364 / 560
第6章 家族からも溺愛されていました。
5 絶対、帰る
しおりを挟む十一月に入ってから。
俺は部屋の中は一人で歩けるようになった。
長い距離の移動はできないけど、トイレ付きの個室だから、十分だ。
点滴の量がかなり減った。
一日に何本もあった点滴が、今は一日に一本だけ。それも、ちょっと小さい袋の。
食事は全粥のまま。食べられる量は、ほんの少し増えた。
歩行リハビリは続いてる。
でも、この間、担当の先生が替わった。
看護師さんが教えてくれたところによると、前の先生は患者さんに対するセクハラ行為がバレて、どこかに飛ばされたんだそうだ。
「瑛君は何もなかった?」
「えー……、と」
言い淀んでしまったら、看護師さんはそれだけで察してくれたようで、痛ましげな表情をしていた。
「何かあったらちゃんと言わなきゃ駄目よ?セクハラの被害に合うのは、女の子ばかりじゃないんだからね?」
「……はい」
そうだよね。
クリスだって堂々とセクハラしてきたし。
ただ違うのは、俺が嫌かどうかってとこで。
「……何かあったら相談します」
「はい、そうしてください」
嫌なことは口に出さなきゃなぁ。
…それにしても、あの先生が担当を外れただけじゃなくて、どこかに飛ばされた(もしかしたら辞めさせられたのかな)ってことは、あまりにも俺に都合のいいことで、もしかして女神様が何かしてくれたんじゃないかと思ってしまう。あの手付き、すごい嫌だったし。
アウラリーネ様は向こうの女神様だから、関係ないことはわかっているけど。
今の先生は父さんより歳上な感じで、頼れる大人って感じ。変な触り方しないし、ベタベタしてこないし、さっぱりした感じがどこかギルマスに似てる。
うーん………まさか、『エイタロウさん』の親族とか言わないよね。流石に言わないよね。
もしそうだったら、世間狭すぎるし、説明ができない……。
ん。
他人の空似ってことで片付けよう。
日常のふとした瞬間、向こうと比べてる俺がいる。
クリスだったら。
クリスなら。
クリスがいてくれたら。
生活とか。
料理とか。
比較して、思い出して、寂しくなって、涙が出るけれど、少しずつでも立ち直ってきてる、精神的には落ち着いてきてると思うんだ。
もし、手元に繋がりが残っていなかったら、俺は少しも立ち直ることができなかったかもしれない。夜眠ることを拒絶していたと思う。幻の中のクリスを想って、心が壊れていたような気がする。
「……なんで、イヤリングと羽根飾りはこっちに来たんだろう」
不思議な現実。
……ただ、女神様が持たせてくれたんだろうな、ってことは、わかるけど。
最近、握りしめてると、時々それらが熱を持つことに気づいた。
俺の体温が移っただけかと思ったけれど、袋の布越しでも温かいのがわかる。
……もしかしたら、クリスになにかあったのかな、とか。クリスも俺の事想ってくれてるのかな、とか。そんなふうに思う。
でも、クリスは俺の事、死んだと思ってるはずで。
……無茶なこと、してなければいいけど。
駄目な方に進もうとしたら、オットーさんやザイルさんが絶対止めてくれるはず。お兄さんも、ギルマスもいる。
「……手紙とか、届けてくれないかな……」
アウラリーネ様は、あくまでも向こうの世界の女神様。
……じゃ、こっちの世界にはこっちの神様がいるんだろうか。
宗教……は、色々あるけれど。そのどれかが、この世界の『神様』なんだろうか。
「難しいことはわかんないや」
俺にとっての『神様』は、ばぁちゃんちの神棚に祀られていたはずの神様だけ。他の神様はわかんないし、よく知らない。
ばぁちゃんが亡くなってから、あの家はどうしたんだろう。神棚……お水もご飯もきっと供えられてない。
今度母さんに聞いてみよう。
残ってるなら、退院したら行ってみよう。
……やりたいこと、増えた。
やりたいことも、やれることも、少しずつ増やしていこう。
時々涙が出るのは……許してほしい。
夜眠るとき、寂しくて、寒くて、胸が苦しくなるのは……、慣れることはないかもしれない。
十一月は、秋の三の月。
緑だった景色は、どんな色に染まってるだろう。
こっちと同じなのかな。
冬月に入ったら、やっぱり雪は降るのかな。
雪はどれくらい積もるんだろう。
どれくらい寒いのかな。
……クリスと、過ごしたかったな。
「……戻れる、よね」
あ……、駄目だ。
弱音、吐く。
ひたすら自分の身体を元に戻すことを考えてた日々。
どうやったら戻れるのかとか、全くわからない。なんの糸口もない。
俺にできるのは、祈ることと、願うことだけで。
――――戻れ、なかったら……?
ぞわりと背筋に悪寒が走る。
ベッドの上で体育座りみたいに座って膝に顔を埋める。
春になっても、また、夏が巡ってきても。
俺が、いくつ、歳を重ねても。
向こうに帰る方法が見つからなかったら。
「……嫌だよ……、クリス……っ」
帰りたい。
早く帰りたい。
あの人の腕の中に帰りたい。
ツキンツキンと胸が痛くなる。
深呼吸を繰り返して、その痛みが消えるのを待った。
大丈夫。
大丈夫。
「……絶対、帰る」
言葉を口にして、自分に言い聞かせる。
大丈夫。
俺は、絶対にあの場所に帰るんだから――――。
129
お気に入りに追加
5,495
あなたにおすすめの小説
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる