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第6章 家族からも溺愛されていました。
12 クリスマス・イブ②
しおりを挟むふ…っと目が覚めて、大きく伸びをした。
窓の外を眺めても、もう雪は降っていない。
ベッドから降りて立ち上がっても目眩は無い。よし、大丈夫。
時間は…、まだ三時。
時計を見て、欲しいものがはたっとひらめいた。
腕時計、買ってもらおう。
デジタルじゃなくて、アナログの。
ずっとつけてよう。
そしたら、もしかしたら、むこうに持っていけるかもしれない。
自分の小遣いで買えばいいんだけどね。折角だし。うん。
うんうん頷いて、机の上においたノートを見た。
新しいノートも買わなきゃ。
なんとなくノートをパラパラ捲って、ふと気づく。
なんか、足りない?
「え」
あれだ。
向こうの言葉と日本語で、だらだらとクリスへの想いを書き綴ってた、あのノートがない。
「うっそ」
なくした?
忘れてきた?
よりによってあのノートがないとかっ。
病室も、ベッド周りも、床頭台も、全部しっかり確認してきたはずなんだけど。
慌てて部屋を出て、居間でお茶を飲んでた母さんと父さんに声をかけた。
「あのさっ、荷物の中に俺のノート紛れてなかった?」
「起きたのね……って、ノート?なかったわよ?瑛が全部持っていったでしょ?」
ね?と、父さんに同意を求める母さんに、父さんも頷き返してた。
「起きたのなら、お茶でも飲む?夕食にはまだ早いし、お菓子食べる?」
「え……、と、うん、もら、う」
ソファに座りながら、俺の頭の中はぐるぐるしてた。
絶対病室にはなくて、そもそも、忘れ物してたら、連絡くれるはずで。荷物にも紛れてない…って、じゃ、どこに行ったの、俺のノート。
全く見ず知らずの人が拾ってくれてるなら、問題ない。けど、万が一、知り合いに見られたら――――恥ずかしすぎて死ねる…。
あんなにクリスへの想いがダダ漏れになってるやつ。日本語でも書いちゃったから、普通に読めるし。
あううう。失敗したっ。なんで確認しなかったかな、俺っ。
「ううう……」
「そんなに項垂れて。勉強じゃなくて何かまずいことでも書いてあったのか?」
からかうような父さんの声。
鋭い。
けど、まずいわけじゃないんだよ…。
「別に……まずいわけじゃ……」
「そのうち出てくるわよ。はい、お茶とお煎餅」
「………」
緑茶と、海苔の巻かれた煎餅。
……デジャブ。
「いただきます……」
パリパリと煎餅を齧って、緑茶を飲んで。
諦めのため息をついた。
どこを探してもノートは見つからなくて。
しかも、よくよく探したら、日記の一部もなくなってた。
なんなの。
俺、もしかして、気づかない間に捨てたりしたの?全く覚えてないけどさ。
悶々としながら三十分くらい探してたけど、探す場所も限られるし、とにかく疲れた。
仮に誰かが拾ったとしても、俺の名前は書いてないんだから、俺だとわかるはずもない。
もう、諦めよう。
改めて部屋を出て、台所に向かった。
料理中の母さんに手伝いを申し出て驚かれたり。俺のできること少ないけど、袋から出したり皮を剥いたりはできるからさ。
あとはいいからと台所から出されたので、居間に向かう。
父さんとテレビを眺めながら、明日のことを話し合う。
ばぁちゃんの墓参りに行きたいこととか、腕時計がほしいこと。ゲームまで買ってもらうのは気が引けるから、それはいらないって言ったら、父さんは俺の頭をぐりぐり撫でて、遠慮するなって言ってくれた。
退院したばかりの息子には甘いな、父よ。
二人で予定を立てていたら、夕飯の支度ができたと母さんに呼ばれた。
そんなに大きくはないテーブルの上に、これでもかって料理が並んでる。
三人で、何日食べるんだろ…って、苦笑するくらいの量。
少し大きな生クリームのケーキに、宣言通りのクリスマスチキン。色とりどりの料理たちと、存在を主張するたっぷりのオムライス。
「こんなに食べれないよ?」
「食べられるだけ食べなさい」
にこにこと嬉しそうな母さん。
「瑛が、ちゃんと退院できて嬉しいんだよ。だから、気にしないで好きなものを食べたらいい」
父さんも嬉しそうに言うから。
俺も笑って頷いた。
色んな話をしながら、クリスマス料理を食べる。
満腹手前にしとかなきゃ、ケーキが入らない。
途中、長野たちから預かっていたっていう、退院祝い兼クリスマスプレゼントを受け取った。後で連絡入れておこ。
そして、ついにケーキ。
スポンジもクリームもふわふわだった。
ケーキ、か。
……クリス、食べてくれたかな。
「瑛?」
「どうした?具合でも悪いか?」
母さんとか父さんの、心配してる声。
俺が、フォークを咥えたまま、固まってるから。……しかも、多分、目元に涙が滲んでて。
「大丈夫。ちょっとね、感動してた」
にへら…って笑ってそう言えば、二人とも安心したように息をついた。
……寂しくなったとか、ほんとのこと言えない。
これくらいの嘘は、きっと見逃してもらえるよね。
満腹以上に食べて、リアさん料理試食会以来の食べすぎ腹痛を味わいながら、居間のソファに寝転んだ。
父さんも母さんも、呆れて笑ってる。
ゆっくりと酒を飲んでるらしい父さんと、その父さんに付き合いながら食卓を片付けていく母さんを、ただじっと眺める。
……俺の家、なんだな。
見慣れて、馴染んでて。
……でも、『違う』って、心のどこかで叫び始める。
ここにクリスがいてくれたら。
それだけで、俺の居場所になるのに。
会いたい。
クリスに会いたい。
今日はクリスマス・イブだよ。
世界が違って声は届かないかもしれないけれど、女神様。お願い。クリスに会わせて。
そもそもの宗教も違うけど、ばぁちゃんのとこの神棚の神様。クリスに会うために協力してください。
宗教多すぎて、どの神様に願えばいいのかなんて、わかんない。
でも、なんとなく、神棚の神様は、いるような気がする。ばぁちゃんが『いる』って言ってたから。
クリスマスは、全然関係ない宗教のものだけど。
宗教的な行事じゃなくて、恋人たちのイベント……ってことで、お願いするのを見逃してください。
女神様。
神様。
お願いです。
クリスに、会わせてください。
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