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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
31 王太子の婚姻式に女神が降臨された ◆*****
しおりを挟むその日、王都にある神殿にて、エルスター王国の王太子殿下の婚姻式が執り行われた。
この佳き日に、王国中の高位貴族から下位貴族まで、全ての貴族たちが集まっていた。
他国からの来賓も多い。驚くことに、王族が直接出向くほどだ。
貴族たちはこの祝の席で、人脈を広げることに余念がない。まあ、それは然るべきこと。下位貴族である私でさえ、有力な相手と縁を結びたい野心を持って参加しているのだから。
「それにしても、26歳で婚姻とは…。陛下がまだご健勝でいられるとは言っても、流石に遅いのではないか」
「第二王子殿下の影響もあるのだろが」
「ああ。第二王子派は、未だに諦めていないようだな?」
「馬鹿馬鹿しい。殿下は成人の誓いに際して、すでに王太子殿下に忠誠を捧げているというのに」
……数人の貴族たちの、声を潜めた噂話。
派閥争いはいつの時代にも存在する。兄弟がいればなおのこと。
互いに蹴落とすための材料を揃えるために、足を引っ張り合うことしばしばあることだ。
第二王子に関しては、下位も下位の貴族である私のもとにまで、様々な噂話が届く。
子供を囲っているだとか、男娼を相手にしているだとか、仕事もせずに部屋に籠もっているだとか、遠征に出ても男娼と睦み合うばかりで全て部下任せだとか。そうかと思えば、魔法師の青年を婚約者として迎えたとか、公爵家の令嬢と婚約したとか。まあ、それはそれは、適当な噂話ばかり。
「今回の遠征から戻ってきてから、しばらくの間部屋から出なかったらしいな」
「ご婚約者殿と睦み合っていたとか」
「……我が国の誇る最高峰の剣の使い手である殿下が…。随分と腑抜けてしまったようだ」
噂話を、さも見てきたかのように語る貴族たち。
真偽の程は自分の目で確認しなければわからないのに。
そんな、貴族たちの止めどない噂話は、第二王子殿下が礼拝堂に入ってきたことで終わりを告げる。
「……」
殿下の姿を見て、一瞬呆けてしまった。
漆黒の礼服に身を包んだ殿下は、宝物を抱えるように、黒髪の人物を抱きかかえていた。
その人物は碧いローブを着ているようだったが、顔までは見ることができなかった。
「このような場でも慎みを持たないのか…」
「神聖な儀式を何だと…」
方方からの囁き。
……殿下の瞳がざっと礼拝堂内を見渡したことに、気づいていないのか。
殿下が腑抜けた?…それは間違いだ。むしろ眼光は鋭く、以前よりも凄みを増している。何故あの殿下を見て腑抜けた、などと、思うことができるのだろうか。
腕の中の人物は噂の婚約者だろうか。
魔法師の青年なのか、公爵家の令嬢なのか。あのローブは記憶違いでなければ魔法師の正装のそれだろう。では、前者が正しいのだろうか。
殿下がいらしたことで、あからさまな噂話は鳴りを潜めた。
よく見ていると、殿下とご婚約者と思しき人物は、神殿長と親しげに会話をしているようだった。
そしてようやく、その人物の顔を見ることができた。
「……」
思わず見惚れてしまった。
殿下と二人、優しく微笑み合う。
その微笑みは酷く儚く目に写った。
青年…というよりは、少年のような容姿。
……もしかして、あの噂話は、全てこの少年のことを言っていたのではないだろうか。とてもじゃないが男娼には見えない。子供にも見えない。
ざわざわと、その少年を貶めるような小声の呟きが聞こえる。大半の貴族たちは、あの少年を認めたくないらしい。疑問に思えるほどに頑なな態度だ。
だが、そのざわめきも、陛下の到着によって静まり返った。
貴族たちはすぐに礼をする。私も例外ではない。
陛下はそんな貴族たちの間を通り抜け、殿下たちの方に自ら向かわれた。
少年は殿下の腕の中から降りると、すぐに礼をとった。それはとても優雅で、美しい振る舞いだった。
そこでかわされた言葉に、陛下がその御手を少年に差し出したことに、貴族たちが息を呑む。
……やはり、噂など、信用できない。
彼は魔法師であり、陛下が心を向けるほどに信頼を得ている存在。
そして、彼は先の討伐において怪我を負ったらしい。だからこその、抱きかかえての入場か。帰城後に殿下が部屋から出なかったのは、彼の怪我のため?…それならば納得できるし、どんな噂話よりも信憑性があった。
それから間もなくして式が始まった。
私の意識は王太子殿下に移り、第二王子殿下と彼の方は見ていなかった。
婚姻式は仕来たりに則って進んでいく。
王太子殿下とヴォルタール公爵令嬢の宣誓の言葉。若い二人らしい、国を思う素直な言葉だった。
「祝福を――――」
神殿長がそう宣言すると、椅子に座っていた彼が、殿下の手を借りて立ち上がった。
一歩前に出た彼らは、王太子殿下たちに向かって祝福の祝詞を唱える。
神官位も所持している第二王子殿下。
掲げた手から、祝福の光が舞い上がる。
そして私は――――女神を見た。
『「祝福の、贈り物をーーーー」』
殿下の右手に支えられるように掲げられていた少年の左手はそのままに、胸元で握りしめられていた少年の手は、二人の重なった祝福の言葉とともに広げられ、天を向く。
その瞬間、少年の手のひらから、光り輝く蝶や花が舞い踊った。
先に顕現していた祝福の光とともに、その輝く蝶と花は会場を満たしていく。
神々しく、幻想的。
方方から上がるのは、非難の声ではない。感嘆の溜息ばかり。
その光たちは輝きばかりではなかった。優しいぬくもりを宿し、会場内の者たちへ安らぎすら与えてくれるものだった。
『――――――――』
その光の中、くすくすと笑う声が聞こえた気がした。
けれど、私の周囲に、そんな笑い声を出している者はいない。
惹かれるままに少年に視線を移したとき、体がかたまった。
出で立ちは何も変わらない。
けれど、ふわりと舞う髪に、別の色が重なって見える。瞳は畏怖を覚えるほどの金色に輝いていた。
「………女神様」
気がつけばそう呟いていた。
ありえないのに。
誰もが言葉を失う中、式の終わりが告げられる。
光たちは歩く公爵令嬢のヴェールをふわりと揺らし、そこにまといつく。
……綺麗だ。
これほどまでの奇跡に満ちた婚姻式は、今まであっただろうか。
気になって少年の方を見たが、彼らの姿はそこにはなかった。
それを残念に思いながら、この後の昼餐会で話しかけてみようかとも画策する。
けれど、そんな機会は得られなかった。
昼餐会には、殿下と少年の姿はなかったのだ。
婚姻式での最後の出来事は、昼餐会でも話題の中心になっていた。
他国の王族の関心も引いたようで、陛下や王太子殿下に探りを入れているようにも見えた。
私はなんと素晴らしい瞬間に立ち会えたのだろう。
不思議と、殿下やその婚約者についての悪い話は聞かなくなった。
まるで、心の中がまるごと浄化されたような、そんな気分で。
今日この佳き日。
この婚姻式が王国史に『奇跡』として残る。
王太子殿下は女神に祝福され奇跡を授かった、と――――。
**********
6/19
ギルベルトの年齢間違ってたよー…。
修正しました。
26歳になりました。
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