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閑話 ②

オットーさんとザイルさん①

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◆side:ザイル

 あの東町の魔物襲撃から、……アキラさんが亡くなってから一ヶ月が過ぎようとしている。
 殿下はすっかり以前のような、……以前よりも更に表情が険しくなり、笑わなくなった。
 ここ最近は何処か死に急いでいるようにも見えた。
 けれど、私達ではどうすることもできない。
 殿下の心に開いた穴を埋めることができる存在は、多分、この世界には存在しない。
 私達にできることは、西の店主の言葉通り、殿下を一人にしないことだけ。もう、それしかないんだ。
 魔物の大群の中に、一人で突っ切っていく姿は見ていられない。
 なまじ強すぎるがゆえに、周囲の魔物の死骸を見渡し、打ちひしがれたように天を仰ぎ見る。


 ――――また死ねなかった。


 そう、言っているように見えて。

 ……辛い。
 殿下の力になれない自分たちの弱さが。
 心に傷を負い続ける殿下の姿が。
 アキラさんという太陽みたいな人を失くした事実が。




 城に戻ったとき、殿下へ伝達が来た。
 とうとう王太子殿下が業を煮やし、強制的に殿下を休ませることになったらしい。
 動かない表情のままそれを拒絶していた殿下だったが、メリダ殿が涙を流したのを見て諦めたらしい。
 王太子殿下から、私達団員も休息を取るようにと命が下された。

 突然の休日。
 それに浮足立つ団員はいない。
 皆、一様に表情が硬い。もちろん、私もだと思う。

 片付けも終わり、明日の休日をどうするか考えていたら、オットーに肩を叩かれた。

「飲みに行かないか?」

 あっさりと言われたそれに、すぐには返答ができなかった。
 珍しい。

「ああ、うん。行こうか」

 たまにはいいだろう。
 きっと、オットーも話したいことが溜まっているんだろうから。






 ダン!と空になったグラスをテーブルに打ち付ける。

「だぁかーらぁー、誰もアキラさんの代わりになんてなれないんだってっ」

 オットーの顔なじみという酒場に連れてこられた。
 料理は美味かった。
 酒もいい。

「……ザイル……飲みすぎ」

 苦笑するオットーはどこか余裕で、何故か無性に腹が立ってきた。

「だって、あんなに愛し合ってたのに……っ、……俺がっ、あいつから目を離したから………っ」
「だから、それはお前のせいじゃないって言ってるだろ。むしろ、俺だって、全員に注意しておけって言われてたのを、できなかったんだから」

 殿下から言われてた。俺たちだけに。
 団員の中に、情報を漏らしてるやつがいる、って。……裏切ってるやつがいるかもしれない、って。
 なのに。
 肝心なときに、何もできなくて。

「俺……近くにいたんだよ。でも、いなくなったのに気付けなかった」

 妙に悲しくなった。
 テーブルに額をつけたら、涙が止まらなくなる。

「俺……、俺が、もっと、しっかりしてたら」
「……ザイルの一人称が『俺』とか……。どんだけ飲んだ?お前……」
「その余裕な顔が腹立つ」
「余裕なんてないんだが」
「……オットー」
「なに?」
「アキラさんのこと好きだった?」
「は?」
「俺は好きだった……。だってさ、ころころ表情変えて、可愛くて、弟みたいで……」
「あー……、そっちの『好き』ね」

 そっちって、どっち。
 俺、三男坊で弟いなかったけど。
 でも、アキラさんはほんとに弟みたいで。
 大事にしたかったし、見守って行きたかった。

「……死んじゃうなんて……」

 なんで、アキラさんが死ななきゃならなかったんだろう。
 なんで、守れなかったんだろう。

「駄目だな。――――悪い、上使う」
「おー」

 ぐすぐすしてたら、オットーの大きな手に頭を撫でられた。
 オットーがなにか店主と話してて。
 ぼーっとしてたら、肩に担がれた。

「うえ?」
「そ。上。宿になってるから。酒入れて少し話そうと思ったのに、そんなんじゃ兵舎にも戻れないだろ」
「おっとーと?」
「なんかお前一人にするとまずい気がするから。俺も泊まる」
「でもこれきもちわるい」
「ちょっと我慢な」
「……」

