上 下
366 / 560
第6章 家族からも溺愛されていました。

7 大部屋に移りました

しおりを挟む



 ノート二冊くらい使って、ひたすら書き続けた。
 その頃にはシャーペンの感覚も戻ってきたし、ふにゃふにゃしてた文字はそれなりに形になってきた。
 三冊目のノートを手にとって、むこうであったことを書き出した。

 クリスに出会ったときの話。
 初めてのキスの話。
 魔法の話。
 お城の話。

 順番に、思い出していく。
 この身体が経験していなくても、ちゃんと記憶の中に残されてる。

 どういうからくりなのかは全くわからないけれど、五ヶ月もの間、この身体はこちらの世界で眠り続けてた。
 でも確かに、向こうの世界でも身体はあった。
 だから、クリスと触れ合えたんだし。
 今の、多分本当の身体は、クリスに触れてない。けど、ちゃんと記憶の中にあって、クリスの手の大きさも、俺に触れてくるときの優しさも、抱き込まれる安堵感も、全部思い出せる。

 箇条書きのような、辿々しい文章で、リアさんに会ったことまでを書き終える頃には、一冊使い終わってた。
 パラパラ捲って、字の歪さに苦笑しながら、読み返す。
 ……万が一他の人に読まれても、これなら誰にもわかるまい。むしろ、わかる人がいるなら、ぜひ会いたい。
 まあ……、見られたとしても「高校生にもなってまだこんなことしてるのね」って失笑されるのがオチか。
 気にしない気にしない。
 無くさなければいいだけ。
 最悪、俺のものだと気づかれなければいいだけ。





 十一月の下旬、俺はそれまでいた病棟から、リハビリ病棟に移された。
 部屋も個室から大部屋になって、周りが少し賑やかになる。
 点滴はなくなった。
 病棟内は自由に歩けるようになった。
 リハビリ室に行くのは、まだ車椅子が必要。
 歩行リハビリは継続中で、筋トレとかも組まれてる。なんせ身体が細いままだから。もう少し肉をつけないと、戻る体力も戻らないとかなんとか。
 食事は相変わらずの全粥七割ってところか。細くなった食も中々に戻らない…。
 普通のご飯ならもっと食べれるかと思ったけど、多分、あまり変わらないだろうな…と溜息。むしろ減るかも。
 おかずは通常食と変わらないものだから、柔らかい消化にいい料理ばかりじゃなくて、しっかりしたものが出てくる。
 食べきれずに残してしまうと、心苦しくなるけどね…。作ってくれた人、ごめんなさい。

 リハビリ病棟に移ってから、日記のようなものをつけ始めた。
 もちろん、向こうの字で。
 日付と、今日やったことを、クリスに話しかけるように、書き込んだ。

 ねえ、クリス
 あのね、クリス

 目の前にクリスがいるみたいに。
 ノートの中で語りかけた。

 個室じゃないから、うっかり独り言も、思い出し笑いもできない。……しないように気をつける。
 でも流石に寝てる間までは気をつけることなんて出来なくて。

「杉原、夜中に楽しそうに笑ってたな」

 って、同室の黒沢さんって患者さんに言われて、他の人も同意して笑ってた。

「すみません……」

 うるさかっただろうかと恐縮してたら、みんな笑って「いやいや」って否定してくる。

「ほんと楽しそうな声でな。思わず笑っちゃったから」

 黒沢さんは五十代前半の身体の大きな人。でも優しい。足の骨折で、リハビリ中なんだそうだ。
 個室ではなかった交流。
 ん。
 嫌いじゃない。
 なんか、クリス隊の中にいるような雰囲気で。

「どんな夢見てたんだ?」
「うーん……?」

 思いだそうとしても、思い出せないのが夢というもの。
 今朝起きたとき、なんとなく温かい気持ちが残ってたから、クリスの夢を見てたと思うんだけど。

「よく覚えてないです」
「そんなもんだよな」
「でも、自分の寝言で目が覚めるときってありません?声デカすぎて」
「あるある」

 比較的俺と歳の近い大学生の廣木さんも話し始めると、もう一人の同室者の瀬名さん――――推定三十代後半さん――――も、相槌をうった。

「大概は家族に指摘されて笑い話になるけどな」

 寝言かぁ。
 …クリスの寝言、聞いたことない……かな?たまに、俺のことを呼んでるのは聞いたことある……気がする。
 そもそも、疲れきって眠るから、俺がクリスの寝顔を見ることなんてほとんどなかったんだから、寝言だって聞くはずがない。
 でもたまに夜中に目が覚めたとき、必ずクリスが俺を抱き込んでいて、腕枕は抜かれてなくて。
 トクントクンって心臓の音を聞いていたら、またすぐ眠くなって。

「杉原?」
「杉原君?」
「どうした杉原」

 笑って話してたみんなの声が慌て始めた。

「え?」

 黒沢さんが近づいてきて、俺の頭を撫でた。

「泣いてる。すまんな。からかいすぎたか?」
「え、っと」

 目元に指を当てたら、確かに涙が流れてた。

「チョコ食べる?ほら、泣き止め」

 廣木さんが手つかずのチョコ菓子の箱を、俺のテーブルに置く。

「チョコレートあるなら、甘くないほうがいいか?無糖の紅茶あるから。飲め飲め」

 瀬名さんが有名メーカーの無糖紅茶のペットボトルを同じようにテーブルに置く。

「あの……」
「「「うん?」」」
「ありがとうございます。あの……、ちょっと思い出したことがあって、そしたら涙が出ちゃっただけなので…」

 何度か手で擦ったら涙は止まってた。
 みんな優しいなぁ。
 ありがたく貰おうとお礼を言って、うまくできてるかわからないけど、笑顔で言い訳をした。
 そしたら何故か複雑な顔を三人が三人ともしてて、今度は俺が首を傾げる。

「あの……?」
「あー、いや、そうか。そういうこともあるよな。若いんだもんな」
「……ほら、とにかく甘いもの。食べたら少し落ち着くでしょ」
「紅茶嫌いか?普通のお茶もあるぞ?」

 やっぱり優しくていい人たちだ。
 よかった。
 大部屋で変な人と一緒だったら気まずいだけだもんね。

「ふふ……ありがとうございます」

 今度こそちゃんと笑えたと思う。
 ……またしても三人とも、固まっちゃったけどね。
 どうしたんだろう??




しおりを挟む
感想 541

あなたにおすすめの小説

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜

飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。 でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。 しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。 秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。 美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。 秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。

騎士に溺愛されました

あいえだ
BL
ある日死んだはずの俺。でも、魔導士ジョージの力によって呼ばれた異世界は選ばれし魔法騎士たちがモンスターと戦う世界だった。新人騎士として新しい生活を始めた俺、セアラには次々と魔法騎士の溺愛が待っていた。セアラが生まれた理由、セアラを愛する魔法騎士たち、モンスターとの戦い、そしてモンスターを統べる敵のボスの存在。 総受けです。なんでも許せる方向け。

最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!

天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。 なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____ 過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定 要所要所シリアスが入ります。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

処理中です...