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番外編:希望の光 (オットー昔語り)

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 なんか、似たようなことが昨日もあったな。
 これが既視感とかいうやつか。

 ほぼ諦めた俺の前に立ったのは、例の『神官』だった。
 この状況にも関わらず、不敵な笑みさえ浮かべている。けれど、何故だろう。束ねられた銀髪を見るだけで、不思議な安堵感がこみ上げてくる。

「怪我は」
「かすり傷だけだ」
「そうか。なら、やれるな?」
「当然!」

 その間に、手に感じていたしびれは消えた。予備の剣を手に持つが、違和感もない。
 『神官』が来た方向を見れば、半数ほどの取り巻きが、小型の魔物を相手にしながらこちらに向かってきていた。

 誰かと共に戦うのは、いつぶりだろうか。

 俺たちは特に打ち合わせることなく、魔物に向かった。……本当に、会話らしい会話などなく。なのに、息は、合った。
 右も左も宣言しないまま、俺たちは立ち回った。身体も剣もぶつかることはなく、むしろ、欲しいときに欲しい助けが来る。多分、それは俺も同じで、『神官』が欲しているであろう助けを察することができた。
 時折視線が合い、頷きあうだけ。
 『神官』の取り巻きたちは、俺たちに近づくことができない。むしろ、それでいい。どう見ても、立派なのは鎧だけだ。それなりの腕はあるのだろうけど、俺たちの間合いに入られたら邪魔にしかならない。
 『神官』が獣型の魔物の牙を抑えている間に、横をすり抜け魔物の後ろ足を薙ぐ。そのまま剣を振り上げ、振り下ろされた棍棒を受け流す。
 足を狙うのは動きを鈍らせるため。腱を断ち切れればなお良しだ。

 魔物を斬り伏せ、初期位置に戻る。

「やるな」
「あんたこそ」

 自然と背中を合わせた。
 そのことに何も疑問を持たない。
 魔物に囲まれたこの状況で、頼れるのは己の腕のみ。がら空きの背中は弱点になる。――――本来であれば。
 弱点それを補うように背中を預けられる存在。同時に、相手から預けられる高揚感。信頼できる相手じゃないと、できないこと。
 背中を預けて戦えることが、これほど安堵感と充足感を生むなんて。自分にそんな存在ができるなんて。本当に、思ってもいなかった。

「剣を」
「?」

 この状況で何を言い出すのかと思ったが、『神官』は、一瞬呆けた俺の手の中の剣を取ると、ボロボロになってきた刃に己の親指を這わせた。

「な」

 魔物の血に混ざって、『神官』の赤い血が刀身を伝い落ちる。

「なにをっ」
『加護を』

 『神官』が言葉を発した途端、刀身が鈍い白色の光を発した。

「切れ味が悪くなっていただろ。『付与』をした。短時間だが、それなりに斬れるはずだ。――――行くぞ!!」
「付与ってなんの………って、きけよ……っ、くそ……!!!!」

 それほど長くはなかったが短くもなかったやり取りの間、ジリジリと迫ってきていた魔物たちは、俺たちが再び動いたことでまた一気に襲いかかってきた。
 魔物でも空気を読むのか!?とか、現実逃避しそうになったが、息を吐き、乱れた心を落ち着ける。
 後ろ足で立ち上がった獣型魔物の手が俺に向かってきた。軌道をそらせようと剣を振り下ろした瞬間、俺の目の前でその手が腕の真ん中あたりですっぱりと斬れた。

「………は?」

 目の前には、腕から血を流し、血走った目の魔物。
 いや、まってくれ。意味がわからない。
 予備で持っていた剣は確かに他のものより切れ味は良かった。けれど、厚い皮膚と毛に覆われた魔物の腕を、すっぱりと切り落とせるような切れ味は持っていなかった。

「なんだよ、これ!?」

 俺は手を止めないまま叫んでいた。

「加護だ」

 何かしでかした張本人は、簡潔にそう答えてくるが、だから、それが何だって聞いてるんだよ!

「お前、説明とか!!」
「時間がない。結果だけを見てろ」

 『神官』はそう言うと、自分の剣にも同じように指を這わせた。
 駄目だ。
 この現象で手も足も思考も止めるわけに行かない。
 むしろ、喜べ。理屈はわからないが、切れ味が断然違う。これで魔物を更に屠れる。

 考えるのは、後だ……!




 無限に湧いてくるのかと思った魔物も、その数を減らしていった。
 日が傾きかけた頃には、流石に俺も『神官』も、肩で息をつくくらいには疲弊していたし、あちこちに傷を作っていた。…取り巻きたちは早々にやや引いたところで怪我の処置に当たっていたが。幸い、死人は出ていないようだった。

「…そろそろ終わるか」
「ああ」

 残った魔物も手負いのものばかりだ。
 鈍く光っていた刀身は、少し前からいつもの鈍色に戻っていた。
 今日は魔物素材が大量だな――――なんて思いながら柄を握り直したとき、魔物たちは何故か一斉に鼻を鳴らし始め、一方向を向いた。

「なんだ…?」

 魔物たちはそのまま駆け出していく。
 一瞬、逃げたのかとも思ったが、それにしては様子がおかしい。
 俺も『神官』も呆然とその様子を見ていたが、あることに気づいて血の気が引いていく。
 それと同時に、風に乗り流れてきた匂いを嗅ぎ、体が震え始めた。

 ――――なんで、どうして。

 そう思ったときには、もう走り出していた。

「おい!?」

 『神官』の慌てた声がしたが、止まるわけにいかない。
 体力はもう限界だったはずなのに。
 それでも、俺は走り続けた。とにかく、村に向かって。
 村へ続く方には、いくつもの魔物の足跡がついている。

「何があった……!」

 『神官』は俺に追いつき、息を切らせながらも俺に聞いてきた。

「村が襲われる……!!」
「なんだと!?」
「魔物が進んだ方向には村しかない……それに、これは、この匂いは、魔物寄せの匂いだ……!!!」
「……っ」

 なんで。
 誰が、こんなことを。
 苦しくなる胸を叩きながら、とにかく必死に走った。

 走って、走って、村の影が見えた頃、黒煙が上がっているのが見えて。
 生唾を飲みながら、走り続けて。




 ボロボロではあったが、
 なんとか村を守っていた囲いが、
 倒され粉々に踏み潰され、
 村の中に幾多もの魔物が徘徊していて、
 魔物寄せの匂いはもうしないのに、
 肉の焼ける匂いと、
 鉄臭い血の匂いが、
 入り混じってて、
 叫び声ももう聞こえなくて、
 魔物に踏み潰された人影と、
 魔物に咥えられて振り回されてる人影と、
 地面に転がる人影と、
 杭のようなものに突き刺さっている人影が、
 十人にも満たない、
 村に残っていた人たちの数の分だけ、
 そこいらに、
 あって。





「あ あ あ あ゛あ゛あ゛―――――――っ!!!」




 俺は叫びながら、村の中に、駆け出した。


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