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第6章 家族からも溺愛されていました。
3 俺の居場所
しおりを挟む目が覚めてからの数日間は、やたらと検査検査の連続だった。
その合間合間で、リハビリも始まった。
流石に五ヶ月もの間意識不明の寝たきり状態だったせいで、筋肉は落ちたし、とにかく痩せて力は出ないし、関節がギシギシ痛む。
最初は、移動はストレッチャー。ベッドとストレッチャーの間の移動は、看護師さん数人がかりでバスタオルで『よいしょ』と持ち上げられての水平移動。
動けないのが申し訳なくて、ついつい「すみません…」と謝ってしまう。その度に看護師さんに笑われる。それから、何度も「軽いからね」と言われる。「食べれるようになったらちゃんと戻るからね」って。
……ずっと寝たままで、痩せて、筋力落ちて、体力もない状態から、歩けるようになるまでが大変なのは……、わかってる。
あのときもそうだった。
寝てる時間のほうが多い状態から、起きてる時間が長くなるまでだって、結構かかった。
それから、ご飯を食べれるようになって、食事の量も増えて、でもずっと、クリスがいてくれて。
……じわっと、涙が滲んでくる。
目が覚めたら、クリスがいて。
おはよう、とか、体調は、とか。額へのキスと一緒に聞いてくれて。
「クリス……っ」
病室のベッドにいると、苦しくなる。
クリスのことばかり考えて、辛くなる。
母さんに頼んで、イヤリングと羽根飾りの入る小さな袋を用意してもらった。
その中に大切なその二つを入れて、常に持ち歩く。
どうしようもなく悲しくて辛くて寂しくなったら、それを胸元で握りしめて目を閉じる。
今の俺が、一人でできることは少ない。
両腕を少し動かすことと、寝返りをすることくらい。
自力で座ってることもできない。まして、立ち上がったりなんかもできない。
あの腕が支えてくれたら、少しは座っていられるのに。
自分で歩けなくても、あの腕に抱き上げられたら、どこにでも行けたのに。
「クリス……やだ……っ、さみし、い…っ」
ここは嫌だ。
傍に行きたい。
傍にいてほしい。
気づいたらいつも泣いてる。
枕に涙が吸い込まれて、ようやく自分が泣いてると自覚する。
何度も深呼吸して、「大丈夫」って言い聞かせる。
もしかして、本当に夢だったんじゃ……って思ってしまうときは、必ず袋の中を確認する。
クリスと俺の色の、二人だけのもの。
だから、現実だったんだ……って、ほっとする。
この、繰り返し。
俺が魔力を使い切って死んだのは、クリスの誕生日の日。秋の一の月……九月十五日。
俺が、病院のベッドの上で目覚めたのは、九月三十日。
少しずれた時間。
完全に一致してるわけじゃないのは、わかるけど。
一月の区切りも違うから。
でも、向こうで『死んで』から、俺は、どこかを彷徨っていた……気がする。
――――幸せになるんだよ
温かくて優しいしわしわの手が、俺の頭を撫でてくれた……ような。
――――お願いしてみるといい
誰に、お願いするんだっけ……?
思い出そうとすると白い霞のようなものが頭の中にかかって、うまく思い出すことができない。
…でも、あの手はばぁちゃんの手だった気がする。
そういえば、向こうにいる間、何度もばぁちゃんの夢を見てた。
思い出の中だったり、俺の話を聞いてくれたり、助言をくれたり。
それから、お別れの、話し、とか。
肝心なところが思い出せない。
けど、なんだか、それを思い出さなきゃならない気がしてならない。
でも、どうしてだろう。
どうしてばぁちゃんは女神様と繋がりがあるんだろう?
「…………?」
考えすぎなのか、頭が痛くなる。
なんでだろう。
本調子じゃないから、難しいこと考えると余計疲れるんだろうか。
あの世界との、クリスとの唯一の繋がりを胸に抱いて目を閉じる。
夢でもいいから。
クリスに会いたい。
目が覚めたら、きっと泣くけど。
でも、クリスに抱きしめられる夢が見たい。
「………クリス」
回復していない身体は眠りを要求してくるから、抗わずに。
夢を見たいと願いながら、眠りに身を委ねた。
気がついたら、別の世界にいた。
スライムに襲われて、助けてくれた人は王子様だった。
自信家で、強引で、でも優しくて。
いきなりキスされて、絆されて、好きになって、ずっと一緒にいたいって願うようになって。
俺のいちばん大切な人になった。
大事な人たちがたくさんできた。
俺のこと受け入れてくれる人がたくさんいた。
俺のことを嫌う人もいた。
ゲームのような剣と魔法の世界で、魔物に食われかかった。
死にそうになったけど、みんなが助けてくれた。
色んな人の思いが嬉しかった。
俺は異世界で一人だったけど、孤独じゃなかったし、寂しくもなかった。
その内、同じ日本の前世の記憶を持ってる人とも知り合えた。
懐かしいお米の料理も食べることができた。
………それから。
死ぬんだ、って思ったから。
クリスにお別れをした。
離れたくなかったけど。
俺の後を追おうとしてたクリスを止めた。
怒涛のような、まるで走馬灯のような夢だった。
……死ぬわけじゃないから、走馬灯、は、違うか。
目が覚めたら、枕が濡れてた。
枕元には母さんがいて、ゆっくり、俺の頭を撫でてくれていた。
ごめんね。
俺は、家族を選ばなかった。
クリスとずっと一緒にいたいって思ってしまった。
こんなに心配してくれていた母さんと父さんを、俺は選ばなかった。
でもきっと、同じことを繰り返しても、俺はクリスを選んでしまうと思う。
だって、心は向こうに置いてきたから。
俺は、クリスがいないと駄目だから。
「……ごめんなさい」
「なぁに?」
嫌なわけじゃないから。嫌いになったわけじゃないから。
でも、誰よりも、どんなことよりも、大切な人ができたから。
絶対。
クリスのとこに、帰るから。
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