181 / 560
第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
21 やりなおしお茶会③ ◆クリストフ
しおりを挟むアキが楽しそうに笑う。
「その頃のクリストフは、本当に可愛かったんだよ。いつも私の後ろをついて回って」
「………」
「『あにうえ』って、舌っ足らずで。自分の足に足を引っ掛けて転んで大泣きしたり」
「………兄上」
「ほんと。あの頃の可愛さはどこに行ったんだろう」
「……俺、見たかった」
何故こんな話になったんだろうか。
アキが聞きたがったし、楽しそうだし、よく笑うし、別に悪いことじゃない。けれど、なんだろうか。情けなさがこみ上げてくる。
「……クリスも、子供時代ってあったんだね……」
「アキ…」
「俺も、子供の時から会いたかった……、って、駄目だ」
「ん?」
「クリスと5……6歳?離れてるから、子供の頃に会えてても、自分の足に引っかかって転んじゃうクリスには会えないよ……」
「あのな…」
「うーん…、クリストフが6歳ころ?そうだね。その頃にはあまり笑わない子供だったかなぁ」
昔を懐かしむような表情を兄上が見せた。
その様子を見ていたフロレンティーナ嬢が、口元に運んでいたカップを止めて、俺を見てくる。
「私がクリストフ殿下に初めてお会いした時は、全く笑わない第二王子殿下でした」
「え」
彼女の言葉に、アキが変な声を上げた。
彼女はそんなアキの様子に、笑い出す。
「冷徹、とか、氷のような、とか、そんな風に令嬢の間では言われてましたね」
「……それ、ほんとにクリス?」
「間違いなく」
「嘘だぁ……」
アキが俺とフロレンティーナ嬢を交互に見て呟く。
「それでもご令嬢の方々の間ではかなりの人気でしたし、貴族の間でも評判は高かったんですよ。……でも、ギルベルト様と婚約した私でさえ、殿下の笑うところは見たことがなくて。……だから、あのお食事会のときは、本当に驚きました。ギルベルト様から『驚くと思うよ』って言われてたのですが、本当に驚いてしまって」
「クリストフがあまり笑わなかった、っていうのは本当だよ、アキラ。だから、タリカで二人並んでいるのを見たとき、本当に驚いたんだ。クリストフの顔が正視できないくらい緩んでて……」
正視できないほど…っていうのは言いすぎじゃないだろうか。そんなにひどい顔していたのか?
…まあ、あの時からアキに対して独占欲は持っていたし、何より手放したくないと思っていたし。否定はしないが言い方っていうものがあるだろう…。
アキが呆れてないか心配になり顔をよく見たが、何故か嬉しそうに頬を赤らめていたから、問題は……ない、はず。
「だから、改めてありがとう、アキラ。アキラが来てくれたおかげで、クリストフがまた笑うようになったから」
「私もアキラさんに会えて嬉しいです。もっと会える時間が欲しいですけど」
「俺も!」
「駄目ですか…?」
「駄目…?」
「「う」」
アキが潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
……本当なら駄目と言いたい。
けれど、俺はこの瞳に弱い。……それは、兄上も同じで。
「「……仕方ない」ね」
どうしたって敵わない。
俺と兄上の諦めのため息混じりの言葉に、アキとフロレンティーナ嬢は、嬉しそうに笑いあった。
本当に仕方ない。
他の令嬢相手なら絶対に許可などしない。けれど、彼女が相手だとそこまでの嫉妬心は湧いてこない。……俺が、フロレンティーナ嬢のことを、信頼しているということなんだろう。
それからもアキは楽しそうに会話を続ける。メリダが取り分けた菓子は、小さめの一口大にしてアキの口元に運んだ。
普段からは考えられないくらいの時間、アキは話し続けた。体力も体調も万全ではない。これほど長い時間、横にもならず過ごすのは、久しぶりだ。
まだいいだろう…と思っていたが、アキが食べなくなった。茶も飲んでいない。楽しげな表情は変わらないが、若干呼吸が早い。項には汗が浮かんでいる。
楽しそうなアキを、黙って抱き上げ、膝の上に座らせた。無意識なのか、ぐったりと身体を預けてくる。
「メリダ、果実水を」
「…はい」
メリダも気づいているのだろう。それでも、楽しげなアキを見て言い出せないというところか。
口付け唾液を飲ませれば、少しは楽になるだろうが、現状では難しい。
果実水の入ったグラスを口元に運べば、ゆっくりと飲み込んでいく。
もう少し、もう少し…と思っていたが、アキの手に触れたとき、あまりの熱さに息を呑んだ。
自分の体調にも気付けないほど楽しいのか、笑顔が耐えない。
フロレンティーナ嬢は何も気づいていない様子だが、兄上の視線が俺に向いてくる。
「兄上、フロレンティーナ嬢、そろそろ」
アキの頬に手を添える。
吐息が熱い。
アキは特に苦言もなく二人と言葉を交わした。
俺は兄上に僅かに視線を流し、その場を辞する。
部屋に戻り、必要なものを至急手配した。
メリダもだが、オットーも気づいていたようで行動は素早い。
ベッドに寝かせてから、アキの体調は急激に悪化した。張っていた気が緩んだせいだろう。呼吸は浅く速く、ガタガタ震えだす。
何度も口付け、果実水も飲ませた。
うとうとしかけた頃に、ラルが部屋の中に飛び込んでくる。それにまた笑顔で応じていたが、意識を落とすように眠り始めた。
「何かあったんですか?」
「兄上と兄上の婚約者殿と茶会をしてただけだよ」
「…ああ。そっか。楽しかったんですねアキラさま」
「ずっと笑顔だったから。戻るのが遅くなった」
「でも、殿下の魔力と癒やしの力が巡ってますし、それほど心配することはないと思いますよ。憑物が落ちたような、清々しさも感じますし」
ラルの言葉に、アキが紡いだ言葉を思い返す。
本当に、呪いのような言葉だったのだろう。それがなくなり、アキの心の靄が晴れたということじゃないだろうか。
それに、フロレンティーナ嬢のことも気に病んでいたようだし。それも、解消できたのだろう。
「王太子の婚姻式が五日後にある」
「ええ。神殿長さんから聞いてます」
「多分、アキは無茶をするから」
ラルが笑い始めた。
「はい。わかってます。その日はちゃんと神殿に待機しますから」
「頼む」
「はい」
アキと出会って笑うようになったと言われた。俺も自覚はしている。それに、こんな風に他人を頼るなど、今まではなかった。全て、自分でどうにかしてきたから。
……これも、アキに出会って変わったこと、だな。
「アキ…」
眠る頬を撫でる。
少しだけ、熱は下がったようだ。
「殿下は変わりましたね」
「…そうだな」
「僕が殿下にお会いしたあの頃の寂しそうな笑顔より、今アキラさまを心配して見つめてる顔の方が、幸せそうです」
「そうか」
自然と、口元に笑みが浮かぶ。
「……アキの存在自体が俺の幸福そのものだよ」
ラルが微笑むのがわかる。
俺も笑ったまま、眠るアキの額に口付けた。
152
お気に入りに追加
5,486
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました
雪
BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」
え?勇者って誰のこと?
突如勇者として召喚された俺。
いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう?
俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる