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第6章 家族からも溺愛されていました。

5 絶対、帰る

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 十一月に入ってから。
 俺は部屋の中は一人で歩けるようになった。
 長い距離の移動はできないけど、トイレ付きの個室だから、十分だ。
 点滴の量がかなり減った。
 一日に何本もあった点滴が、今は一日に一本だけ。それも、ちょっと小さい袋の。
 食事は全粥のまま。食べられる量は、ほんの少し増えた。
 歩行リハビリは続いてる。
 でも、この間、担当の先生が替わった。
 看護師さんが教えてくれたところによると、前の先生は患者さんに対するセクハラ行為がバレて、どこかに飛ばされたんだそうだ。

「瑛君は何もなかった?」
「えー……、と」

 言い淀んでしまったら、看護師さんはそれだけで察してくれたようで、痛ましげな表情をしていた。

「何かあったらちゃんと言わなきゃ駄目よ?セクハラの被害に合うのは、女の子ばかりじゃないんだからね?」
「……はい」

 そうだよね。
 クリスだって堂々とセクハラしてきたし。
 ただ違うのは、俺が嫌かどうかってとこで。

「……何かあったら相談します」
「はい、そうしてください」

 嫌なことは口に出さなきゃなぁ。
 …それにしても、あの先生が担当を外れただけじゃなくて、どこかに飛ばされた(もしかしたら辞めさせられたのかな)ってことは、あまりにも俺に都合のいいことで、もしかして女神様が何かしてくれたんじゃないかと思ってしまう。あの手付き、すごい嫌だったし。
 アウラリーネ様は向こうの女神様だから、関係ないことはわかっているけど。
 今の先生は父さんより歳上な感じで、頼れる大人って感じ。変な触り方しないし、ベタベタしてこないし、さっぱりした感じがどこかギルマスに似てる。
 うーん………まさか、『エイタロウさん』の親族とか言わないよね。流石に言わないよね。
 もしそうだったら、世間狭すぎるし、説明ができない……。
 ん。
 他人の空似ってことで片付けよう。





 日常のふとした瞬間、向こうと比べてる俺がいる。
 クリスだったら。
 クリスなら。
 クリスがいてくれたら。
 生活とか。
 料理とか。
 比較して、思い出して、寂しくなって、涙が出るけれど、少しずつでも立ち直ってきてる、精神的には落ち着いてきてると思うんだ。
 もし、手元に繋がりが残っていなかったら、俺は少しも立ち直ることができなかったかもしれない。夜眠ることを拒絶していたと思う。幻の中のクリスを想って、心が壊れていたような気がする。

「……なんで、イヤリングと羽根飾りはこっちに来たんだろう」

 不思議な現実。
 ……ただ、女神様が持たせてくれたんだろうな、ってことは、わかるけど。
 最近、握りしめてると、時々それらが熱を持つことに気づいた。
 俺の体温が移っただけかと思ったけれど、袋の布越しでも温かいのがわかる。
 ……もしかしたら、クリスになにかあったのかな、とか。クリスも俺の事想ってくれてるのかな、とか。そんなふうに思う。
 でも、クリスは俺の事、死んだと思ってるはずで。
 ……無茶なこと、してなければいいけど。
 駄目な方に進もうとしたら、オットーさんやザイルさんが絶対止めてくれるはず。お兄さんも、ギルマスもいる。

「……手紙とか、届けてくれないかな……」

 アウラリーネ様は、あくまでも向こうの世界の女神様。
 ……じゃ、こっちの世界にはこっちの神様がいるんだろうか。
 宗教……は、色々あるけれど。そのどれかが、この世界の『神様』なんだろうか。

「難しいことはわかんないや」

 俺にとっての『神様』は、ばぁちゃんちの神棚に祀られていたはずの神様だけ。他の神様はわかんないし、よく知らない。
 ばぁちゃんが亡くなってから、あの家はどうしたんだろう。神棚……お水もご飯もきっと供えられてない。
 今度母さんに聞いてみよう。
 残ってるなら、退院したら行ってみよう。

 ……やりたいこと、増えた。
 やりたいことも、やれることも、少しずつ増やしていこう。
 時々涙が出るのは……許してほしい。
 夜眠るとき、寂しくて、寒くて、胸が苦しくなるのは……、慣れることはないかもしれない。

 十一月は、秋の三の月。
 緑だった景色は、どんな色に染まってるだろう。
 こっちと同じなのかな。
 冬月に入ったら、やっぱり雪は降るのかな。
 雪はどれくらい積もるんだろう。
 どれくらい寒いのかな。
 ……クリスと、過ごしたかったな。

「……戻れる、よね」

 あ……、駄目だ。
 弱音、吐く。

 ひたすら自分の身体を元に戻すことを考えてた日々。
 どうやったら戻れるのかとか、全くわからない。なんの糸口もない。
 俺にできるのは、祈ることと、願うことだけで。





 ――――戻れ、なかったら……?





 ぞわりと背筋に悪寒が走る。
 ベッドの上で体育座りみたいに座って膝に顔を埋める。
 春になっても、また、夏が巡ってきても。
 俺が、いくつ、歳を重ねても。
 向こうに帰る方法が見つからなかったら。

「……嫌だよ……、クリス……っ」

 帰りたい。
 早く帰りたい。
 あの人の腕の中に帰りたい。

 ツキンツキンと胸が痛くなる。
 深呼吸を繰り返して、その痛みが消えるのを待った。

 大丈夫。
 大丈夫。

「……絶対、帰る」

 言葉を口にして、自分に言い聞かせる。
 大丈夫。
 俺は、絶対にあの場所に帰るんだから――――。



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