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番外編:希望の光 (オットー昔語り)
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しおりを挟むその後からも、俺自身の生活が変わることはなかった。
畑は諦めた。
村の周辺に出る魔物をひたすら狩り続け、貢ぐための金を作り出す。
少なくなった村人。両親を守れなかった俺は、せめてその人たちだけでも救いたい。そのために、あの下卑た笑みを浮かべる神官に、せめて『祈り』をしてもらわなければ。
媚びるのは嫌だ。
だが、残された村の人が穏やかに暮らすためにはそれしか方法がない。
考え事をしながら森を進んでいたせいか、気づいたときには両親が襲われた場所に来ていた。
仇を取りたいとか、そんなことを望んだわけじゃない。
ただ、もし、その魔物と遭遇できたら…とは思っていた。
けれど、飛び出してくるのは弱いものばかり。
もういないのか…と落胆仕掛けたとき、「気を抜くな!!」って叫び声と、ガキンと爪や牙を剣で受け止めたときの音が、俺の背後から上がった。
「な…」
俺の身長の倍ほどありそうな巨体。
その魔物を抑えているのは、銀髪を一つにまとめ、見るからに質の良さそうな鎧を身に着けた若者だった。
俺とあまりかわらない年だろうか。
「殿下……!!」
「問題ない」
殿下と呼ばれたその若者は、俺を見るとにやりと笑い、
「俺が抑えてる間に脇腹を叩け!」
と指示してきた。
「…っ、わかった」
呆けていたことは認める。
『殿下』は俺がその指示通りにできると信じているらしい。
……まあ、やってやるが。
俺は刃こぼれした剣を握り直した。
俺が知らなかったことの一つ。神官が厚意で渡してくれていたと思っていたこの剣も、金銭との交換が条件だった。
成人していて子供ではないのに、俺は村から守られていたんだ。
頭を振って思考を取り払う。
牙を抑えられた魔物は、鋭い爪がついた前足を、『殿下』にむけて振り下ろそうとする。
それを剣で受けながし、折れないよう加減をし、脇腹を剣で削いだ。
魔物の叫び声が空気を震わす。
同時に周囲に発せられる威圧。思わず顔を顰め、剣を握る手からは少しの間力が抜けた。
それは魔物の牙を抑え込んでいた『殿下』も例外ではないらしく、力の緩んだ隙に、魔物はその巨体からは想像できないほどの機敏さで、音もなく後ろへ飛び下がった。
ギラギラとした赤い瞳が俺たちを睨め回し、ゆっくりと、だが確実に森の奥へきえて行く。
「待て――――」
「深追いはするな」
『殿下』は魔物が去った方向を見ながら、剣を腰に収めた。それからゆっくりと、俺に視線を向けてくる。
「お前は近くの村の者か」
「そうだ。あんたは――――」
「俺はクリス。――――神官、だ」
俺の背筋がザワッと総毛立った。
よりによって、『神官』だと…?
「……偉い『神官様』が、俺達の村に何の用だ」
俺の態度に『殿下』と呼ばれた『神官』が、肩をすくめた。そして、その取巻きたち――――皆、立派な鎧を身にまとい、騎士であるかのような出で立ちの男たち――――は、殺気立ち、剣の柄に手をかけている。
「無礼な………!」
「いい。黙れ」
『神官』はそんな彼らを諌めると、俺に向かって手を出した。
「いい腕をしてる。村で習ったのか?」
「………『神官』などに答える義務はない」
女神は今以上に、俺たちを苦しめるというのか。
こんな人の良さそうな『神官』まで使って、もう何も残っていない俺たちの村から、貪りつくそうというのか。
俺は無言で歩き始めた。
案内するつもりはない。来たけりゃ来ればいい。もう散々だ。村に入ったと同時に斬り殺す。そう、決めた。
余所者の神官であれば、『呪い』はこの地に降りかからないだろう。俺が女神から見放されるだけだろうから。
無言で歩く俺の後ろから、『神官』とその取り巻きたちは案の定ついてきた。
「お前、名は?」
「………」
答える気はない。
意味もない。
神官など…いなくなればいい。
近くはない距離を黙々と進む。
『神官』御一行…というより、『神官』自身が俺に遅れることなくついてくる。他の面子はやや遅れ気味だ。
随分と鍛えてる『神官』なんだな。教会にいる肥えた神官とは大違いだ。
そうしてるうちに、村が見えてくる。
ボロくなった一応の門を開けると、『神官』は俺の隣を通ってするりと村の中に入った。
俺は躊躇いなく剣を抜き、首元をめがけて薙いだ。ボロボロの剣だとしても、人の首くらい落とせる。
けれど、俺の剣は、ほぼ同時に抜かれた『神官』の剣によって目的を果たせずに止められた。
「……ちっ」
