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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。

50 望まぬ遭遇 ◆クリストフ

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 声の主など、見なくともわかる。
 足を止めるつもりはない。
 話を聞く価値もないのたから。

「お、お待ち下さい……!クリストフ殿下…!!」

 その声の主は必死のようで、俺の目の前まで小走りで近づいてきた。
 わざわざ俺の進路まで妨害してくるか。
 腕の中のアキを抱き直す。
 …服越しでも体温がまた上がり始めているのがわかる。

「…何用でしょうか、デリウス宰相殿」
「む、娘の事でございます……!殿下!!」

 こんな、誰が聞いてるともわからない廊下で、ぐったりした婚約者を腕に抱いている俺に話かける内容のものではない。

「失礼。私の婚約者が体調を崩しておりますので」

 暗に、話すことなどなにもないと伝え歩き始めるが、それを遮るように、宰相は再び俺の前に立つ。
 俺の背後で、メリダから不穏な気配がしてきた。ああ、あからさまに怒っている。俺も、同じだが。

「殿下、話を聞いてください…!」
「話すことなど何もありませんが」

 周囲が少しざわめき始めた。
 それもそうだろう。
 まだ宰相である公爵が、こんな廊下で俺を呼び止め、娘のことを喚き散らしているのだから。

「何故、私の娘が辺境の教会などに幽閉されなければならないのですか…!?娘は、殿下の……っ」

 ……ああ。苛々する。
 一刻も早くアキをベッドに寝かせたいのに。

「貴殿は、ご令嬢がどんな罪を犯したのか、ご存じないのか」
「それはっ」
「首を撥ねられても仕方のないことだというのに、生かされているこの現状。貴殿の地位を鑑みた寛大な処置だと思うが」
「………っ」
「納得行かないというのであれば、今一度ご令嬢に、何を企み、何をしたのか、尋ねてみればいい」
「ですが、殿下…!」
「私の婚約者はここにいるアキだけだ。陛下もお認めになられた唯一の存在だ。貴殿の娘は、アキを害するだけの存在でしかない。私が言えるのはこれだけだ。失礼する」

 無意味だ。
 この男との、会話全てが。
 呆然と立ち尽くす宰相の横を通り抜け、部屋へと急いだ。
 宰相がその地位も立場も失っていないのは、今回の西の一件が、令嬢であるヘルミーネが単独で引き起こしたことだとわかっているからだ。
 娘は辺境の教会へ生涯幽閉。父親には注意のみで咎めなし。……十分寛大な措置だ。まあ、間もなく宰相の立場は、ヴォルタール公爵に引き継がれるだろうが。

 正直、甘すぎる処置だと自嘲する。
 アキを殺すための計画。それに嵌り、失いかけた命。
 そんな計画を企てた人物を、生かしておく必要があるというのだろうか。殺しても殺し足りない。いっそ、アキと同じように魔物に喰わせようかとも思ったほどに。

 考えれば考えるほど、腸が煮えくりかえる。それほどの、憎悪と怒り。

「殿下」

 メリダの毅然とした声が耳に届いた。

「怒気をお沈めください。皆が怯えておりますよ。アキラさんにも影響してしまいます」
「メリダ」
「お怒りはごもっともです。ですが、ここでは抑えてください。アキラさんのためにも」

 改めて腕の中のアキを見た。
 その表情がどこか苦しげで、眉間にはくっきりと溝ができている。

「アキ……」

 胸の中にあふれていた憎悪が薄れていく。
 アキの額にそっと唇で触れれば、その表情は穏やかなものになった。

「アキ…愛してる」

 メリダから、ほっとした気配を感じた。

 その後は誰にも邪魔されることなく、自室へ戻ることができた。
 すぐにアキをベッドに横たえ、イヤリングとブレスレットを外し、テーブルの上に置く。自分のイヤリングも外し、アキのイヤリングの隣に置いた。

 アキの服を脱がし、汗ばんだ身体をメリダが用意してくれたタオルで拭く。軽く、痛みがないように。左肩は、殊更優しく。
 そしていつもの寝間着を着せたところで、果実水を飲ませた。

 …ここまでしても、アキは目覚めない。相当疲れていたのだろう。

 メリダは使ったものや衣服を片付けるために部屋を出ていく。
 俺はアキの寝息と体温を感じながら隣に寝そべり、アキに触れながら本を手に取る。
 穏やかな時間が過ぎる。
 最愛の人は眠ったままだが、夜になって熱は引き、顔色もいい。
 夕食の時間になっても目覚めることはなかった。俺自身は軽く食事を済ませ、アキが目覚めたときにすぐ食べることができる果物類をテーブルの上に用意してもらった。

 時々、アキの口元が笑みの形を取る。
 何か、いい夢を見ているのか。その寝顔を見ていると、それだけでも癒やされる。

 夜も更けたが、アキが目覚める様子はない。
 時折果実水を飲ませているが、喉は鳴らしても瞼は上がらなかった。
 部屋の明かりを落とし、アキを腕の中に抱き込むと、アキの口元が緩み、俺の胸元に額を押し付けてくる。
 無意識のその行動が堪らなく可愛らしい。
 これ以上熱が上がらないよう祈りながら、頭に口づけを落とし、目を閉じた。


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