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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
15 大事な一歩
しおりを挟む「ごめん………なさい……っ」
「アキ」
クリスは後ろから右腕で抱きしめてくれていた。左手は、繋いだまま。少しでもクリスと繋がっていたくて、一生懸命左手に力を込めた。そしたら、ほんの少しだけ、指先が動く。
「動いたな」
「ん」
ほんの少しでも…嬉しかった。
「落ち着いたな?どうする?今日はもうやめるか?」
ギルマスが腰を落として俺と視線を合わせてきた。
俺は、クリスを見て、ラルフィン君を見て……、首を横に振る。
「もう少し……頑張りたい」
「おう」
ギルマスはニカっと笑って、俺の頭をがしがしなでてきた。ラルフィン君も笑って頷いてくれたし、クリスは右手に力を込めてくれた。
「さっきも言ったが、お前の関節自体が固まってるわけじゃない。動かせるくらい柔らかいし、筋肉もある。息は止めるな。俺が動かすのに合わせるように、お前自身も動かそうと意識するんだ」
「…わかりました」
「ラルは常に癒やしを流せ」
「はい」
「クリストフは少しでも坊主に変化があればすぐに止めろ」
「わかってる」
ギルマス主体で話がまとまった。それから、また、ギルマスの手が俺の左手に添えられた。
「ゆっくりいくからな。できるだけ目をそらすな。自分の腕が動くのをよく見とけ」
ギルマスの言葉にうなずき返した。
少し緊張する。
ゆっくり、ゆっくり、ギルマスが俺の左腕を上げていく。
「っ」
さっき上げたところまでは、まだそんなに痛みは強くなかった。ピリピリした痛みが続くだけ。
左肩には温かいものを感じる。
クリスは、俺の頭にずっとキスをしてくれてる。
「息止めるなよ」
軽く、深呼吸した。
大体45度くらい?そこから更に上げられていくけど、痛みが強くなる。喉が変な音を出した。
覚悟した……ん、だけど。
「は………は……っ、はっ」
叫ばない。
息を止めない。
痛くない、痛くない、痛くない――――
ぼろぼろ涙が出始めたとき、クリスが少し体をずらして、口を塞がれた。
見てろ、って言われたけど、目を閉じてしまった。でも、咎められない。
クリスの舌が、俺をなだめるように絡みついてくる。
左肩には動かされるたびに激痛が走る。その痛みはラルフィン君の癒やしや、クリスのキスだけじゃ紛れない。
涙が止まらない。
膝を立てたり伸したり、足の指先を伸ばしたり、ぐっと力を入れたり。色々してみてるけど、痛みは逃げてかない。
いくら自分に『痛くない』って言い聞かせようとしても、効果はない。
口の中に、甘く感じるものが流れ込む。
自由になる右手で、クリスの胸元にしがみついた。
喉のおくに溜まるものを、必死に飲み込む。
そしたら、少し、少しずつ、昂ぶっていた神経が落ち着いていく。
クリスの力は、誰よりも優しくて、温かい。
「――――アキラ、目を開けろ」
ギルマスの声に、クリスが離れた。それから、恐る恐る目を開ける。
「よく頑張ったな。もう強い痛みはないだろ?」
左の視界に、ギルマスに支えられて挙上した腕の影が映った。
それから、ギルマスは腕をゆっくり下ろすと、また、上にあげていく。
「……………ふ、ぅ、っ」
泣き叫びたくなる痛みはなかった。
涙で霞む視界の中で、みんな、笑顔を向けてくれていた。
「あり……がと………っ」
「まだまだ始まったばかりだぞ?ほら、泣きやめ」
「………はぃっ」
「今日はここまでにしましょう。一日置きに動かして…、アキラさまは指先や手首を、動かして見るように意識してみてくださいね」
「うん。やってみる」
泣き笑いでうなずく。
