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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。

92 狼煙 ◆*****

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 その鐘の音は、王都中に響き渡った。

「東だ!!早く兵を集めろ!!」

 怒号が飛び交う。
 混乱した人々は我先にと安全であるはずの西側になだれ込んでいく。






 東門付近は、既に戦場と化していた。
 泣き叫ぶ住人たち。
 魔獣の唸り声。
 崩れ落ちた建物。
 事切れた魔物の死骸。
 犠牲になった住民の亡骸。
 門を守っていた兵士たちは剣を振るい、自分たちの役割を果たす。
 防いでも防ぎきれない。
 兵士の血で染まった爪を振り下ろし、次の獲物を捉える魔物たち。
 周囲には血の匂いが立ち込める。

 門のすぐ手前の広場。
 そこに、黒く焼けた痕があった。
 中央には人であったと思われる亡骸。
 既に性別の判断すらつかないほど焼け落ちた遺体だ。






 魔物の襲撃の直前、この広場で一人の女性が焼身自殺をした。
 周囲がとめるのも聞かず、全身をランタン用の油で濡らしたその女は、愛おしそうに手首につけたブレスレットの黒い石を擦り、歌うように言葉を紡いだ。

『黒曜石、黒の絹糸』

 それは異様な光景だった。
 油ですでに濡れているというのに、更に手に持っていた小瓶から油を周りに撒き散らす。
 足取りは軽く、踊るように。

『黒曜石』

 火打ち石が軽い音をたてる。

『黒の絹糸』

 数回打ち鳴らしただけで、火の手が上がる。
 一瞬にして炎に包まれたその女は、それでもなお、歌うように言葉を紡ぎ、踊るようにその場でくるくると回っていた。
 周囲から上がる悲鳴。
 門を警備していた兵士たちも、動こうにも火の勢いは強く、前に進めない。
 炎と共に黒煙が上がった。

 誰もどうすることもできないまま、踊り続けていた女性はその場に崩れ落ちた。
 手首につけていたブレスレットは、金属だけを残し、一際目立つ黒色の石は溶けたかのように何も残ってはいなかった。
 立ち昇った黒煙は、灰色となりなおも空へと伸びていく。

 ――――それは、狼煙のように。

 自殺自体、ないわけではない。
 居合わせた者たちは、せめてもの祈りを捧げる。
 門を警備していた兵士は、身元の確認は難しいと感じながら、神殿に報告しなければと、己の業務の一環として処理をする。
 それは当然のことで、必要なことだからだ。

 最初に異変に気づいたのは、門から離れずにいた兵士だった。
 それは土煙であり、影であり、揺れであり、鳴き声であり。

「まも………」

 『魔物』という叫び声は途中で不自然に途切れた。
 空から飛来した魔物により、その兵士の頭部は胴から離れ、鋭い牙の生えた飛行型魔物の嘴の中に消えていたからだ。
 一瞬の出来事に、誰も声が出ない。
 兵士でさえも、動けなかった。
 飛行型魔物は煙の周りを旋回し、狙いを定め再び下降を始めた。
 その時になり、人々から悲鳴が上がる。
 我に返った兵士は緊急用の鐘を鳴らす。

 低く、大きく響くその鐘の音は、王都をゆらすもの。

「空からなんて……今まで一度も……!!」
「早く門を閉めろ…!!」

 門は強固な城壁とは違う。無数の魔物が一斉に飛びかかってくれば、破壊されてしまうことは目に見えていた。けれど、わずかにでも足止めになれば。
 その、願いも虚しく。
 門が閉じきる前に、魔獣の前足がそれを阻んだ。





 冒険者達が。
 兵士たちが。
 街のあちこちから、王城から、東に急行する。
 王城から向かう騎士たちは馬を駆る。
 濃紺の制服に身を包んだ者たち十名もその中にいる。
 先頭を走るのは二人の青年。
 青銀の長髪を一つに束ねた王太子であるギルベルト・エルスター。
 同じように長い髪をひとまとめにし、濃紺の制服を纏った第二王子クリストフ・エルスター。

「ついてないな、こんな日に」
「……兄上」
「早く終わらせよう。……皆のためにも」
「ええ」

 クリストフは高く上がる狼煙のような煙を見上げ、こみ上げる理由のわからない不安を打ち消すように手綱を強く握った。





「ああ」

 その男は窓からその光景を見ていた。

「狼煙があがった。よくやった」

 下卑た笑みを浮かべ、顔の左側に手を当てる。

「もうじき、この手の中に堕ちてくる」

 その男の笑い声に、同じ部屋の中にいた男たちは肩を揺らした。

「さあ、始めようか」
「ひ………っ」

 二つあるベッドの内の一つに鎖で繋がれた怯えた少年に、どろりと淀んだ瞳の男たちの手がかかる。

「ひ………っ、い゛、い゛やだ、あ゛あ゛…!!ひ……ぅ、ぐ…」

 男たちは何かに取り憑かれたように少年を犯し続けた。
 左目に眼帯をつけた男は、その光景をうっとりと見つめながら、もう一つの空のベッドに置かれた真新しい鎖と首輪に口付けをする。

「さあ……はやく、おいで。私の黒曜石。私の絹糸。――――私の花嫁」

 ガシャリと、鎖が鳴った。





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