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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。

100 いつまでも ◆クリストフ

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 倒れ込むようにベッドに横になる。
 着替えさえ億劫なほど、身体は疲れ切っている。
 これで、いい。
 これで、今夜も、眠りが訪れる。

『クリス!』

 俺に笑顔を向けるアキに、唯一会える眠りに。





*****

 結果から言えば、ブルーノ・レイランドは狂人となり、その罪の重さから処刑された。その権力に縋り付き、周りを蹴落とすだけで魔法師長の地位を維持してきた男は、魔法師としての功績を、何一つ残していなかった。

 自分だけが得た力がどれほど至高なものなのかを恍惚と語り、今回の東町の魔物襲撃についても、べらべらと自ら話した。
 魔物寄せを女に持たせ、自身に火を放たせたと。
 誰が、何人が犠牲になろうと構わなかったと。アキを手に入れるために些細なことだと。……自分がここまでするのは、全てアキの存在が自分を惑わせたからだと。全ての元凶はアキなのだ、と。
 それを聞き、冷静さを欠き、その場でレイランドを斬り捨てようとした俺を止めたのは兄上だった。

 魔法師棟からは、少年の遺体の他、何人もの犠牲者の遺体が見つかった。
 床下や、庭の土の下。
 アキの最後の暴走魔法により、それらすべてが明るみになった。
 兄上が把握していた犠牲者よりも、遥かに多く、絶句した。

 レイランド家は子爵だが、レイランドによる甘い蜜を吸い続けたらしい。レイランド家自体も奴隷売買に関与しており、一族全てが処罰の対象となった。
 その過程で前宰相ゲラルト・デリウスの関与も明らかとなり、処罰を受けた。宰相であったにも関わらず、国民を危険に晒し続け、レイランドの悪事を知りながらそれに加担してきたのだ。情状の余地はない。
 レイランドから、性奴隷として平民出自の魔法師を買い取っていた貴族たちも然り。

 これで、魔法師に関する膿を、出し切った……はずだ。




 ミルドは医療室で目覚めた直後から、何度も自害しようと繰り返している。
 アキが助けた命だ。
 俺も、ミルドを処罰するつもりはない。
 そのことを伝えれば、ミルドは肩を揺らして泣いた。
 医療師によれば、まだ暫くは療養が必要だということだった。




 メリダは倒れていたが意識がないだけで、外傷はなかった。
 ミルドと同じく医療室で目覚めたメリダに、アキのことを伝えると、声もなく泣き崩れた。




 あの惨状の中、この二人に怪我がなかったのは、アキが防護膜を張っていたからだ。
 自分の意志で暴走を引き起こしながら、最後まで二人を守っていた。




 レヴィとオットーは、アキが息を引き取る直前に、途中で倒れていたメリダを抱えた状態で追いついたらしい。
 俺の腕の中でアキの身体が光となり霧散する様も見ていた。
 悲しみよりも先に絶句したらしい。そんなことが起こり得るのか、と。




 俺は、最愛のアキを、弔うことすら許されなかった。
 俺のもとに残されたのは、俺が最初に贈ったブレスレットだけ。アキが気に入り、いつも身につけていたもの。
 形見のように残されたそれを、小さな革袋に仕舞い、首から下げるようにした。




 魔法師棟の崩壊の原因と共に、アキが亡くなったことを、陛下と兄上たちに告げた。
 皆、一様に言葉を無くした。
 義姉上はその場で意識を失い運ばれて行った。




 アキを亡くした日の夜。
 目元が腫れたままのメリダと料理長が、アキが作った菓子を部屋に持ってきた。
 俺のために、幸せそうに、何度も失敗しながらも作り上げたのだと、聞かされた。
 一口食べると優しい味がした。
 ほんのりとした酒の香りに、甘過ぎないクリーム。アキが、俺を思って作ってくれたもの。
 二口目を口に入れたところで涙が止まらなくなった。
 天を仰ぎ見て呼吸を整えようとしてもうまくいかない。
 本当なら、目の前で、アキも一緒に食べていたはずのもの。
 美味しいと告げて、嬉しそうにはにかむアキに口付けて。
 一切れ分を食べ終えてから、残りは保存しておくように伝える。
 一日に一切れだけ出してもらうように。
 十日くらいは、持つだろうか。




