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第6章 家族からも溺愛されていました。
2 繋がりが、あった
しおりを挟む涙が落ち着いてから、俺は、俺に起きたことを聞いた。
「おばあちゃんが倒れて、瑛に連絡したんだけど、中々連絡つかなくて」
「……そう、だ。俺、ゲームに夢中で、着信も何も気づかなくて……」
そうだ。あの日。
TRPG楽しんで、解散して、スマホの通知見て、ばあちゃんが倒れたって知って、呆然として、慌てて、赤信号に気づかなくて、急ブレーキの音と一緒にトラックに、撥ねられた。
……そして、気づいたら、むこうの、世界に、いて。
「すぐに手術を受けて、怪我はもう問題ないって言われて…、でも、瑛はずっと目を覚まさなくて…」
母さんが声をつまらせた。
父さんが母さんの肩を抱き寄せて言葉を続けた。
「何度か危篤状態になったんだ。…けど、そのたびに持ち直して。医者からは、次にまた同じような状態になったときに助かる可能性は低いと言われていた。…お前の意識が戻る可能性も、ほとんどない、と」
「……ここ数日で心音が弱くなってきてると言われてたの。覚悟してください、って……」
俺が事故にあったのは、四月。
そして今は九月の終わり…。
五ヶ月もずっと、このままだった?
……そんなはず、ない。
だって、俺は、クリスと――――
「良かった。お前の意識が戻って。本当に、良かった……っ」
父さんの声が震えた。
二人が俺に嘘を付く理由なんてない。
俺はここで、五ヶ月もの間眠り続けてた。
右手を、なんとか上げて、顔の前にかざした。
細い。
骨と皮だけ…とは言わないけど、かなり細い。
左手には入れ直された点滴。その先には、大きな袋と、小さな袋と、瓶みたいな点滴が繋がってる。
胸にはシールみたいなものが貼られてて、心電図を常に見られてる。
右腕には多分血圧計。
左手の指先に、よくわからないはめる道具がつけられていて、心音を刻むモニターに繋がってる。
それから………、陰部に妙な違和感がある。多分、管をいれられてるような…。意識がない状態での排尿管理のための医療道具なんだろうけど…。意識すると恥ずかしいな…、これ…。
それにしても。
…そっか。俺の現実なんだ。
ここが、俺の世界、で。
「……なんかね」
「うん」
「長い夢、見てたよ」
「そうなの?」
「うん。……すごく、すごく、しあわせな、ゆめ」
夢。
それが真実のはずなのに。
胸が痛い。
すごく、すごく、痛い。
こんなに鮮明に覚えているのに。
クリスの声
クリスの言葉
クリスの温もり
クリスの手
クリスの瞳
クリスの髪
クリスの笑顔
クリスの泣き顔
柔らかなキスも
激しい情交も
『アキ』
甘く呼ぶ声も
『お前が欲しい』
求められる声も
「……っ、やだ……っ」
「瑛?」
夢だったなんて、信じたくない。
俺の現実はここじゃない。
俺が過ごした五ヶ月は、ここじゃない。
あの世界で、あの国で、クリスの傍で過ごした五ヶ月だけが、俺の現実で。
「瑛…落ち着け。まだ混乱してるんだろう。少し眠りなさい」
父さんの大きな手が頭を撫でる。
「や……いやだ、ねむりたく、ない」
…もしかしたら、眠ったら、クリスに会える?
けど、もしそうだったら、クリスが俺の夢の中の存在だって認めてしまいそうになる。そんなのは、嫌だ。
何度も深呼吸を繰り返した。
少し、気分が落ち着いていく。
「………あ、ばぁちゃん、は、あのあと」
倒れて、その後のこと。
多分、聞かなくても、俺はわかってる。
なんでとかは、わからないけど。
でも、ちゃんと、確かめないと。
「おばあちゃんね、その日のうちに亡くなったわ。心臓を、患ってて」
「……そ、か」
ばぁちゃんに、さよなら、って言えなかった。今までありがとうって、言えなかった。見送りだって、できなかった。
また悲しくなってきて、目を泳がせた。何度も泣いてたら心配をかけてしまう。今まで散々心配をかけたのだと思うから…。
気持ちの整理なんて、簡単につくものじゃない。
どことなく見ていたとき、視界に青色のものが映った。
「…え」
ドクリ、と、胸が鳴る。
床頭台の上に置かれている物。
青い月長石と黒い宝石があしらわれた、俺とクリスの――――
「う、そ」
右手を伸ばしてそれを手に取った。
近くで見たら、間違いなくて。
俺の右の耳と、クリスの左の耳に飾られていた、一対のイヤリング。俺と、クリスの色の。
それから、あの日できたばかりの、聖鳥の羽根の飾り。褪せることのない、薄い桃色がかった銀色の綺麗な羽根の。
「ああ、そのアクセサリー。貴方が目覚めた時に握り締めていたみたいで。貴方が混乱して暴れたあと、看護師さんが気づいてくれたのよ。誰かお見舞いに来てくれたのかしら…?……瑛?」
「~~~っっ、ふ、ぅぅ……っ」
「どうしたの瑛…っ」
その二つを握りしめて、声を出して泣いた。
やっぱり夢なんかじゃなかった。
怪我をした俺は確かにここで寝ていたのだろうけど、むこうに行っていた俺もちゃんといた。クリスに愛されていたのは夢じゃなかった。
だって、これがあるんだから。
俺の手元に、クリスとの繋がりが残されているんだから。
会いたい。
クリスに会いたい…っ。
「……っ、……リス、あ、……たぃ…っ」
涙が止まらない。
母さんと父さんは、ずっと俺の頭や肩を撫でてくれていた。
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