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第6章 家族からも溺愛されていました。
4 それはセクハラですが
しおりを挟む十月の半ば頃から、食事が始まった。
いろんな検査とかが終わって、特に問題なしとなったらしい。
今までは小さな氷だけなら、少し口に入れることができた。
主な栄養と水分は点滴。
左手に点滴が繋がっているから、動かすのが怖くて、あまり動かしていない。
……左、か、って思って、少し笑った。
向こうでもこっちでも、動かせないのは左ばかりだ。まぁ、点滴が繋がってるからって、動かしちゃだめなわけじゃないんだけど。
んで、食事。
でてきたのは、重湯。
……ん。
食事……というか、なんだろ。おかゆの上の部分の水分?
スプーンを持つ手にはあまり力が入らなくて震えたけれど、それでも口まで運ぶことができた。
でも、美味しくない。
……ほぼ水分だし……。
仕方ない……。
「……コンソメスープ、美味しかったな」
寝たきり状態から回復してきて、はじめて口にした食事。
料理長が色々考えながら作ってくれてた。
「うう……比べちゃだめだ……」
看護師さんたちも心配するし…。ちゃんと食べなきゃ。
まだ自力で座ってもいられないから、ベッドをギャッジアップして体を支えてる。
すぐ、「クリスなら……」って思ってしまって、泣きそうになるから、深く考えないようにした。
一週間くらいかけて、少しずつランクアップしていく食事。
最初、重湯だけだった食事は、一週間後には『全粥』になった。
硬めのお粥。
おかずも、柔らかめだけど、形がしっかりある。
最初のおかずなんて、ミキサーでどろどろになった何かだったからなぁ……。流石に母さんも苦笑してた。
食事のランクアップに合わせて、点滴の量も減ってきた。
自由に水分を取れるようになったし。
ストレッチャー移動だったのが、車椅子に座っていられるようになって、部屋でのリハビリだったのが、リハビリ室に行ってのリハビリになった。
食事と一緒に、少しずつ体力も戻ってきたし、手も足も動かせるようになってきた。
箸を持っても震えることが少なくなって、落とすのも少なくなった。
たまに父さんがプリンとかゼリーとか買ってきてくれて、許可をもらって食べることができた。
うん。
ちょっとずつ、確実に、よくなってきてると思う。
ただ、食べる量はあまり増えない。
よくて七割。大体四割。
食べないと駄目ってわかっていても、どうしても食べられない。すぐお腹がいっぱいになってしまう。
こればかりは仕方ない。
動くようになったら、きっと、お腹がすくだろうし。
支えに掴まって立ち上がれるようになった。
だから、車椅子にも乗れるようになった。
リハビリは、関節を柔らかくするものから、本格的に歩行リハビリに移った。
懐かしいなぁ……なんて思いながら、二本並んだバーの間に立って、バーを掴みながら一歩を踏み出すように意識する。
「無理はしなくていいよ。目標は向こうの終わりまで行くことだけど、無理するといいことはないからね」
「はい」
リハビリの先生は二十代後半くらい?の、比較的若い先生だった。
病室でのリハビリもこの先生が担当してくれてた。
先生の手が腰に回ってきてちょっとビクッとする。
……他意はないんだから。
「瑛君、大丈夫?」
「あ……、はい」
「それじゃ、足を動かしてみて。手に力が入らなくても、ちゃんと僕が支えるからね」
「………はい」
…………近い。
正直、ちょっと苦手ではある。
リハビリのために触らなきゃならないのはよくわかってるんだけど。
治療に必要だから、って理解はしてても、心は拒否する。
俺に触れていいのはクリスだけで。
クリスにだけ、触れてほしい。
「――――うん、そう。ゆっくりね」
とにかく、俺自身をどうにかしないと何もできない。
一歩を踏み出すだけで息が荒くなった。
……すたすた歩けるようになるのかな、これ。
二歩目の足を着地させたところで、動けなくなった。
リハビリの先生が俺から手を離してすぐに車椅子を後ろにつけてくれる。
「今日はここまでかな。ほら、座って。足のマッサージするからね」
「……はい」
力が抜けてどさりと車椅子に沈む。
先生はすぐ車椅子を壁際の硬めのベッドのところにつける。
車椅子からそのベッドに移って、足のマッサージを受ける。
……きもち、わるいけど、がまん。
視界に入れないように目を瞑って、両腕で顔を隠して、とにかく他のことを考える。
足先からふくらはぎを通って、太腿に。
気持ち悪くて悪寒しかしなくて、息をついてやりすごした。
他のこと。他のこと考えよう。
右と左と耐えていたら、先生の『くすっ』て笑い声が聞こえてきた。
「感じちゃった?まぁ、若いからねぇ~。気にしない気にしない」
はぁ~~~!?
え、何言ってんの、この先生!?
これ、確実にセクハラですよね!?
感じるわけ無いでしょ!?
気持ち悪いだけなのに!!!
あんまりにも驚きすぎて、腕おろしちゃったよ。
そしたら、ニタリ笑いしてる先生と目が合って、ぞわわわ……ってまた悪寒が。
「……別に、そういうわけじゃ……」
「隠さなくてもいいよ。あんな悩ましい息こぼしてたんだから」
……あ、駄目だ。
この人、何言っても通じないタイプだ。
心を無にしよう。
セクハラ被害を訴える人が少ないのがよくわかる。
俺が、看護師さんとか母さんとか父さんに、「リハビリの先生にこんなこと言われて嫌だった」って訴えるのは簡単、だけど。嫌だなぁ、って。言いづらいというか恥ずかしいというか。
「はい、終わりね。じゃあまた明日」
「………はい。ありがとうございました」
笑顔でひらひら手を振る先生にペコリと頭を下げて、車椅子を操作する。
やだやだっ。
早くここから離れたいっ。
病棟に戻ってステーションに声をかけて、部屋に戻ってベッドに潜り込んで頭から布団を被った。
「クリス……っ」
病衣のポケットから袋を取り出して、両手でぎゅっと握りしめる。
「もー……やだっ、気持ち悪いっ。最っ悪っ!なんでクリスじゃないのさ…っ!なんでクリスここにいないの……っ」
理不尽な喚きだとわかってるけど、口に出さなきゃやってられなかった。
「クリス……っ」
喚いていたら涙が出てきた。
……泣き虫になった、俺。
弱くなったってこと、なのかな。
前の俺、こんなに泣かなかったのに。
「……クリスのせいだよ」
甘えることも、甘やかされることも知ってしまったから。
会いたい、クリス。
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