「予想通りの反応だな。……一体何があった」
『神官』は村の様子をざっと見渡し、あまり表情を変えることなく言い放った。
「何が?…お前ら『神官』が、俺たちに何をした?何かがあったとしたら、それは俺達じゃない。お前ら『神官』が全ての元凶だ……っ」
『神官』の眉がピクリと動いた。
俺が剣を収めれば、『神官』も剣をおろした。命を狙った俺を許すつもりらしい。………はっ。お優しいことでっ。
「教会は?」
俺は無言で指をさす。
ボロボロの壁と屋根の家が並ぶ村の中、教会だけは綺麗な壁と屋根をしている。
「………ああ。ありがとう」
『神官』は追いついてきた取り巻きたちとともに、教会へ向かっていった。
村の惨状を見て、取れるものはないとでも判断したか?綺麗な教会のほうが滞在するにしてもいいだろうさ。
なんとなく教会の方を盗み見ていると、教会から出てきた醜悪で全ての元凶とも言える神官は、遠目でも驚いた顔を確認できた。それから、媚び諂う顔。
…反吐が出る。
『神官』たちは、取り巻きも含め、教会の中に招き入れられた。
あの元凶が、すんなりと中へ入れるほどの存在なのか。身分や地位が高いのか。
……あの元凶と同類とは思えなかったが、やはりあの『神官』も同じなんだ、と。何故か酷く落胆した。
これ以上佇んでいても仕方ない。
誰も待ってはいない自宅へ戻り、両親の遺品の前に花を一輪だけ置いた。
夕食用に、水と、硬いパンを齧る。
魔物から得られた素材は一纏めにし、仕舞っておく。魔物の中には食べられる物もあるから、肉は切り分け、大きな葉に包み、村人に配り歩く。
俺の両親の一件から、戸数も村人も減った。
『もううんざりだ…!』
そう嘆き、できる限りの荷物を持ち、一か八かで村を出ていく。
本当なら、行商人を待ったほうがいい。魔物素材と交換で、何人かは近隣の街に送ってくれるはずだ。
そうでなければ、歩くしかない。……この、魔物が闊歩する中、満足な装備も食料もない状態で。
今、村に残っているのは、自力ではどうにもできない者たちと、その者たちを見捨てることができない家族たち。
労力はすでに殆どない。畑も、手つかずの場所が増えた。
大きな葉に包んだ肉を持ち、俺は今残っている五軒の家を回る。
結局、今残ってるのは何人だろうか。俺が一番年若いのは確実だ。
「……オットー、さっき来たのは、まさか」
「神官らしい。……そう、名乗っていた」
そう伝えると、その村人は目を伏せ、口元をわなわなと震わせた。
「……そうか。いつもすまないな」
「いえ…。しっかり食べてください」
頷くと、その人は扉を固く閉ざした。
俺は嘆息し、残りの家も回る。
先々で感謝と心配を伝えられたが、どれにもそれなりの笑顔で返せたと思う。
手荷物がなくなる頃には、すっかり夜の帳が落ちていた。
一旦家に戻り、必要なものを手にし、村の中央まで戻る。
そこに薪を組み上げ、火を付ける。
夜に活発になる魔物は少なくない。
村の周囲は一応の囲いで守られてはいるが、修繕などにかける費用も材料もなく、もうぼろぼろだ。
万が一にでも大型の魔物が襲ってきたら、ひとたまりもないだろう。
焚き火の近くに丸太を用意し、そこに腰掛けた。
炎が爆ぜる音の中に、魔物の声が混ざる。
……まだ、遠い。村には近くはない。
まだ人がいる家から、明かりが漏れることはない。ランタンに使う油さえ用意できないのだ。
……これで、次の冬が越せるのだろうか。
備蓄もほぼ底をついた。
暖を取れるものも、ない。
……そう。わかってるんだ。俺たちには、もうなにもない。抗っても従っても、行き着く先は同じ未来。希望などどこにもない。
この村は終わる。
遅かれ早かれ。
明日かもしれない。
明後日かもしれない。
一ヶ月後かもしれない。
奇跡的に一年くらい持つかもしれない。
最後に残るのは、多分俺だ。
皆を見送ることになるのか、それとも、皆と一緒に例の谷底に身を投じるのか。……ああ、それなら、あの元凶を殺してしまえばいい。
この地に、未練などないから。
女神の代行者である神官を殺せば、この地には女神の祝福は届かなくなる。作物は育たず、森は枯れる。大地が死ぬのだと、聞かされている。それが、『呪い』だと。
あんな奴が代行者として選ばれるというのなら、俺は女神さえも捨てる。女神は誰も救わない。
焚き火の中に薪を一つ投げ入れたとき、ざりっと、土を踏む音が聞こえた。
*****
すみません。
まだ続きます…(・・;)
オットーさんの過去話がこんなに長くなるなんて…。
そして私、意外とオットーさん好きみたいです…。
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