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閑話 ②
悲しみの向こうに ◆*****
しおりを挟む魔水晶と呼ばれるものを握りしめて生まれてきた、私の可愛い子。
艶々な茶色の髪で、誰に似たのか笑顔が可愛らしくて。
魔水晶を握りしめて生まれてきた子供は、国に報告しなければならないけれど、あまりいい噂は聞かなくて、報告はしなかった。
十歳のときに、夫が亡くなった。
流行病だった。
それから私の可愛い子は、なにか思いつめるような顔をするようになった。
十五歳になったとき、私の可愛い子が信じられないような額のお金を持ってきた。
まさか、何か犯罪を犯したのかと泣いたけれど、私の可愛い子は、笑いながら「魔法師として認められた。これはその支度金」と言った。
確かに生活に余裕があるとは言い難かったけれど。
私の可愛い子が、私のためにそんなことをしてくれたなんて。
明日には魔法師の研修施設に入ることになったからと、にこやかに笑う。
時々は帰ってこれるから、と。
穏やかに笑うから。
その日の夜はとても沢山料理をした。
私の可愛い子の好きなものばかり。
翌朝。
朝食を食べて、少しの荷物を持って、私の可愛い子は家を出た。
魔法の研修はとても楽しいようで。
三日と開けずに手紙が届いた。
でも、二ヶ月が過ぎた頃から、手紙の頻度が少なくなった。
忙しいのだろうと思っていた。
まだ成人前だけれど、軍属になったのだから、成人するまでに学ぶことも多いだろうし。
そう、思っていたのに。
王太子様の婚姻式が執り行われた頃から、手紙は届かなくなった。
どうしたのだろう。
何かあったのだろうか。
会いに行こうにも、国の施設に私のような平民が入れるはずもない。
手紙を書いても返事は来ない。
不安で、不安で。
そんな日々の中で、東町に魔物が押し寄せたと聞いた。
もしかしたら、その討伐に出ているかもしれない。
軍属の魔法師になるんだもの。
そういう場に出ることは当たり前のはず。
でも、難を逃れた知人から聞いた話では、軍属の魔法師は誰一人として姿を表さなかったようで。
不安の中で過ごし。
魔物襲撃から二日後。
我が家に訪問者が来た。
「魔法師団所属のルゥリさんのご家族ですか?」
「は……い。ルゥの母、です」
訪問者は二名。
騎士の方だった。
騎士の方々は硬い表情で頷いた。
「貴女のご子息について……お伝えしたいことがあります。一緒に来ていただけませんか?」
「はい……」
私の可愛い子に、何かあったのだろうか。
騎士の方々が、わざわざ出向いてくるほどの何かが?
外には馬車が待っていた。
それはとても立派な、王族の印が施された馬車。
近所の人たちも、物珍しげに馬車を見ていた。
その馬車に乗るよう促されたけれど、恐れ多くて断りの言葉を告げたら、どうしても乗って欲しいと懇願されて、仕方なく乗り込んだ。
恐らく王族の皆様方が使う馬車は、座り心地もよいし、それほど振動もない。
こんな馬車に載せられて、私は一体どこに連行されるのかと思えば、馬車が止まったのは神殿。
神殿なら、歩いてでも来れたのに。
騎士の方の先導で、神殿に入った。
神殿の中では、真っ白い法衣に身を包んだ年若い神官様が待っていて、騎士の方に代わって私を案内してくれた。
進む先はいつもの礼拝堂ではなくて。
とても静かな廊下を進む。
廊下の両壁には、女神様や天使様の絵が、何枚も飾られていた。
「こちらです」
女神様を象徴する花のレリーフが彫られた扉を開けて、若い神官様は私に部屋に入るよう促した。
部屋の中には、信じられない方々ばかりが集まっていて。
真っ白の法衣に銀と金の刺繍が施されているのは、神殿長様。
鮮やかな青の軍服を着こなしていらっしゃるのは、私などが会うことなど許されない王太子殿下。
濃紺の軍服を纏っているのは、第二王子殿下。
その顔ぶれに、私はひどく緊張してしまい、足を動かすことができなくなった。
「ルゥリ殿の母君ですね?」
「は、い」
恐れ多くも、声をかけてくださったのは、王太子殿下だった。
「こちらに」
王太子殿下は流れるように腕を動かし、部屋の中央に私を招く。
応えないのは不敬に当ると思い足を進め、部屋の中央にむかった。
部屋の中央には、ベッドのようなものが置かれていた。
そこに近づいて、その姿を見た私は、息を呑んで駆け寄っていた。
「ルゥ……!!!」
殿下方が囲んでいたベッドには、私の可愛い子が眠っていた。
唇の色はなく、肌は全く温度を感じさせないほど冷たく。
瞼が開くことも、睫毛が揺れることもない。
記憶にある私の可愛い子よりも、頬が少し痩せていて、肌色も白かった。
「ルゥ……?」
何度頬を撫でても目を覚まさない。
顔を覗き込んでいたら、真っ白な頬に涙のしずくが落ちた。
「どうして……なんで、ルゥが……」
「ルゥリ殿は――――」
王太子殿下は私に魔法師団でおきていたことを教えてくださった。
涙が止まらない。
どんなに苦しかっただろう。
どんなに悔しかっただろう。
「本当に――――謝罪をしてもご子息が戻ってくることはないと、わかっては、います。それでも、私達は、貴女に、謝罪することくらいしか、できません」
王太子殿下は一言一言を本当に辛そうに口にされた。
そして、王子様方は、深々と私に頭をさげる。
王族の方々が、平民に頭を下げるなんて。
これがどれほど恐れ多いことだったとしても、私にとっては家族が全て。
不敬罪に問われようと、許すことなど出来はしない。
私の可愛い子の命を奪ったのは、王族が認めその地位を与えていた者たちだから。
………結果的に、王族の方々が、私の可愛い子を見殺しにしたのだと。
胸の中は苦しい。
叫びたい。
私の可愛い子を返して。
母親思いの優しいこの子を返して。
「……私は、許すことはできません」
どれほど涙を流しても、この子が目覚めることはない。
悲しくて、悲しくて。
「それでも……お願いします。どうか……ルゥの死を無駄に……しないで」
そんな、月並みの事しか言えない。
でも、王子様方は、真剣に、とても真剣に、聞いてくださった。
ルゥの身体はとても綺麗に清められていた。
纏っているものも、貴族様が纏うような手触りの良いものだった。
位の高い神官様が、心からの祈りを捧げてくれた。
ルゥが眠る場所も、最初は神殿にとても近い、王都の中でも祈りの届きやすい清められた場所が用意されていたけれど、それは辞退させてもらった。
父親と、同じ場所で眠らせてあげたい。
せめて、家族の近くに。
家族を亡くした私の心は簡単に癒えるものではなかった。
けれど、時々訪ねてきてくださる、神殿で私を案内してくれた年若い神官様が、私と家族のために祈りを捧げてくれて、少しずつ、私も前を向いていけるようになった。
季節が移り、年が明け。
春の芽吹きから、夏の輝きに移る頃。
一人の少年が私のもとを訪れた。
艷やかな黒髪を風になびかせて。
形のいい口元が、にこりと微笑み。
ようやく、約束を果たせました――――と、言葉を紡いだ。
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