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閑話 ②

罪 ◆ミルド

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*ちょっと痛い表現多用してます







 静かに、目を開いた。
 今までくすぶっていた頭の中の靄は消え去り、はっきりと自分を意識する。
 匂いと、天井と、部屋の構造で、ここが医療室だということを理解し、それから――――

「っ」

 涙が溢れ出す。

 糸が焼ききれてから、飛んでいた記憶が蘇った。

 最初は、些細な動向だった。
 今日、何をしていたか。どこにいたのか。
 それは徐々に頻度を増し、西への遠征が決まったと伝え、王城内で茶会が開かれると伝え。それらは全ていいように利用され。
 私は、何も知らぬ顔で彼の護衛に付いていた。本当に、何も覚えていなかった。

 憎悪が膨れ上がっていた。
 私の殿下を変えた存在が憎たらしくて。――――羨ましくて。
 自分が立ちたかった場所に、堂々と立ち続ける少年が妬ましく。

 細い首を絞めた。
 まだ、手のひらにはその感触が残る。
 なのに、彼は、私を助けた。
 息も絶え絶えに、喉は痛めただろうに。
 重ねた額から流れ込んできたのは、穏やかで優しさに溢れた魔力だった。
 その身を売った私に、命を取ろうとした私に、少年は「大丈夫」と言って笑って。
 私の目の前で、あの男に連れ去られた。

「――――っ」

 衝動的に、剣を手にした。
 自分は生きていてはいけない。
 あの少年の視界に入ることがあってはならないのだ。
 自分がここにいるということは、少年は殿下がお助けになったのだろう。それなら、尚更。
 短くはない愛剣を逆手に持ち直し、己の腹に向ける。
 躊躇いはない。
 それを腹に突き立てたと同時に、医療室の扉が開いた。

「ミ――――はぁ!?」

 視界に、流れる血が見える。
 入ってきたのは医療師の男と――――

「なんてこと……!!」

 薄い桃色の銀髪が揺れた。
 この少年は、神官の――――

 そこまで思い、意識が途切れた。





 そしてまた目覚める。
 自分が死に損なったことは理解した。
 愛剣はどこかにしまわれたらしい。見える範囲には置かれていなかった。
 血まみれだったはずの私は、綺麗な病衣に替えられていた。
 あれからどれほどの時が経ったのだろう。
 時間の感覚がない。
 テーブルの上に水差しが置かれている。
 グラスも、何かの薬も。
 何かを考えるよりも先に、水差しを叩き割っていた。
 破片は鋭い刃物の代わりになる。

「ミルドさん、いま音が――――って、また!?」

 自らの首筋にそれを当てがい、思い切り引いた。
 鋭く熱い痛みの直後、視界が赤く染まる。
 ――――これで、いい。これで。
 ふつりと、意識が途絶えた。






 三度目の覚醒。
 あれだけやって、二度も死に損なったというのか。

「…?」
「すみませんね……。流石に患者をこれ以上危険に晒せないんで、拘束させてもらいましたよ」

 医療師の男は枕元にいた。
 私の両手はベッドに拘束されていた。

「命は粗末にするもんじゃないですよ。殿下もお怒りです」

 それは、そうだろう。
 私の存在が、殿下の最愛を脅かしたのだから。
 顔向けできない。
 私は、生きていては駄目なのだ。

「ミル………え、ちょ……!?」

 ごりっと鈍い音がして舌が千切れた。
 三度目の自害。
 もう、これでいい。終わりにしてくれ。






 四度目の覚醒。
 溜息をついたとき、視界の中に思わぬ人物を捉え、目を見開いた。

「ミルド」

 殿、下。
 何故、どうして。

 声を出そうにも、猿轡を噛まされているのか、声は出ない。

「お前が自害を繰り返してると報告を受けた。何故、死のうとする」

 殿下の瞳は今まで見たことがないほどに淀んでいた。
 背筋に悪寒が走るほど。

「アキが、己の命と引き換えにしてまで助けた命だ」

 何かの聞き間違いかと思った。

 ――――命と、引き換えに……?

「アキが助けた命を、お前は無駄にするというのか」

 そんな。
 そんな、はずは。

「アキが魔力暴走を起こしたとき、瓦礫からお前を守るように魔力の膜を張ったのだろう。そうでなければ、お前は瓦礫の下敷きになっていた」

 ドクドクと、心臓が鳴る。

「アキが、お前を助けることができたと、俺に言ったんだ。お前は悪くないからと」

 悪くない、などと。
 彼の首にはくっきりとついていたはずだ。私が締め上げた跡が。
 あれは私の本性だ。
 嫉妬に支配された、醜い本性だ。

「お前がレイランドの操り糸にかかっていたことは把握している。アキを手に掛けようとしたことも知っている。……それでも、アキが許した。……ならば、俺もそれを咎めることはしない」

 涙が……落ちていく。

「命を無駄にするな。お前は俺が見つけた。俺がここに連れてきた。俺の団には、お前が必要だ」

 ――――ああ、なんてこと。
 私はまだ必要とされていた。
 あれほどの罪を犯したというのに。
 私の居場所が、まだあった。

 殿下は部屋を出た。
 傍に居たらしい医療師の男は、私の様子を見て息を付き、拘束を外していった。

「もう大丈夫ですね」
「………わたし、は」
「心が疲弊していると身体にも影響します。まずはゆっくり休みましょう。ここを出ることができたら、神殿に行くといいですよ。瀕死の貴方に癒やしをかけ続けた神官殿にお礼を伝えてくださいね」

 起き上がり、両の手のひらを見つめた。
 残っていたあの感触は薄れてはいない。
 けれど、額に残されたぬくもりも、まだそこにあり。

「………っ」

 顔を手で覆い、声を出すことなく泣き続けた。
 背中を擦る医療師の男の手のぬくもりもまた、私に許しを与えているように思えた。




 冬月に入る直前に、私は団に戻ることができた。
 強く非難されるだろうと覚悟はしていた。
 ……なのに。

「おかえり」

 皆、私を優しく抱きしめるばかりで、責める言葉はかけられなかった。

「……っ、ただ、いま……っ、もどり、ました……っっ」

 涙は、いつまでも、止まらなかった。




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