210 / 560
第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
50 望まぬ遭遇 ◆クリストフ
しおりを挟む声の主など、見なくともわかる。
足を止めるつもりはない。
話を聞く価値もないのたから。
「お、お待ち下さい……!クリストフ殿下…!!」
その声の主は必死のようで、俺の目の前まで小走りで近づいてきた。
わざわざ俺の進路まで妨害してくるか。
腕の中のアキを抱き直す。
…服越しでも体温がまた上がり始めているのがわかる。
「…何用でしょうか、デリウス宰相殿」
「む、娘の事でございます……!殿下!!」
こんな、誰が聞いてるともわからない廊下で、ぐったりした婚約者を腕に抱いている俺に話かける内容のものではない。
「失礼。私の婚約者が体調を崩しておりますので」
暗に、話すことなどなにもないと伝え歩き始めるが、それを遮るように、宰相は再び俺の前に立つ。
俺の背後で、メリダから不穏な気配がしてきた。ああ、あからさまに怒っている。俺も、同じだが。
「殿下、話を聞いてください…!」
「話すことなど何もありませんが」
周囲が少しざわめき始めた。
それもそうだろう。
まだ宰相である公爵が、こんな廊下で俺を呼び止め、娘のことを喚き散らしているのだから。
「何故、私の娘が辺境の教会などに幽閉されなければならないのですか…!?娘は、殿下の……っ」
……ああ。苛々する。
一刻も早くアキをベッドに寝かせたいのに。
「貴殿は、ご令嬢がどんな罪を犯したのか、ご存じないのか」
「それはっ」
「首を撥ねられても仕方のないことだというのに、生かされているこの現状。貴殿の地位を鑑みた寛大な処置だと思うが」
「………っ」
「納得行かないというのであれば、今一度ご令嬢に、何を企み、何をしたのか、尋ねてみればいい」
「ですが、殿下…!」
「私の婚約者はここにいるアキだけだ。陛下もお認めになられた唯一の存在だ。貴殿の娘は、アキを害するだけの存在でしかない。私が言えるのはこれだけだ。失礼する」
無意味だ。
この男との、会話全てが。
呆然と立ち尽くす宰相の横を通り抜け、部屋へと急いだ。
宰相がその地位も立場も失っていないのは、今回の西の一件が、令嬢であるヘルミーネが単独で引き起こしたことだとわかっているからだ。
娘は辺境の教会へ生涯幽閉。父親には注意のみで咎めなし。……十分寛大な措置だ。まあ、間もなく宰相の立場は、ヴォルタール公爵に引き継がれるだろうが。
正直、甘すぎる処置だと自嘲する。
アキを殺すための計画。それに嵌り、失いかけた命。
そんな計画を企てた人物を、生かしておく必要があるというのだろうか。殺しても殺し足りない。いっそ、アキと同じように魔物に喰わせようかとも思ったほどに。
考えれば考えるほど、腸が煮えくりかえる。それほどの、憎悪と怒り。
「殿下」
メリダの毅然とした声が耳に届いた。
「怒気をお沈めください。皆が怯えておりますよ。アキラさんにも影響してしまいます」
「メリダ」
「お怒りはごもっともです。ですが、ここでは抑えてください。アキラさんのためにも」
改めて腕の中のアキを見た。
その表情がどこか苦しげで、眉間にはくっきりと溝ができている。
「アキ……」
胸の中にあふれていた憎悪が薄れていく。
アキの額にそっと唇で触れれば、その表情は穏やかなものになった。
「アキ…愛してる」
メリダから、ほっとした気配を感じた。
その後は誰にも邪魔されることなく、自室へ戻ることができた。
すぐにアキをベッドに横たえ、イヤリングとブレスレットを外し、テーブルの上に置く。自分のイヤリングも外し、アキのイヤリングの隣に置いた。
アキの服を脱がし、汗ばんだ身体をメリダが用意してくれたタオルで拭く。軽く、痛みがないように。左肩は、殊更優しく。
そしていつもの寝間着を着せたところで、果実水を飲ませた。
…ここまでしても、アキは目覚めない。相当疲れていたのだろう。
メリダは使ったものや衣服を片付けるために部屋を出ていく。
俺はアキの寝息と体温を感じながら隣に寝そべり、アキに触れながら本を手に取る。
穏やかな時間が過ぎる。
最愛の人は眠ったままだが、夜になって熱は引き、顔色もいい。
夕食の時間になっても目覚めることはなかった。俺自身は軽く食事を済ませ、アキが目覚めたときにすぐ食べることができる果物類をテーブルの上に用意してもらった。
時々、アキの口元が笑みの形を取る。
何か、いい夢を見ているのか。その寝顔を見ていると、それだけでも癒やされる。
夜も更けたが、アキが目覚める様子はない。
時折果実水を飲ませているが、喉は鳴らしても瞼は上がらなかった。
部屋の明かりを落とし、アキを腕の中に抱き込むと、アキの口元が緩み、俺の胸元に額を押し付けてくる。
無意識のその行動が堪らなく可愛らしい。
これ以上熱が上がらないよう祈りながら、頭に口づけを落とし、目を閉じた。
138
お気に入りに追加
5,496
あなたにおすすめの小説
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
愛され末っ子
西条ネア
BL
本サイトでの感想欄は感想のみでお願いします。全ての感想に返答します。
リクエストはTwitter(@NeaSaijou)にて受付中です。また、小説のストーリーに関するアンケートもTwitterにて行います。
(お知らせは本編で行います。)
********
上園琉架(うえぞの るか)四男 理斗の双子の弟 虚弱 前髪は後々左に流し始めます。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い赤みたいなのアースアイ 後々髪の毛を肩口くらいまで伸ばしてゆるく結びます。アレルギー多め。その他の設定は各話で出てきます!
