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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
93 迎え
しおりを挟むメリダさんが紅茶を淹れてくれた。
俺が落ち着くように、甘い香りがするものを。
それから、教えてくれた。
あの鐘の音は、王都に魔物が攻め入ったときに鳴らされるものだと。
魔物には人が多く住む場所を襲う習性があるらしく、年に一度もしくは二度、襲われるらしい。
門を強固にするなど対策は行っているが、毎回犠牲者が出ていること、正視できないほどの惨状になることを教えてもらった。
「坊っちゃんはどうしてもアキラさんには見せたくなかったのだと思いますよ。だから、あれほどまでに強く、同行されることを拒否したのでしょう」
「うん……」
落ち着けば、わかるけど。
……でも、やっぱり、傍にいたくて。
「毎回、亡くなる方も少なくありません。私も直接は見たことがありませんが、魔物に引き裂かれた無惨な亡骸もあると聞きました」
「……っ」
「人の死から目をそらす必要はないと思いますが、アキラさんはまだ成人迎えていないのですから、今はまだ知るべきものではありません」
「クリスは……、怪我、とか…っ」
「無傷とは言えませんが、大怪我をされた話は今まで聞いたことがありませんよ」
俺はきっと冷たい人間なんだ。
魔物に襲われて亡くなる人がいると聞いても、クリスが怪我をしないかどうかが一番気になる。
変なフラグを立てていったから、余計気になるのかな。
そりゃ、クリスに「フラグがぁ!」とか言っても通じないことはよくわかってるんだけど。
でも落ち着かない。
「この戦いが終わったら――――」は、使い古されてるかもしれないけど、でも、一番わかりやすいフラグで。
違うと信じたい。
だって、あのクリスだよ。
周りにはオットーさんもザイルさんもいる。クリス隊の他のメンバーだって、凄く強い。
西町にはギルマスもいて、ラルフィン君たちもそろそろ戻ってくる頃で。滞在してるなら、エアハルトさんだって。
クリス一人で戦うわけじゃないから。
大丈夫、大丈夫。
淹れてくれた紅茶を手に取るけれど、カタカタ震えて口元まで運べない。
「アキラさん……」
メリダさんが抱きしめてくれる。
でも、震えが収まらない。
王都での喧騒は、城まで届かない。
今、戦っているであろう音も、聞こえない。
……むしろ、城の中の音すら、聞こえなくて。
「メリダさん」
「はい」
「こういうとき……、みんなは、どうしてるんですか」
俺のように震えて待つなんてことはしないはずだ。
わからないから。
せめて、何か、出来たら。
前線にはクリスたちだけでなくて、お兄さんも出てるだろう、って。
神殿では、神官さんたちが怪我人の手当や薬の手配とかをしてるらしい。
お城の厨房では炊き出しの準備。
陛下は情報の取りまとめ。
ティーナさんはリネンなどの手配。
……みんな、それぞれの役割があって、家族や仲間たちの心配しながら、すべきことをしてる。
……震えて、何もしないで、泣いてるのは俺だけで。
「メリダさん、クリスたち、どこに向かったかわかりますか…?」
「少しお待ち下さいね」
メリダさんは俺から手を離して、じっと見てから、頷いて、ドアの方に向かっていった。
多分、扉近くに配属されてるらしい護衛してくれてるお城の兵士さんに聞いているのかな。
……俺、クリス隊のみんな以外の兵士さんって、ほとんど面識ないや。
「アキラさん、東だそうですよ」
「ありがとうございます!」
東。東か。
朝日が登ってくる方に向いて、床に膝をついた。
何もできないから。
何をしたらいいかさえもわからなくて。
だから、せめて、祈りたい。
神頼み、ならない、女神様頼み。
どうか、どうか。
クリスを守ってください。
みんなの無事も祈りたいけど、俺にはやっぱりクリスのことしか考えられないから。
お願いだから。
無事に戻って。
ひたすらクリスのことを考えて。
どれくらい時間が経ったかもわからないほど。
ふと、顔を上げたとき、ドアをノックする音が響いた。
「クリス…じゃないよね」
「私が出ますね」
クリスならノックはしないし。
俺が立ち上がったのを見てから、メリダさんは扉近くに歩み寄った。
「はい」
「殿下からアキラ様に言付けがあります。開けていただけませんか?」
声は、聞き覚えがあった。クリス隊の人。
クリスから。何だろう。
メリダさんが扉を開けてくれる。
そこに立っていたのは、今まさに前線から向かってきたと言わんばかりに、制服のあちこちが裂け、ボロボロな姿になったミルドさんだった。
「ミルドさん…!怪我は……!?」
「かすり傷ばかりです。討伐は完了いたしました。アキラ様。それで、殿下がどうしてもアキラ様に来てほしいと」
「クリスが…?……まさか、クリスが怪我とか……っ」
「問題ありません。私の殿下はそんなやわな方ではありませんから」
そっか。
よかった。
肩から力が抜けていく。
「良かったですね、アキラさん!」
「はい!」
よかった。クリスは無事なんだ。
「それより、早くいらしてください。時間がない」
「え、あ、はい」
「私も参りますから」
「……ええ」
頷いて、俺たちを見てから、背を向けるミルドさん。
何だろう。
いつもと違うふうに感じるのは、討伐のあとで疲れているからだろうか。
クリスのことで頭が一杯で、俺はそれ以上考えられなかった。
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