 吐きそうなんだけど。











◆side:オットー

 アキラさんの件で、ザイルがかなり気に病んでるように見えた。
 当然、俺だって悲しいし辛い。
 でも何故だろうか。
 アキラさんが『死んだ』実感がない。
 遺体もなく、鎮魂の祈りもされていないからだろうか。
 なんだか、そのうち、「ただいま」と笑って現れそうな気さえする。……俺の願望だとわかっているが。

 だから、思ってることを吐き出させてやろうと、ザイルを呑みに誘った。
 それなりに付き合いも長いし、何より頼れる相手で信頼してる相手でもある。
 友人…と言うには、その言葉では足りない気がし、だとしたら何と表現するのかと言えば、相棒…や、家族がしっくりくる。

 馴染みの店で夕食も食べ、酒を飲み始めてから、ザイルの様子が変わった。
 普段は貴族だなと思わせる言葉を使うのに、自分のことを『俺』と言う。
 ぐだぐだと管を巻き、そうかと思えば泣き始める。
 かわいいじゃないか。
 普段から平民の俺に対してもなんの抵抗もなく接してくるザイル。酒の入りすぎたザイルは、更に貴族らしくない。

「アキラさんのこと好きだった?」

 そんなとき、いきなりそう聞かれて答えに詰まった。

「俺は好きだった……」

 寂しそうな目でそんなことを言われたら、どう言葉をかけたらいいかわからなくなる。
 俺は確かにアキラさんを気に入っていた。裏表のないあの笑顔を守りたいと思っていた。けどそれは、殿下と同じ思いではないはずだ。
 そもそも、殿下の婚約者に懸想するなど、あってはならないことだ。
 そう、言葉にしようと口を開いたが、

「だってさ、ころころ表情変えて、可愛くて、弟みたいで……」

 というザイルのつぶやきに、一気に肩から力が抜けた。
 人騒がせな。

 テーブルに突っ伏したザイルは、はらはらと涙を流しながら、小声で謝るばかり。
 このまま連れて帰るのも難しいと感じ、上の宿を一部屋取った。
 どうせ歩けないだろう。
 くったりとしたザイルを肩に担ぎ上げ、部屋に向かう。

「おっとー」
「なんだ」

 階段途中。
 弱々しく呼ばれて答えて。

「はく……」
「!?」

 慌てて肩からおろせば、酷く顔色が悪い。
 あれか、腹部圧迫しすぎた上に、変に揺らしたからか…!

「ちょ……部屋まで待て、待てよ!?」
「う……」

 両手で口元を抑えるザイルを横抱きに抱き上げて、借りた部屋に急いだ。
 これくらいのこと、常日頃の鍛錬でなんともなかったが、なんせ今は酒が入ってる。
 ザイルのように酔わずとも、俺もそれなりに飲んでいたのだが。





「水は?」
「のむ……」
「ほら」

 なんとか部屋のトイレまではもった。
 すっきりするまで吐かせて、ぐしゃぐしゃになった顔をタオルで拭いた。
 吐いたことで少し意識もはっきりしたのか、風呂場に一人でいかせてもなんとかなった。
 その後も普通に受け答えしてたから、油断した。
 俺も軽く体を流して風呂から上がったあと、ベッドに腰掛けてぼーっとするザイルに話しかけた。
 水の入ったグラスを渡そうとしたが、受け取ろうとしたザイルの手に力は入っていないようで、グラスはそのまま下に落ちた。
 幸い、厚めの敷物の上に落ち、割れはしなかったが。

「持てないか?」
「おっとー」
「ん?」
「みず」
「のみたいだろ?」
「のませて」

 舌っ足らずな言い方に、全然酒が抜けてないのに気づいた。
 質が悪いことに、目元は赤くうるみ、唇は半開き。どう見ても男を誘う表情だ。

「のみたい」

 唇を舐めてそんなことを言うな。
 一体何なんだ。
 普段、そんなこととは無縁のような顔をしてるのに。
 深酒でここまで豹変するのか?

「おっとー……のませて」

 媚びた声。
 動揺する俺も俺。
 だから、俺もそれなりに酔ってるんだよっ。

「誘ったのは、お前だからな」

 言い聞かせるように吐き捨てて。
 冷たい水を口に含み、そのままザイルに口付け、水を飲ませた。
 喉がなるのを聞いて、口付けを深くし、ザイルをベッドに組み敷いた――――。








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