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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。

21 やりなおしお茶会③ ◆クリストフ

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 アキが楽しそうに笑う。

「その頃のクリストフは、本当に可愛かったんだよ。いつも私の後ろをついて回って」
「………」
「『あにうえ』って、舌っ足らずで。自分の足に足を引っ掛けて転んで大泣きしたり」
「………兄上」
「ほんと。あの頃の可愛さはどこに行ったんだろう」
「……俺、見たかった」

 何故こんな話になったんだろうか。
 アキが聞きたがったし、楽しそうだし、よく笑うし、別に悪いことじゃない。けれど、なんだろうか。情けなさがこみ上げてくる。

「……クリスも、子供時代ってあったんだね……」
「アキ…」
「俺も、子供の時から会いたかった……、って、駄目だ」
「ん?」
「クリスと5……6歳?離れてるから、子供の頃に会えてても、自分の足に引っかかって転んじゃうクリスには会えないよ……」
「あのな…」
「うーん…、クリストフが6歳ころ?そうだね。その頃にはあまり笑わない子供だったかなぁ」

 昔を懐かしむような表情を兄上が見せた。
 その様子を見ていたフロレンティーナ嬢が、口元に運んでいたカップを止めて、俺を見てくる。

「私がクリストフ殿下に初めてお会いした時は、全く笑わない第二王子殿下でした」
「え」

 彼女の言葉に、アキが変な声を上げた。
 彼女はそんなアキの様子に、笑い出す。

「冷徹、とか、氷のような、とか、そんな風に令嬢の間では言われてましたね」
「……それ、ほんとにクリス?」
「間違いなく」
「嘘だぁ……」

 アキが俺とフロレンティーナ嬢を交互に見て呟く。

「それでもご令嬢の方々の間ではかなりの人気でしたし、貴族の間でも評判は高かったんですよ。……でも、ギルベルト様と婚約した私でさえ、殿下の笑うところは見たことがなくて。……だから、あのお食事会のときは、本当に驚きました。ギルベルト様から『驚くと思うよ』って言われてたのですが、本当に驚いてしまって」
「クリストフがあまり笑わなかった、っていうのは本当だよ、アキラ。だから、タリカで二人並んでいるのを見たとき、本当に驚いたんだ。クリストフの顔が正視できないくらい緩んでて……」

 正視できないほど…っていうのは言いすぎじゃないだろうか。そんなにひどい顔していたのか?
 …まあ、あの時からアキに対して独占欲は持っていたし、何より手放したくないと思っていたし。否定はしないが言い方っていうものがあるだろう…。
 アキが呆れてないか心配になり顔をよく見たが、何故か嬉しそうに頬を赤らめていたから、問題は……ない、はず。

「だから、改めてありがとう、アキラ。アキラが来てくれたおかげで、クリストフがまた笑うようになったから」
「私もアキラさんに会えて嬉しいです。もっと会える時間が欲しいですけど」
「俺も!」
「駄目ですか…?」
「駄目…?」

「「う」」

 アキが潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
 ……本当なら駄目と言いたい。
 けれど、俺はこの瞳に弱い。……それは、兄上も同じで。

「「……仕方ない」ね」

 どうしたって敵わない。
 俺と兄上の諦めのため息混じりの言葉に、アキとフロレンティーナ嬢は、嬉しそうに笑いあった。
 本当に仕方ない。
 他の令嬢相手なら絶対に許可などしない。けれど、彼女が相手だとそこまでの嫉妬心は湧いてこない。……俺が、フロレンティーナ嬢のことを、信頼しているということなんだろう。

 それからもアキは楽しそうに会話を続ける。メリダが取り分けた菓子は、小さめの一口大にしてアキの口元に運んだ。
 普段からは考えられないくらいの時間、アキは話し続けた。体力も体調も万全ではない。これほど長い時間、横にもならず過ごすのは、久しぶりだ。
 まだいいだろう…と思っていたが、アキが食べなくなった。茶も飲んでいない。楽しげな表情は変わらないが、若干呼吸が早い。項には汗が浮かんでいる。
 楽しそうなアキを、黙って抱き上げ、膝の上に座らせた。無意識なのか、ぐったりと身体を預けてくる。

「メリダ、果実水を」
「…はい」

 メリダも気づいているのだろう。それでも、楽しげなアキを見て言い出せないというところか。
 口付け唾液を飲ませれば、少しは楽になるだろうが、現状では難しい。
 果実水の入ったグラスを口元に運べば、ゆっくりと飲み込んでいく。
 もう少し、もう少し…と思っていたが、アキの手に触れたとき、あまりの熱さに息を呑んだ。
 自分の体調にも気付けないほど楽しいのか、笑顔が耐えない。
 フロレンティーナ嬢は何も気づいていない様子だが、兄上の視線が俺に向いてくる。

「兄上、フロレンティーナ嬢、そろそろ」

 アキの頬に手を添える。
 吐息が熱い。
 アキは特に苦言もなく二人と言葉を交わした。
 俺は兄上に僅かに視線を流し、その場を辞する。

 部屋に戻り、必要なものを至急手配した。
 メリダもだが、オットーも気づいていたようで行動は素早い。

 ベッドに寝かせてから、アキの体調は急激に悪化した。張っていた気が緩んだせいだろう。呼吸は浅く速く、ガタガタ震えだす。
 何度も口付け、果実水も飲ませた。
 うとうとしかけた頃に、ラルが部屋の中に飛び込んでくる。それにまた笑顔で応じていたが、意識を落とすように眠り始めた。

「何かあったんですか?」
「兄上と兄上の婚約者殿と茶会をしてただけだよ」
「…ああ。そっか。楽しかったんですねアキラさま」
「ずっと笑顔だったから。戻るのが遅くなった」
「でも、殿下の魔力と癒やしの力が巡ってますし、それほど心配することはないと思いますよ。憑物が落ちたような、清々しさも感じますし」

 ラルの言葉に、アキが紡いだ言葉を思い返す。
 本当に、呪いのような言葉だったのだろう。それがなくなり、アキの心の靄が晴れたということじゃないだろうか。
 それに、フロレンティーナ嬢のことも気に病んでいたようだし。それも、解消できたのだろう。

「王太子の婚姻式が五日後にある」
「ええ。神殿長さんから聞いてます」
「多分、アキは無茶をするから」

 ラルが笑い始めた。

「はい。わかってます。その日はちゃんと神殿に待機しますから」
「頼む」
「はい」

 アキと出会って笑うようになったと言われた。俺も自覚はしている。それに、こんな風に他人を頼るなど、今まではなかった。全て、自分でどうにかしてきたから。
 ……これも、アキに出会って変わったこと、だな。

「アキ…」

 眠る頬を撫でる。
 少しだけ、熱は下がったようだ。

「殿下は変わりましたね」
「…そうだな」
「僕が殿下にお会いしたあの頃の寂しそうな笑顔より、今アキラさまを心配して見つめてる顔の方が、幸せそうです」
「そうか」

 自然と、口元に笑みが浮かぶ。

「……アキの存在自体が俺の幸福そのものだよ」

 ラルが微笑むのがわかる。
 俺も笑ったまま、眠るアキの額に口付けた。


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