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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
53 繋ぎ止める② ◆クリストフ
しおりを挟む視線をやれば、左手で血の流れる顔面を抑えた魔法師長がふらふらとこちらにこようとしている。……ディーがそれを阻んでいるが。
「神官がいるのなら先に私を癒せ…!!私はこの国の魔法師長だぞ……!?」
「僕は、神官でありますが、冒険者です。僕は自分が癒やしたいと思った人しか、女神の御力をお借りするのにふさわしいと思った人しか癒やしません。僕は貴方に女神の御力の慈悲を与えるつもりはまったくない。女神の御力が汚れる」
毅然としたラルの声。
「な……なんだと……!?この私より、そんなどこの馬の骨ともわからんような男娼のほうが価値があるとでも言うのか!?」
「価値で人を判断するのは間違ってる。女神の前では人は等しく無価値ですよ。僕は、価値基準なんて知りません。僕が知っているのは、好きか嫌いか、特別かそうではないか、だけです。ぼくは冒険者の方々をとても尊敬しているし、大好きです。だから、癒やしてあげたい。それに、アキラさまのことも大好きです。こんなに綺麗な魔力の持ち主、僕は今まで一人しか会ったことがなかった。綺麗で優しくて、透明で、消えてしまいそうなほど儚くて。…だから、僕はアキラさまを助けたい。……絶対に助けます。僕に必要なことだと思うから。でも、あなたは必要ではない。貴方の魔力は酷く濁っている。女神が、女神の御力が、貴方のことをずっと警戒してる。僕はそんな人間の言うことなんて聞かない」
正直、ラルがこれほど話すのを聞いたことはなかった。誰にでも優しいラル。そんな、印象だった。
魔法師長は何かを喚いていたが、自分たちの天幕の方に戻っていった。まだ皆が戦っているというのに。何一つ役に立たない。
「殿下、癒しが止まってます」
「ああ、悪い」
本来のラルはこちらなのだろう。物事の本質を見極めるラルフィンという神官。……なるほど。これなら最年少で最高位の神官位を得たことも頷ける。
「……アキ、目が覚めたら沢山話をしよう」
そっと口付ける。
舌を差し込んでも反応はない。
ゆっくりと、また唾液を流し込む。
俺の力でお前を癒せるなら、いくらでもやる。
血液のほうが、魔力が濃い。でも、血を飲ませるのは躊躇われる。
アキの喉が何度か鳴ったのを確認し、唇を離した。
アキの左肩を中心した怪我は、先程よりは塞がってきてるように見える。全て、ラルのお陰。
まだ血が流れ続けるアキの肩の上で、己の左腕を切り裂いた。
「殿下!?」
「一番魔力が濃いのは血液だ。だが、飲ませたくはない。傷口に直接かければアキの血液と混ざり合う。……実証済みだ。この方が治癒は早く進む」
「……なんて無茶を。後でその傷も治しますからね!?」
ラルの剣幕に苦笑する。
それでも判断は間違いではなかった様子で、傷のふさがりが早くなり、続いていた出血は止まった。
「あ……よか、った……!!」
出血が止まっただけ。けれど、それだけでも、アキの命が繋ぎ止められたということに感謝しかない。もしラルがいなければ、俺は、冷たくなるアキの体を抱きしめたまま、狂っていたかもしれないのだから。
「フィー、限界だ。一度休め」
「でも」
「ここは一旦殿下に任せろ。お前は休むんだ」
「………ん、わかった。……殿下、ごめんなさい。少し休んで体力戻ったら、殿下のところに行きます。もう、移動させても大丈夫だと思うから…、だから………」
気が抜けたのだろう。ラルはディーの腕の中に倒れ込んだ。
「ありがとう、ラル」
「あ、あと、でん、か!アキラさまの、その、隊服、変な匂いが、してるから、調べたほうが、いいかもですよ。両肩の、ところっ」
「匂い?」
ディーに運ばれるラルを見送り、アキの隊服を手にとった。左肩部分は無残な状態だったが、比較的無事な右肩部分に顔を近づけると、確かに何かの匂いがする。アキの匂いじゃない。
微かすぎて、近づかなければわからないほど。
……その時、2体目が地に沈んだ。
アキの肩を抉った3体目は、エルの双剣と魔法攻撃でかなり消耗していた。だが、その飛竜の視線は目の前の敵であるエルに向けられているわけではなく、アキに……いや、アキの制服に注がれていた。
……ぞくり、と、背中が粟立つ。この匂い。そうか。魔物寄せの匂いなのか。
だとしたら、あの男しか考えられない。不自然にアキに近づき、両肩を掴んだあの男。
アキの制服は、誰にもみつからないよう、ウェストポーチの中に収めた。ここなら、匂いが漏れる心配も、誰かに奪われる心配もない。
マントで包み、アキをそっと抱き上げる。
それからすぐに、3体目の飛竜も地に伏した。
「オットー!」
「はい、殿下」
「以降の指揮はお前に任せる。何かあれば天幕に来い」
「御意――――アキラさんは」
「……一命は取り留めた。全てラルのおかげだ」
「よかった……!!」
「だが、危険な状態に変わりはない。ラルが俺のところに来たらすぐに、通してくれ」
「はい!」
そうしてオットーは飛竜の後始末に向かう。入れ替わるように、レヴィが俺達の傍まで歩いて来る。
「なんとか、か」
「ああ。……ぎりぎり、呼吸をしている…」
レヴィは地面の血痕と、マントの下の怪我を見て、一気に表情をこわばらせた。
「……酷いな」
「………これでも、大分見れるようになったよ。なんとか、出血は止まったし。それより、レヴィ、あの保護した男、どうあっても逃さないでくれ。頼む」
「あー……、なんかわかったのか。いいぜ。全力で置き留める。自害なんかもさせやしない。後始末が終わったらそっち行くから。そんとき話してくれ」
「ああ」
これ以上、この場にはいたくなかった。
あまりにもアキの血が流れたこの場所には。
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