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第5章 王子サマからの溺愛は甘くて甘くて大変です。
9 アレな借り物
しおりを挟む薄い金属の板。
これで身分を証明するって、どうするんだろう。
「どうやったら自分自身だと証明できるんですか?」
顔写真もない。あるのは、文字で書かれた情報だけ。こんなの、いくらでも替え玉できちゃうよね?
「この板に魔力を流すんだ。特殊なインクを使っていて、名前を書くときに自分の魔力をそのインクの中に混ぜている。それで、証明するときに自分の魔力を板に流せば」
ギルマスは俺の手の中の金属カードに指先を触れさせた。そしたら、ぽわっと文字が光る。
「光った…!」
「ああ。本人の魔力と同じであれば、光る仕組みだ」
「おおお………すごいっ」
試しにほんのすこしだけ俺の魔力を流してみたけど、なんの変化も起きなかった。
「多かれ少なかれ、人には魔力があるものだから。これくらい流す分には、魔水晶を持って生まれなくても出来るんだ」
魔水晶を持って生まれてくる人は、魔力の高い人。そうじゃない人にも魔力はあるのか。魔法をしっかり使えるほどには多くない、ってことかな。
「ま、だから、冒険者の揉め事は基本冒険者同士でどうにかすんだよ。当事者同士で話がつかないなら、そいつらの所属する宿の店主、若しくは、滞在してる宿の店主が取り持つ」
「冒険者が何かしらの犯罪行為を行ったときは、国か、その町が動く場合もあるがな」
「だから、今回のように、明らかな不正を行ってる宿を見つけたら、俺たち他の冒険者達には通報義務がある。宿の店主が犯罪に加担しているのなら、尚更、な」
「冒険者は信用第一だからな。信用性、信頼性をなくしてしまえば、成り立たなくなる」
「……すごい世界だね」
思ったより凄い組織だった。冒険者宿。
「アキラも冒険者になってみるか?」
「え、なれるの、俺」
「なれるさ。俺が許可を出してやろうか?」
「冒険者になったら、他の国に行き放題?」
ワクワクしながらクリスを見たら、苦笑いされた。
「アキはエルスターの第二王子妃の身分ができるから、基本的にはどの国にも入れるよ。まあ、冒険者のように自由に、とは行かないけど」
「第二王子妃…………」
響き、が。
妃、だって。男だけど、いいのか、その呼び名で。
「クリストフは一応あるだろ、冒険者資格」
「まあ」
「え、あるの?」
「一応」
「クリストフはそれに加えて、神官位もあるから、そっちの身分証もあるだろ?それに第二王子だ。どの国にでも行けるな」
「それほど他国に行くことはないがな」
おお……新情報盛り沢山だ。
「ちなみにな」
「はい?」
「冒険者の身分証を作ったのは、かーなり昔に来た異世界人だそうだ」
「!」
「アキラや爺様と同じ国から来たとは限らんが」
「そっかぁ……」
なんか、色々凄いな、異世界から来た人。俺、なんも出来てないけど。
「異世界人はあれだな。発想力が違うんだな、多分。『ああしたほうがいい』『こうしたほうがいい』ってのを考えて、それを実行に移すだけの行動力があるんだ。……ほんと、俺たちが住む世界ってのは、狭いもんなんだと感じる瞬間だな」
「全くだな」
なんか、二人でウンウン頷き合って通じ合ってる。俺は、イマイチわかってないけど。
「まあ、そんなわけで、この宿に関しては俺の方でも動く。王太子殿下に伝えてくれ」
「助かる」
あっさりと協力依頼完了。
じゃあ戻るのかと思ったんだけど、クリス的にはまだ終わってなかったらしい。
「レヴィ、それとは別に相談なんだが」
「なんだよ」
「この遮音魔導具とあの洗浄魔導具を、今回の遠征で貸し出してもらうことは可能か?」
「ん?」
ものすっごい貴重な道具ですよね。
というか、洗浄魔導具ってなんだ。字面通りなら、綺麗にする魔導具、ってことだと、思うけど。
あ、俺がクリスの誕生日に贈ろうと思ってた洗浄魔法の魔導具ってことか!
そっかぁ。もうあるんだ。あ、でも、クリス専用のものならいいのかな?……考えついた用途はちょっと恥ずかしいものだった気がするけど……。
一人納得していたら、ギルマスはちらりと意味深な目で俺を見てから、クリスに視線を戻した。
「いいぜ。遮音魔導具の方は予備を出してやる」
「助かる」
遮音魔法と洗浄魔法。
……嫌な予感しかしない。
ギルマスがその二つを腰につけた袋の中から取り出して、テーブルの上に置いた。
あー、あの袋、多分収納魔法かかってる。個人で持てるようなものじゃないって聞いてたのに、このギルマス、かなり不思議な人だ。
クリスはその二つの魔導具を、丁寧にウェストポーチノの中に収納する。
その横顔をじと……っと見つめてたら、クリスはまた俺の腰をぐいっと引き寄せてきて、耳元に口を近づけてきた。
「アキに毎日癒やしをかけないとならないだろ?」
「っ」
「そうしないと馬に乗り続けられなくなる」
「っ、んっ」
「だから、必要だよな?」
耳の刺激に声が出そうになって、ぎゅっと唇を引き締めた。
癒やし。毎日。
……正直、キスだけだと思ってたのに。
遠征に出て、……毎日?スル、の?
「ううう」
「西ほどの危険はないだろうが、羽目を外しすぎるなよ?アキラの事となると、お前は視野が狭くなりすぎるからな」
「気をつけるよ」
テーブルに、空になったジョッキが二つ。
心臓がバクバクしてるのを感じながら、俺もなんとか飲み切る。
それを確認してから、ギルマスが遮音魔導具の動作を切った。途端、周囲から魔法の気配が消えて、外のざわめきがほんの少し耳に入ってくる。
「用件は終わりだな?」
「ああ。そろそろ行こうか」
クリスとギルマスが確認しあって立ち上がる。
当然、俺はクリスの腕の中だ。
「アキラ」
「はい」
ちょっと真剣なギルマスの声。
「今回は俺も神官の坊主も行かないからな。くれぐれも無茶だけはすんなよ」
頭をぐりぐり撫でられながら。
「はい。気をつけます」
心配してくれてるってことが、不謹慎にも嬉しかった。
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