゃぎ方が凄かったわ」

 俺の前に、某有名カップアイスクリームのバニラ味が置かれた。
 母さんは、父さんにも抹茶味を渡すとソファに座って、自分用のイチゴ味のを開け始めた。
 カップの外側の、少し柔らかくなったところを少しずつ食べる。
 好きな甘さと濃厚さ。
 何口か食べて、涙が落ち始めた。

「瑛」

 俺、情緒不安定すぎる。
 自分でも意味不明…って思うくらい、なんで泣いてるのかわからない。
 母さんは俺の隣に座り直して、頭を撫でてくれた。

「瑛、なにか言いたいことある?」
「…っ、かあ、さん…っ」
「父さんも母さんも、瑛のことを心配してるんだ。何か不安なことがあるなら、話してほしいんだ」
「とうさん……っ」
「瑛が、話したいと思ったら、いつでも聞くからね」

 やっぱり、優しい。

 手の中で、とろとろにアイスが溶けていく。
 涙は止まらない。
 母さんの手は背中を擦ってる。
 袖口で目元をゴシゴシこすったら、父さんがティッシュで俺の目元を押さえた。

 散々、甘やかされて。
 三つのアイスが液体になった頃、俺は二人を見て、口を開いた。

「俺の、話し、聞いて」





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