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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
33 大丈夫 ◆クリストフ
しおりを挟む一筋縄では行かない魔物と遭遇するたびに、アキの力に頼ってしまう自分の弱さが嫌だ。
キマイラの口の中にバカでかい氷塊を叩き込んだあと、肌に感じるアキの魔力が弱々しくなった。
尾を奪われ、頭も封じられ、図体のでかいただの合成獣となったキマイラを屠ることは、造作もなかった。
エアハルトの土魔法も見事だったと思う。こんな魔物を大きな怪我もなく屠れたことは、本当に僥倖だ。
あと数撃でキマイラを倒せると判断し、俺は前線を離れた。
ヴェルの上で倒れたアキを、腕の中に抱きしめ、抱き上げる。
魔力を消費してるだけ。
魂は――――無事だろうか。
「……アキラ様の魔法……、なんて正確な……」
エアハルトは同じ魔法師として、色々感じるものがあるのだろう。
その瞳の中に、今までとはまた異なる興味や尊敬のような色を感じる。
「アキ以上の魔法師を俺は知らない」
腕の中のアキの呼吸は穏やかだ。
熱も、上がっていないように思う。
ただ静かに眠っているような。
「あれだけの正確さで魔法を繰り出すことができるのに、何故、彼に魔法を使わせないのですか」
「お前が知る必要はない」
俺の言葉にエアハルトは息を呑んだ。
……ああ、無意識に苛つきが声に乗ったか。
「エアハルト、魔物の後片付けをしてくれ」
「……はい、殿下」
それ以上、声をかけなかった。
ヴェルはアキを気にしているのか、俺の隣にピタリと寄り添うように歩き、時折アキの頬に顔を近づける。
「大丈夫。眠ってるだけだ」
ザイルは駐屯の兵士団の方へ向かった。
他の者に指示をだしたオットーが、俺の方に駆け寄ってくる。
「殿下、すぐに天幕を準備します」
「ああ、頼む」
天幕は血の穢れのない場所に張るのがいい。
ざっと視線を巡らすと、少し先に件の魔物の巣が見て取れた。
確かにかなりの大きさがある。
「……不思議だな」
その巣の主は、大型の鳥型の魔物としか報告を受けていない。ミルドたちでは判別ができなかったらしい。
あそこまで大きな巣を作るような魔物、俺にも記憶にない。新種のものなのか、何か見落としがあるのか。
そもそも、あれだけ大きな魔物がアキの感知に引っかからないわけもないのに。
それから、巣に近づくと感じる空気は、神殿の中の静謐さにも似ている。
……本当に、不思議でならない。
川岸ぎりぎりに立ち、上流の巣を見ていると、薄っすらと、アキの瞳が開いた。
「アキ」
「ん……クリス」
ふにゃりと笑うアキが可愛くて愛しくて、唇を重ねた。
口付けはすぐに受け入れられ、舌も応えて動き出す。
「ふ……」
アキの手がおずおずと背に回った。
……ああ、本当に。
大丈夫そうで。
涙が出そうなくらい、安堵した。
コクリと何度か喉を鳴らしたアキは、俺が唇を離すと、大きな巣の方に視線を流した。
「……なんか、弱ってる」
「そうなのか?」
「ん……、うん。なんか、俺とおんなじ感じ…?魔力、足りてないのかも」
「今すぐ死にそうなほど?」
「んー……や、今すぐ、っていうのはないかも。もしかしたら、さっきの魔物たち、あの巣にいる魔物のこと狙ってたのかも」
そこではっとしたようにアキが俺を見た。
「キマイラは?」
「処理済みだ。心配するな」
「そっか~…。よかった。あ、もしかして、こっちのキマイラって、そんなに強くない……とか?」
上目遣い…。
……はぁ。
可愛い…。
「そんなことない。普通の兵士じゃ太刀打ちできない」
「そう……なの?」
「ああ。お前とエアハルトの魔法でかなり有利に戦えた。ありがとう、アキ」
「えへへ」
「でも」
「う」
「無茶はだめだと、言ったんだけどな?」
「うう」
「…アキから感じた魔力はそれほど高くはなかったから、消費を抑えられるものを選んだんだろうけど…、それでも意識がなくなるくらいに消費するんだ。無理な乗馬で体力も削られていた。……頼むから、自覚してくれ」
「クリス」
「お前がヴェルの背でぐったりしているのを見たときは……生きた心地がしなかった」
「……クリス」
「愛してるよ」
「ん……心配かけてごめんなさい」
「じゃあ、罰として、俺に口付けて」
「え」
一気に赤くなるアキの頬。
さっきまで散々口付けていたのに、急に周りをキョロキョロ見始める。
「ここで?」
「ここで」
「今?」
「今」
「うううー……っ」
恥ずかしさで目が潤んでいて、扇情的な表情に見える。
「クリスっ」
思わず笑ってしまう。
アキは俺の胸元を握り、引っ張り、少し首を伸ばして――――口付けてくれた。
それは、本当に、触れるだけだったけれど。
「………これだけっ」
すぐに離れて、目を伏せて、俺の胸元に顔を押し付けてくるアキ。
可愛い。
可愛いとしか思えない。
「夕食まで休もう」
「ん」
適当な場所に天幕の設置は終わっていた。
少し離れたところから、オットーが俺達の様子をうかがっていた。
「アキラさん…よかった。お目覚めになったんですね」
「はい。心配かけてごめんなさい」
「いいえ。相変わらず見事な魔法でした。お陰でとてもあっさりと片付けられましたよ」
「……口の中に氷の塊、ぶち込んだだけで……」
笑いながら。
「大雑把魔法だったんだけど」
くすくすと、本当に楽しそうに。
魔物の口にピタリとハマる大きさ。
魔物が攻撃のために口を開けたその瞬間を狙い、俺たちが認識する前に到達している速さ。
ずれることなく目標に叩き込む正確さ。
魔物の強固な牙や顎にすら砕かれない強度。
これのどこが、大雑把だというのだろう。
エアハルトが驚くほどの緻密さだというのに。
「アキはもう少し自覚を持ってくれ…」
「またそれ?自覚してるよ…?俺、弱っちぃし、体力ない、って」
「……そうだな」
そういうことではないのだけれど。
わかっていないのは本人だけ。
無邪気に笑うアキはやはり可愛くて。
そっと、額に、口付けた。
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