上園理斗(うえぞの りと)三男 琉架の双子の兄 琉架が心配 琉架第一&大好き 前髪は後々右に流します。髪の毛の色はご想像にお任せします。深い緑みたいなアースアイ 髪型はずっと短いままです。 琉架の元気もお母さんのお腹の中で取っちゃった、、、
上園静矢 (うえぞの せいや)長男 普通にサラッとイケメン。なんでもできちゃうマン。でも弟(特に琉架)絡むと残念。弟達溺愛。深い青色の瞳。髪の毛の色はご想像にお任せします。
上園竜葵(うえぞの りゅうき)次男 ツンデレみたいな、考えと行動が一致しないマン。でも弟達大好きで奮闘して玉砕する。弟達傷つけられたら、、、 深い青色の瞳。兄貴(静矢)と一個差 ケンカ強い でも勉強できる。料理は壊滅的
上園理玖斗(うえぞの りくと)父 息子達大好き 藍羅(あいら・妻)も愛してる 家族傷つけるやつ許さんマジ 琉架の身体が弱すぎて心配 深い緑の瞳。普通にイケメン
上園藍羅(うえぞの あいら) 母 子供達、夫大好き 母は強し、の具現化版 美人さん 息子達(特に琉架)傷つけるやつ許さんマジ。
てか普通に上園家の皆さんは顔面偏差値馬鹿高いです。
(特に琉架)の部分は家族の中で順列ができているわけではなく、特に琉架になる場面が多いという意味です。
琉架の従者
遼(はる)琉架の10歳上
理斗の従者
蘭(らん)理斗の10歳上
その他の従者は後々出します。
虚弱体質な末っ子・琉架が家族からの寵愛、溺愛を受ける物語です。
前半、BL要素少なめです。
この作品は作者の前作と違い毎日更新(予定)です。
できないな、と悟ったらこの文は消します。
※琉架はある一定の時期から体の成長(精神も若干)がなくなる設定です。詳しくはその時に補足します。
皆様にとって最高の作品になりますように。
※作者の近況状況欄は要チェックです!
西条ネア
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
俺の義兄弟が凄いんだが
kogyoku
BL
母親の再婚で俺に兄弟ができたんだがそれがどいつもこいつもハイスペックで、その上転校することになって俺の平凡な日常はいったいどこへ・・・
初投稿です。感想などお待ちしています。
最強S級冒険者が俺にだけ過保護すぎる!
天宮叶
BL
前世の世界で亡くなった主人公は、突然知らない世界で知らない人物、クリスの身体へと転生してしまう。クリスが眠っていた屋敷の主であるダリウスに、思い切って事情を説明した主人公。しかし事情を聞いたダリウスは突然「結婚しようか」と主人公に求婚してくる。
なんとかその求婚を断り、ダリウスと共に屋敷の外へと出た主人公は、自分が転生した世界が魔法やモンスターの存在するファンタジー世界だと気がつき冒険者を目指すことにするが____
過保護すぎる大型犬系最強S級冒険者攻めに振り回されていると思いきや、自由奔放で強気な性格を発揮して無自覚に振り回し返す元気な受けのドタバタオメガバースラブコメディの予定
要所要所シリアスが入ります。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる