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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
29 礼拝堂で
しおりを挟む本当は、今日この日までに、自分で歩けるようになりたかった。
お城から、神殿まで。そんなに長い距離じゃない。
でも、クリスは反対したし、ラルフィン君も俺の味方にはなってくれなかった。
ならせめて、式の間は自分でしっかり立っていたい、って我儘を通した。クリスは眉間にシワを寄せながら、椅子に座っていてほしいって何度も言ってきたけど。基本皆が立ったまま参列するのに、俺だけが椅子に座るのは、やだ。同じがいい。
少し乱れた髪と化粧を、メリダさんが手早く整えてくれる。
支度の終わった俺を、クリスは髪や服に気をつけながら、ゆっくりと抱き上げる。
俺は、動かない左手を右手で抑えていて、クリスの腕が安定してから、自分の体の上に乗せておく。それから、右手でクリスの胸元を軽く握る。……この礼服、飾りもたくさんついてて、しがみつくにも気を使うよ…。
「いってらっしゃいませ」
「ああ、行ってくる」
「行ってきます!」
微笑んだメリダさんが見送ってくれる。
部屋を出れば、いつものオットーさんとザイルさんコンビ。式には参加しないけど、礼拝堂前で待機するみたい。
クリスは特に何も言わずに、廊下を進む。二人も心得ているようで、無言で後ろについていた。
外に出ると、気持ちのいい陽の光に包まれる。
まだ午前中だから、それほど暑くはない。
式は午前中。
終了後、来賓も含めての昼餐会を城内で開いて、午後からは城下町をお兄さんとティーナさんが巡るらしい。結婚お披露目パレードだね。だから、天気がいいのは、とてもいいこと。
城下町も、今日は一日お祭り騒ぎだそうだ。ちょっと行ってみたかった。
結婚式は、神殿の礼拝堂で行われる。
今日だけは、一般の拝礼はできないそうだ。まあ、仕方ない。
国王陛下を始めとして、各国の来賓(貴族だけじゃなくて、王族も来てるのだそうだ)も大勢集まっているから、神殿周囲の警備体制も半端ない。
ざっと見ただけでも、何人もの兵士さん(近衛騎士らしい)が、神殿の周囲を警戒しながら囲んでいた。
ちなみに、他のクリス隊の皆さんも、各所に散らばって配属されてるみたい。
神殿に入るとき、特に呼び止められない。まあ、当然か。第二王子の顔を知らない近衛騎士なんていないだろうし。
入り口から礼拝堂の入り口までの間には、沢山の花が飾られていた。
礼拝堂の入口近くにも、近衛騎士さん(ちなみに、制服で判断してるけど、間違ってないはず…)が二人、警備に立っていた。その二人はクリスを見ると、すぐに敬礼する。
オットーさんとザイルさんは、クリスが礼拝堂の扉に手をかけると、そこで立ち止まり、頭を下げた。
開いた扉の向こうは、この間訪れた礼拝堂とは雰囲気が違ってた。
恐らく、人の多さと、その為のざわめきの大きさのせいだと思うけど。
礼拝堂の中に入って正面に、優美な女神様の像。どこか微笑んでいるように見える。
それから、クリスが中に入ったことで、視線が一気に集まってくる。
いたたまれない。
聞きたくなくても聞こえてきてしまう言葉の中には、「恥知らずな」とか「ここをどこだと…」……っていうような、小さな声が混ざる。
……ああ、聞きたくない。
どうして人の悪意は聞き取りやすいんだろう。あと、クリスのことを褒める女性の声も。だめですよ。クリスは俺のですから!
むすっと口元が歪んでたと思う。
胸元を握る手にも力が入ってたけど、クリスは、ふふって笑う。甘くて蕩けるような瞳で見つめられて、気分は浮上していくけど。俺、単純だから。
それから何人かクリスに声をかけてきた。挨拶程度だけど。
その度に、どこぞの国の第○王子だとか、王太子殿下だとか、王女だとか、宰相だとか色々紹介されたけど、うん、ごめんなさい。一つも頭に入ってこない…。ほんとごめんなさい。もうちょっと体調落ち着いたら、他の国のことも勉強するので許してください。
他国からの来賓の方々は、あからさまな嫌味のような視線も言葉も投げてこない。嫌味や皮肉でもなんでもなく、「クリスと結婚したい」「側妃に娘をどうか」と自薦他薦してくるんだよ。直球でね!俺の存在を蔑ろにされてるわけではなくて、俺とも仲良くできると思うとか、そんな感じで。今までにない新手の攻撃を受けまくった。
影でコソコソ言われるのはいやだけど、直球勝負も困る。
クリスはそんなお誘いを笑顔で全て断り、その波から抜け出た。
…ちょっと、機嫌悪くなってる。大丈夫かな。
「クリス?」
「俺はアキ以外いらない」
「ふふ……うん。わかってる」
はにかみながら応えたら、クリスの瞳が緩んだ。
機嫌の戻ったクリスが神殿長さんに話しかけて、なんだか流れで俺が椅子に座ることを了承させられてしまった。花嫁さんを引き合いに出すなんてずるいぞ……神殿長さん!!
俺の周りは過保護な人が多い…って口を尖らせていたら、礼拝堂の中が静かになった。
周りを見たら、貴族らしき人たちが膝を付き頭を垂れている。
その中を悠然と歩いてくるのは、国王陛下。そして陛下の後ろには、会いたくない人物――――デリウス宰相がついてきてた。
その人を見た瞬間、顔がこわばるのは……仕方ないよね。クリスの雰囲気も少し硬くなる。
陛下は周囲に軽く声をかけながら、俺達の方に向かってくるようだった。
神殿長さんも軽く頭を下げ、陛下は軽く頷くだけの返しをする。
そして、視線が合ってしまう。
俺は内心滅茶苦茶ため息を付きながら、クリスの腕を軽く叩いた。クリスはすぐに気づいてくれて、俺をそっと降ろしてくれる。
そして、俺達の目の前に来た陛下に、覚えたこの国の最上の礼を取る。視界に宰相を入れないように。
「アキラ殿、久しぶりだな」
「はい、国王陛下。長くご挨拶もせず申し訳ありません」
夕食会以来だ。
本当なら、遠征のあとの報告にも行かなければならなかったのに。
…そもそも、陛下に、自ら足を運ばせてる段階で色々だめだけど。
「構わない。討伐の件も怪我のことも、全て息子たちから報告を受けている。立ってはくれないか」
俺に向かって、陛下は左手を差し伸べてくれた。…それって、右手で取れ、ってことだよね。報告の中には、きっと俺の左肩の怪我も含まれてたんだろうな。
こういう場面で、陛下自ら手を差し伸べてくるこの状況もとんでもないと思うけど。そりゃね、貴族の方々もざわめくよね。
差し出された手を無視するのもいかがなものかと思い、嫌じゃないし、そもそも、陛下はクリスのお父さんなわけだし、俺は深く考えずに微笑みながらその手に右手を重ね、立ち上がった。
「ありがとうございます」
「礼を言うのは我々の方だ。此度の討伐、よくやってくれた。ワイバーンのような危険な魔物の排除ができたのは、そなたの力があってこそ。素晴らしい功績だ」
また功績って言われちゃったよ。俺、足止めと怪我しかしてないんですけど。
「怪我の程も聞いておる。顔色は…以前とあまり変わらないな?」
「はい。最近、少しずつ食べられる量も増えてきましたので」
「……生死の境をさまよっていたと。よく、戻られた」
陛下の瞳は、本当に俺のことを心配してくれていたものだった。
その声は礼拝堂の中に静かに響いていた。低く、とても、心が暖かくなる声。
「アキラ殿ほどの優れた者をクリストフの婚約者として迎えることができたことを、私は嬉しく思う。今後も力を貸してほしい」
嘘偽りのない、陛下の言葉。結婚すると決めた相手の父親からの祝福の言葉。
嬉しくないはずがない。
「ありがとうございます。私にできることならば、全力でお力になります、陛下」
だから俺も。
俺にできることがあるなら、全力で。
でも、これだけはごめんなさい。
俺が守るのはクリスだけだから。クリスから請われたら、なんだって出来そうな気はするけど。
陛下は俺の答えに満足そうに微笑み、ちょっと鋭くなった視線をクリスに向けた。
「クリストフ、無理はさせないように」
クリスの方に、自然と右手を誘導されながら。
「心得ております」
陛下から俺の右手を受け渡され、クリスは痛くないくらいの強さでぎゅっと握ってくれた。
そして二人揃って礼を取り、また表情を緩ませた陛下が頷き、神殿長さんと言葉をかわしている間に、俺はクリスに抱き上げられて、その場から数歩下がった。
「……はぁ。緊張した」
「堂々としていたが」
「心臓が口から飛び出るかと思ってたよ…」
ため息混じりで言葉にしたら、クリスは俺の胸元に耳を当ててきた。
「……どっきどきでしょ?」
くすくす笑うクリス。
高らかに神殿の鐘が鳴り響くまで、俺はクリスの腕の中で彼の体温に包まれていた。
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