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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
55 花を手向けて②
しおりを挟む「今、私がここにいるのも、こんなに穏やかな気持ちで村に戻ってこれたのも、全部、殿下のおかげですよ」
きっとそれは、オットーさんの嘘偽りのない言葉。
だけどクリスは、表情を歪めてしまう。
「俺は――――間に合わなかった。お前の家族も、守ってきた村人も村も、何も救えなかった」
「クリス……」
クリスの手が冷たくなってる。
「殿下、そんなことを言ったら、結局は私だって何も救えてなんかいませんよ」
「お前は――――」
「言いませんでしたっけ?殿下が村人たちのために鎮魂の祈りを捧げてくれたとき、確かに皆、癒やされて、救われたんですよ」
オットーさんは少し息をついて、一瞬だけ目を閉じて顔を上げた。
いつものにこにこ笑う穏やかな表情じゃなくて、不敵な笑みが似合いそうなそんな雰囲気になってた。
「あんたが祈りを捧げたとき、村の中に感じていた憎悪や悲しみが消えてなくなったんだ。……あんなに無惨な状態だった村の人達を、あんたは一人一人丁寧に包むよう指示を出して、あんた自身も動いてた。……第二王子自らが率先してやることじゃないだろ。魔物に蹂躙されて人の姿を留めていない遺体もあったのに」
雰囲気どころじゃなかった。
口調も何もかも違う。
「休む暇もなく俺の村のために、村人たちのために動き続けて。……鎮魂の祈りを聞いたとき、涙が出た。魔物化して灰すら残らず、還ることなどできないと思っていた俺の両親まで……、その祈りで癒やされたんだとわかったんだ。この村は遅かれ早かれ無くなっていた。それこそ、生き残っていた村人たち全員が、もうすぐ死ぬのだろうと思っていたくらいだ。あんたが来てくれなかったら、全員が死人返りになってたはずだ」
オットーさんはお墓の方に視線を向けて、それからまたクリスを見た。
「あんたは、間違いなく救ってくれたんだ。彷徨うはずの魂は、女神の元に戻ったんだろ?」
「ああ」
「…なら、それが最善だろ。村のことを誰よりも見てきて、最後も見届けて、見送った俺が、あんたには感謝しかしていない。……なぁ?神官殿?」
「……名も教えてはくれなかったな」
「俺にとって、神官は全て恨む対象だったからな。仕方ないだろ」
「それがわかっていたら、神官などと名乗らなかった」
「だろうな」
昔からの知り合いのような気安さで、二人は笑いあっていた。
誰も言葉を挟めない。
俺だって、クリスの手を握ってることしかできない。
ふと、クリスの視線が俺に落ちてきた。
ゆっくりと頬を撫でられる。
「………そうか。救えた、のか」
「俺を見てればわかるでしょ?……村で起きたことは忘れることはできない。だが、それでも俺はあんたに感謝をしていて、あんたの手を取った。……救ってくれなかった、遅かった、なんて思いでいたら、いくらでもあんたの首を狙ってましたね。……いや、あんただけじゃない。王族全員を狙ったかもしれない。でも、そんなことにはならない」
ふぅ…っと息をついたオットーさんは、また表情を変えた。
「私は、四年前のあの日から、貴方の腹心の部下だと自負してますよ。殿下のことは誰よりも理解していますから。――――あ」
穏やかな笑顔に戻ったオットーさんは、急に俺の方を見た。
「?」
「アキラさんには負けますけどね」
ふふ…って笑ういつものオットーさん。
「まぁ、ですので、殿下はあまり気を病まないでください。貴方は私達を救ってくれたのですから」
「……わかった」
クリスの手に、少しずつ体温が戻ってきて。
……なんか、俺がどうにかしたいって思ったけど、俺には何もできなかったな。
当事者としての言葉と思いを聞いて、やっと納得したというか、吹っ切れたというか、そんな感じなのかな。
「団長~~~!!!!」
クリスが俺を膝の上に載せたとき、リオさんの叫び声がして、がばっとオットーさんに抱きついていた。
「え、リオ?」
「団長ぉぉ………っ」
って、リオさんまだ泣いてた。
それを皮切りに、皆どんどんオットーさんを囲んで、ハグからのハグからのハグ……。
流石のオットーさんも目を白黒させてた。面白い。
「ワケアリとは思ってたが、予想以上に重いよ…団長の過去…」
「……あんな口調の団長、初めて見た」
「殿下のこと『あんた』とか言うし、すごいビクビクしてた……」
「いつもの団長に戻ってくれてよかった……」
「慰めるから、あまり厳しくしないで」
言いたい放題。
オットーさんの横で、ザイルさんは目元の涙を拭いながら笑ってた。
そういえばエアハルトさんは……って思って彼の方を見たら、やっぱり笑ってた。
その日の夜は、焚き火の中に魔物よけという便利アイテムを投下して、見張りはたてなかったらしい。
結構遅くまでみんなの天幕からは笑い声が聞こえてきてた。
眠る直前、何故かクリスから「ありがとう」って言われたんだけど、俺、何もしてないのにお礼を言われる意味がわからないよ。
翌朝。
外のざわめきで目が覚めた。
何事……って大急ぎで着替えをしてクリスに抱かれて天幕を出たら、一面、色とりどりの花が咲いていたんだよ。
特に、お墓の周りは、本当に密集してて。
すごいジト目でクリスに見られたけど、俺、ほんとに何もしてないよ!?祈っただけだしぃ!!
「……綺麗だ」
一面花畑になってしまった村を見渡してたオットーさんから、ポツリとこぼれた言葉。
細めた目元には、ほんの少しだけ涙が浮かんでいた。
*****
オットーさんのことが好きすぎてごめんなさい。
別に、二重人格ってわけじゃないんですよ。
きっちり線引きして、普段は「殿下に仕える自分」の役割を全うしてるだけで、仕事じゃないところでは素が出てるだけです。
クリスと出会った頃は『仕事』ではないので、自分の思いとか伝えるのには、その時の自分が最適ということで、ぶっきらぼうな物言いのオットーさんです。
そしてエアハルトさん、無理やり同行してきた割に空気で笑えます(笑)
早く出番を作ってあげなくては……!!
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