342 / 560
閑話 ②
罪 ◆ミルド
しおりを挟む*ちょっと痛い表現多用してます
静かに、目を開いた。
今までくすぶっていた頭の中の靄は消え去り、はっきりと自分を意識する。
匂いと、天井と、部屋の構造で、ここが医療室だということを理解し、それから――――
「っ」
涙が溢れ出す。
糸が焼ききれてから、飛んでいた記憶が蘇った。
最初は、些細な動向だった。
今日、何をしていたか。どこにいたのか。
それは徐々に頻度を増し、計画通りに西への遠征が決まったと伝え、王城内で茶会が開かれると伝え。それらは全ていいように利用され。
私は、何も知らぬ顔で彼の護衛に付いていた。本当に、何も覚えていなかった。
憎悪が膨れ上がっていた。
私の殿下を変えた存在が憎たらしくて。――――羨ましくて。
自分が立ちたかった場所に、堂々と立ち続ける少年が妬ましく。
細い首を絞めた。
まだ、手のひらにはその感触が残る。
なのに、彼は、私を助けた。
息も絶え絶えに、喉は痛めただろうに。
重ねた額から流れ込んできたのは、穏やかで優しさに溢れた魔力だった。
その身を売った私に、命を取ろうとした私に、少年は「大丈夫」と言って笑って。
私の目の前で、あの男に連れ去られた。
「――――っ」
衝動的に、剣を手にした。
自分は生きていてはいけない。
あの少年の視界に入ることがあってはならないのだ。
自分がここにいるということは、少年は殿下がお助けになったのだろう。それなら、尚更。
短くはない愛剣を逆手に持ち直し、己の腹に向ける。
躊躇いはない。
それを腹に突き立てたと同時に、医療室の扉が開いた。
「ミ――――はぁ!?」
視界に、流れる血が見える。
入ってきたのは医療師の男と――――
「なんてこと……!!」
薄い桃色の銀髪が揺れた。
この少年は、神官の――――
そこまで思い、意識が途切れた。
そしてまた目覚める。
自分が死に損なったことは理解した。
愛剣はどこかにしまわれたらしい。見える範囲には置かれていなかった。
血まみれだったはずの私は、綺麗な病衣に替えられていた。
あれからどれほどの時が経ったのだろう。
時間の感覚がない。
テーブルの上に水差しが置かれている。
グラスも、何かの薬も。
何かを考えるよりも先に、水差しを叩き割っていた。
破片は鋭い刃物の代わりになる。
「ミルドさん、いま音が――――って、また!?」
自らの首筋にそれを当てがい、思い切り引いた。
鋭く熱い痛みの直後、視界が赤く染まる。
――――これで、いい。これで。
ふつりと、意識が途絶えた。
三度目の覚醒。
あれだけやって、二度も死に損なったというのか。
「…?」
「すみませんね……。流石に患者をこれ以上危険に晒せないんで、拘束させてもらいましたよ」
医療師の男は枕元にいた。
私の両手はベッドに拘束されていた。
「命は粗末にするもんじゃないですよ。殿下もお怒りです」
それは、そうだろう。
私の存在が、殿下の最愛を脅かしたのだから。
顔向けできない。
私は、生きていては駄目なのだ。
「ミル………え、ちょ……!?」
ごりっと鈍い音がして舌が千切れた。
三度目の自害。
もう、これでいい。終わりにしてくれ。
四度目の覚醒。
溜息をついたとき、視界の中に思わぬ人物を捉え、目を見開いた。
「ミルド」
殿、下。
何故、どうして。
声を出そうにも、猿轡を噛まされているのか、声は出ない。
「お前が自害を繰り返してると報告を受けた。何故、死のうとする」
殿下の瞳は今まで見たことがないほどに淀んでいた。
背筋に悪寒が走るほど。
「アキが、己の命と引き換えにしてまで助けた命だ」
何かの聞き間違いかと思った。
――――命と、引き換えに……?
「アキが助けた命を、お前は無駄にするというのか」
そんな。
そんな、はずは。
「アキが魔力暴走を起こしたとき、瓦礫からお前を守るように魔力の膜を張ったのだろう。そうでなければ、お前は瓦礫の下敷きになっていた」
ドクドクと、心臓が鳴る。
「アキが、お前を助けることができたと、俺に言ったんだ。お前は悪くないからと」
悪くない、などと。
彼の首にはくっきりとついていたはずだ。私が締め上げた跡が。
あれは私の本性だ。
嫉妬に支配された、醜い本性だ。
「お前がレイランドの操り糸にかかっていたことは把握している。アキを手に掛けようとしたことも知っている。……それでも、アキが許した。……ならば、俺もそれを咎めることはしない」
涙が……落ちていく。
「命を無駄にするな。お前は俺が見つけた。俺がここに連れてきた。俺の団には、お前が必要だ」
――――ああ、なんてこと。
私はまだ必要とされていた。
あれほどの罪を犯したというのに。
私の居場所が、まだあった。
殿下は部屋を出た。
傍に居たらしい医療師の男は、私の様子を見て息を付き、拘束を外していった。
「もう大丈夫ですね」
「………わたし、は」
「心が疲弊していると身体にも影響します。まずはゆっくり休みましょう。ここを出ることができたら、神殿に行くといいですよ。瀕死の貴方に癒やしをかけ続けた神官殿にお礼を伝えてくださいね」
起き上がり、両の手のひらを見つめた。
残っていたあの感触は薄れてはいない。
けれど、額に残されたぬくもりも、まだそこにあり。
「………っ」
顔を手で覆い、声を出すことなく泣き続けた。
背中を擦る医療師の男の手のぬくもりもまた、私に許しを与えているように思えた。
冬月に入る直前に、私は団に戻ることができた。
強く非難されるだろうと覚悟はしていた。
……なのに。
「おかえり」
皆、私を優しく抱きしめるばかりで、責める言葉はかけられなかった。
「……っ、ただ、いま……っ、もどり、ました……っっ」
涙は、いつまでも、止まらなかった。
125
お気に入りに追加
5,496
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!
棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる