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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。

31 魔物との交戦

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 馬上でクリスからのセクハラまがいの言葉を聞かされながら(嫌じゃないよ?恥ずかしいだけ)、森林浴を楽しみつつ(楽しんでいいんだろうか)、ブランドンさんの案内で、森の中をひたすら進む。

「……変だな」

 ぼそりと、クリスが呟いた。
 何が?
 と、振り返ろうとしたとき、前方から数体の魔物の気配を感じた。

「クリス、魔物」
「どこだ」
「前方。数匹来るよ」
「俺にしがみつけ」

 クリスはそう言うと、指笛を何度か鳴らした。
 そしたら、馬の脚が一気に早くなる。

「ぅわ…っ」

 凸凹の地面とか。
 少しぬかるんでるところとか。
 木の根が地表に上がってきていて、障害物になってたりとか。
 そもそも木の間を縫うように走っていることとか。

 なんか、もう、全部、無視して進んでいく感じ…!
 クリスの俺を抱く手には力が入っていて、俺もその腕にしがみつく。
 障害物はヴェルの判断でよけているのか、ほんと、速度が落ちない。そのかわり、上下左右に滅茶苦茶揺られる。
 ……ある意味ジェットコースター……。

 無理でしょ!?
 って叫びたくなるような手綱さばきというか、クリス隊って、人ばかりじゃなくてお馬も鍛えられてたというか…、もうとにかく凄まじく、やばい、酔う……って思った頃に、森を抜けた。

 助かった……!
 と思った瞬間、今度は感知の方に問題が起きた。

「クリス……おかしい。魔物が遠ざかってる」
「上流の方へか?」
「……多分」
「上流域には兵士団も配置してあるんだ」
「だったら……もしかしたら、戦闘になってるかもしれない」

 クリスの軽い舌打ち。

「どれくらいの数だ?わかるか?」
「ん………」

 落ち着け、俺。
 感じるのは……少なくても、五体。

「少なくても五体はいると思う。判別は無理。ちょっと大きいやつがいるかもしれない」
「わかった。……アキ、このあと、寝込んでいいから。俺に掴まってて」
「ん……」

 俺がクリスの腕を掴んだのを確認して、また、指笛を鳴らす。

「………っ」

 風を切る耳鳴りがひどい。
 クリス隊の本気の走り。
 丈夫なお馬の脚。
 今まで、一度も経験しなかった。
 クリスたち、こんな走り方してたんだ。

 目を開けていられない。
 それでも、魔物を感じることができる。
 耳鳴りの奥で、微かな人の叫び声、魔物の唸り声が聞こえる。

「まもの、と、こうせんに、はいってる…!!」

 風に負けないように声を張り上げたら、皆からざわっと焦りのような怒気のような気配が立ち昇った。

「ザイル、ブランドン、出ろ!」
「「はっ!!」」

 二人が、隊列から飛び出る。
 この速さなのに。
 更に速いとか。
 うっすら見えてるから、もう案内がなくてもいい、ってことか。

 少しして、視界に影が映る。
 それから、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

「アキ?」

 俺の中の感覚が、「やばいやつ」って警告出してる。
 みんなが見えなかった、ワイバーンを、俺だけが視認できたときのように。視ることに集中したら、見えるだろうか。
 多分、無意識に魔力を使ってるんだと思う。気づいたときには、自分の中の魔力が、ぶわりと膨れているから。

「アキっ」

 クリスの声は、俺を諌めるような声音。魔力を使っていることに対してだと思う。魔法を使ってるのと変わらないから。
 でもね、そんなこと言ってる場合じゃない。

「クリスっ、キマイラだ…!」
「ああ!?」
「キマイラが一体紛れてる…!!」
「なんだってそんな魔物が……っ」

 スライムのときと一緒だ。
 地下とか、遺跡とかにいるような魔物。
 俺が知るものとは少し違うけど、尾は蛇だし、獅子の胴体。羽根はない。頭は、山羊?…前に、クリスの執務室で見せてもらった絵にそっくりな魔物が、いる。
 この際、そいつの周りにいる、でかい蛇ジャイアントスネークとか、でかいトカゲジャイアントリザードは、無視してもいいくらい。
 キマイラは、クリスが前線に立たないと絶対に勝てない。

 距離が縮まると、みんなにも視認できるようになる。
 隊のあちこちから、どよめく雰囲気を感じた。

「全く……。アキといると退屈しないな」
「俺が魔物呼んでるみたいに言わないでよ……」
「悪い」

 でも、クリスからは、俺の頭にキスを落とすくらい余裕を感じる。
 だから、俺も焦りとか不安とか、段々薄くなっていって。

「どっちにしたってやるしかないだろ」
「やるしかないですね。……殿下、覚えてます?俺の村で倒した大型の魔物――――今思えば、あんな感じの魔物でしたよね」
「ああ、確かにな」

 何故か、クリスと、いつもと少し口調の違う横に並んだオットーさんが笑い合う。

「まあ」

 オットーさん、不敵な笑み。

「問題だらけですが、いきますか。殿下」

 すらりと、馬上で剣を抜いて。

「ああ。行こう」

 クリスも、また笑って。
 絆のような、信頼感。
 いいなぁ。
 その関係。

 クリス以外、全員が、馬上で剣を抜く。

「アキは」
「初撃、氷で尻尾を落とすから」
「アキ」
「魔法だめとか、言わないよね?」

 少し振り向いて言えば。
 クリスは、滅茶苦茶顔をしかめてて。

「……わかった」

 ぎゅって、抱きしめてくれた。

「終わったらすぐに補充するから」
「うん」
「……一人に、させたくない」
「あの人いないから大丈夫だよ」

 邪魔してくる人、今はいないんだから。

 キマイラたちが、眼前に迫る。
 ザイルさんとブランドンさんが、なんとかキマイラの牙や爪をいなしている。

「クリス、行く」
「ああ」

 若干遅くなったヴェルの上から。
 構築を、早く。
 氷の刃で、切断する。
 鋭く、速く、正確に。

 久しぶりの感覚。
 溶けろ。
 膨らめ。
 視ろ。

「アキ、放て…!!」

 クリスの声に導かれて、魔法を繰り出す。
 瞬時に生成された魔法の刃は、ワイバーンの羽根を狙ったときよりも、速く、正確に、キマイラの尾を捉えた。


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