 メリダには城を辞してもいいと伝えた。
 アキがいなくなったから。世話してもらいたい相手がいない。
 けれどメリダは残ると言った。
 今の俺を一人にはさせたくないと。
 兄上にも言われた。一人になるなと。
 レヴィもオットーに、俺を一人にするなと言っていた。
 ……皆が心配していることはわかっている。
 俺は、アキと共に逝くことを決めていたんだから。
 なのに、アキから「生きろ」と言われた。
 アキに死ぬことを許されなかった俺は、一人になったとしても、自害などできないのに。




 毎晩、七の鐘が鳴った後頃に、女神に祈りに行く。
 祈ることはアキのことばかり。
 何故救えなかったのか。
 何故一人にしてしまったのか。
 何故死ななければならなかったのか。
 何故遺体は残ることなく消えたのか。
 どんなに祈っても思っても、答えは出ない。
 
 そして部屋に戻り、俺は眠りの中に安らぎを求める。

 そんな、毎日を過ごしていた。






*****

 アキを亡くした悲しみと喪失感は、俺を蝕み続けた。
 周囲の、休めという言葉など聞きたくもなく、ひたすら駆けずり回った。
 自害しなくとも、人は死ぬときには死ぬものだ。
 その原因が、病気でも事故でも魔物被害でも。
 アキが自害を許さはいというのであれば、常に危険な場所に身を置けばいい。
 誰かのために命を散らせるのなら、全力で生きた結果として心臓が止まったのなら、きっと、アキは受け入れてくれる。
 俺を蹴り出したりはしないはずだ。

 そんな風に思いながら過ごした秋月。
 冬月に入り、雪が舞い落ちる空を眺めたときだ。
 左耳が熱くなり、それを認識した。

 瓦礫の中を探しても見つからなかったものがある。
 欠片すらも見つからない、耳飾り。
 そして気づく。
 時折、左耳が熱くなっていた。
 外せないままいる、俺とアキの耳飾り。
 冬月に入る前も、時折、熱を持っていた。

 アキの魂はどこに行っただろう。
 レヴィは欠落しているといった。魂がすり減っている、と。
 魂が消えてしまったから、身体も消えたのか。
 アキの存在そのものが、世界から消え失せたのか。

 左耳の――――耳飾りの熱に気づいてから、夢の中のアキの様子が変わった。
 時折酷く悲しそうに表情を曇らせている。
 見慣れない場所にいることもある。
 夢の中なのに、アキに触れることができない。俺は見ていることしかできない。
 アキ。
 アキ、早く、抱きしめてやりたい。
 早く、俺の元に戻ってこい。
 俺は夢の中で、ずっとそう叫び続けていた。




 そして、朝から雪が舞っていたその日。
 朝、目覚めてから、テーブルの上に見慣れないものを見つける。
 手触りのいい上質な紙を束ねたもの。
 本より薄く、軽いもの。
 なんの警戒もなく、俺はそれを手に取った。
 表紙には、見慣れない文字。
 それを開いて――――俺の時が止まる。




『あいしてる、くりす』
『だいすき』
『あいたい』
『くりす』
『くりす』




「……アキっ」

 たどたどしい文字で書かれた言葉。
 その薄い本に書き込まれた、俺への思い。
 間違いなく、これはアキの字で。
 手触りの違う紙。
 見たこともない文字。

 まさか、と、胸の中が熱くなる。
 左耳に触れれば、そこはしっかりと熱を持っていた。

 ………だから、俺は、確信した。

「アキ……早く戻って来い……っ」

 いつまでも、待ち続けるから。
















*****

 目を、開く。
 ぼんやりとした、白い景色。

 どこだろう。
 部屋の、中?

 死後の世界だろうか。
 自分は死んだはずなのに。

「…………す?」

 傍にいて欲しい人の名前を呼ぼうとして。

 掠れた声しか、出なかった。








【第5章 完】




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