ギルマスは俺の腕をおろしてから、魔導具を止めて仕舞い込んだ。
クリスはベルを鳴らす。すぐに隣の部屋から顔を出したメリダさんに、お茶と果実水の準備を伝えると、なんとなくほっとした表情のメリダさんは退室していく。
ギルマスとラルフィン君は椅子に座り込んで、少しぐったりしていた。
「横になったほうがいい」
「え、でも」
クリスが俺の身体をベッドに倒した。
「熱がでてるから」
「……寝たくない」
「だーめ」
「……左肩、冷やしたほうがいいですね……。多分、そこが熱の原因かと……」
テーブルに突っ伏したままで、ラルフィン君に指摘された。
「あー…、タオルも頼めばよかったか…」
クリスまでうなだれてしまった。
……皆、なんだか、ものすごく疲れてるみたいで。
俺は、なんかスッキリしてて、逆に元気かも。
「……そろそろ今回の首謀者たちの情報が揃うな」
ギルマスがぼつりと言った言葉に、肩が震えた。
首謀者。
「……魔法師長じゃないんですか…?」
「あれは使われただけだろうな。まあ、罪は罪だ。どういい逃れするかだが…」
「神殿の方にも殴り込み……じゃなくて、僕に対しての苦情申立があったみたいです。神殿長さんが教えてくれました」
ラルフィン君の口から「殴り込み」とか聞くのはすごく違和感…。
…ん?でも、なんで?
「なんで、魔法師長が神殿に殴り込み?」
俺の疑問を、三人は、「ああ、そういえば」みたいな顔で受け止めた。
「アキがワイバーンに襲われた直前に、顔を爪で裂かれたんだ。あの男」
「え」
「…それで、僕に、癒やせ!って言ってきたんですけど、僕、あの人嫌いだし、アキラさまから離れるわけに行かなかったから、断ったんですよね」
「…………」
あっさりと簡単に、なんでもないような風に話すラルフィン君とは対象的に、クリスは苦笑しっぱなし。
「クリス?」
「いや……何でもない。あの時のラルは凄かったな。あれほど静かにキレた姿は見たことがなかった」
「え?僕、普通に対応したんですけど…」
「あの後すぐに逃げ帰ったな…あいつら」
「ラル、神殿の方は問題ないのか?」
「ありませんよ。神殿長もあの人の癒やしは断ったそうですし」
「……まあ、近々陛下の御前で会うことになるだろうから、それまでは放置しよう。レヴィとラルも呼ばれるかもしれないから、その時は」
「辞退するに決まってるだろ。やってらんねぇよ、そんな堅苦しい場所なんて」
「王様にお会いするなんて恐れ多いです。僕、ただの冒険者なので」
「……そう言うと思ったよ、二人とも」
三人のやり取りをなんとなくぼぅっと眺めてた。
ふっと意識が落ちかけたとき、部屋にノックの音がして、ワゴンを押したメリダさんが戻ってきた。
「殿下、お茶とお菓子と、果実水と……、氷水とタオルの他に、なにか必要なものはありますか?」
にこりと笑うメリダさん。
クリスは肩を竦め、「敵わないな」なんてぼやいてる。
「十分だ。ありがとう、メリダ」
「いいえ。では、一旦下がりますので」
みんなにお茶を淹れ終わったメリダさんは、ほっとした顔で寝室を出ていった。
クリスは氷水でタオルを冷やして、しっかり絞ったそれを、左肩に直に押し当ててきた。
「冷た……」
「温度がわかるのはいい傾向ですね。アキラさま、もう少しですから」
温度がわかるのはいい傾向。
…確かに、そうかもしれない。
「うん」
きっと、今日は大事な一歩になったはずだから。
なんとなく、クリスの袖を引っ張った。
そしたら、クリスは果実水を口に含んで、俺に口付けてくる。
流し込まれる果実水。
少しずつ、飲み込む。
そうやって何口か飲んでから、重くなる意識をそのまま手放した。
「おやすみ」
っていう、クリスの声を聞きながら。
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