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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。
35 好きな人には想われたい。
しおりを挟む「貴殿らに要請はかけていない。協力も必要ない。今すぐ王都に戻られるがいい」
「おやおや。剣を振るうだけの殿下の団員や統制の取れない冒険者と組んでいては、倒すにも苦労する魔物が多いでしょう?硬い甲羅や鋭い牙を持つような魔物は我らの魔法で一掃しますよ」
あ、こいつ、黒決定。
それはクリスにもわかったようで、俺を抱く手に力が入った。
「それは一体どういうことでしょうか?レイランド魔法師長殿」
「どうもこうもない。その言葉通りです、殿下。我らの魔力で下等な魔物など一掃してご覧に見せましょう」
……冒険者さんたちが殺気立った。みんな抑えて。みんながとってもできる人たち、ってことは、一緒に戦ってきた俺達がよく知ってるよ。
なにか言い返したいけど、言葉が出ない上に、気分が悪い。
ニタニタとした気味の悪い笑顔。全身を嬲られてるような嫌な視線。
ぞわりと、背筋に悪寒が走って、クリスにしがみついた。
「アキ」
クリスはすぐに俺を横抱きにしてくれた。でもしがみついたままの俺の頭に、キスを落とす。
「レイランド魔法師長。もう一度言います。貴方方は必要ない。城にお戻りください」
語気が強まった。なのに、気持ちの悪い魔法師長は鼻で笑い取り合わない。
「役目を果たせばすぐにでも帰城しますよ、殿下」
なんなの、この無意味な自信。
ちらりと視線をむけて、途端に後悔した。
俺を値踏みするようなねちねちした目と目があってしまって。にや…っと弧を描く口元に、また、体が震えた。
「それにしても……、スギハラ殿は、こんなところに来てまで、殿下に媚を売っているのですなぁ。殿下の魔力を与えられるために必死ですか?」
「黙れ」
鼓動が速くなる。
「いやはや…先の謁見式のときはすっかり騙されました。殿下の魔力をご自分の魔力のようにお使いになるとは…。私にはわかっておりましたけどね?毎夜殿下に愛され、その身に殿下の魔力を注がれ、あたかもご自分の魔力を行使しているように振る舞うなど……」
「黙れと言っている」
流れるように紡がれた言葉が、俺の中を侵していく。
「ですが、聡い殿下のこと。私が進言せずとも、その事実にお気づかれましょう…。殿下に捨てられる前に私のもとに来たらどうですか?スギハラ殿。魔力の媒体としていつでも歓迎しますぞ?例え偽りの魔法師であったとしても」
俺を片腕で横抱きにしたクリスが、剣を抜いた。剣先が魔法師長の、喉元にぴたりとついた。
「これはこれは。殿下を思う臣下に剣を向けるなど。殿下がこれほどまでに色に狂わされているとは……嘆かわしい」
「その命いらないようだな」
「国を思い、陛下のために尽力し、殿下方の為にここまで心を砕き身を粉にしている私を、処刑なさると?あまりにも傲慢がすぎませんか?殿下」
気味の悪い薄い口元がニヤニヤと弧を描く。それが、何かと重なる。
『魔物に食べられてしまえばいいのに』
弧を描いた赤い唇が、言葉を紡ぐ。
脳裏に焼き付く光景が、この男の顔と重なっていく。
――――ああ、同じものだ。
身体が、ガタガタ震え始めた。
「アキ?」
震えが止まらない。
寒い。
胸が苦しい。
はっ、はっ…て、呼吸が短く速くなる。
「クリストフ!!!」
この声は誰だったろう。
「ぼーっとすんな!!!抑えろ!!!」
「っ、アキっ」
この腕は誰。
この声は誰。
知ってるはずなのに。
媚を売ったりしてない。
騙してもいない。
偽ってもいない。
なのに、なんで、なんで、いつも、いつも。
もう嫌だ。
つらい。
消えてなくなれば――――楽になる。
「アキ」
呼ばれた。優しい声。
顔を撫でる指先が、冷たく震えてる。
唇に触れたのは温かいもの。
開かされ、すぐに流れ込んできたものは、俺がよく知っているもの。
飲み込んで身体の中を巡るのは、昂ぶった魔力を沈めていく優しい力。
知ってる。
知ってるよ。
「………ス」
俺が、一番好きな人。
いつも、俺を守ってくれる、優しくて力強い魔力の持ち主。
「…クリス」
目元から流れ落ちた涙を、クリスが指で拭ってくれた。
「大丈夫。落ち着いて。アキが偽物魔法師って思ってるのは、あの魔法師たちだけだから」
耳元の優しい声。
「………でも」
赤い人が。弧を描いて微笑む、あの、口元が。
「俺の言葉を信じるんだろ?」
ちゅ…って、目元にキスされる。
「うん…信じる」
もういい。クリスのことが好きでくっついてるんだから、なんと言われてもいい。
「クリス、おれ、クリスに媚びてるんだって」
「ん」
「媚びちゃ駄目なの?俺、いつでもクリスから『好き』って思われたいし、『可愛い』って言ってほしいし、他の誰かを見てほしくないよ?」
「構わない。いくらでも誘惑してほしい。照れて真っ赤になるアキも可愛くて好きだから」
「うん」
思わずにへら…って笑った。嬉しい。
「俺、クリスの魔力好き。身体の中、ポカポカするんだ。飲まされるのも、……えっ、と、………………ぅ、ぅ」
注がれるのも好き――――なんてことは恥ずかしすぎて口に出せません。
真っ赤になった自覚はある。
クリスがふふ…って笑うから。
「……もう大丈夫だな」
クリスが少し泣きそうな顔して、俺のことぎゅって抱きしめてきた。
「ヒヤヒヤさせんな。昨日あれほど忠告しただろうが」
って、すぐ近くからギルマスの声が聞こえてちょっと驚いた。
「……すまない。あまりにも頭に血が上っていて対処が遅れた」
「ま、ギリギリだったが、間に合ってよかったよ」
肩をすくめるギルマス。
昨日の忠告ってなんだ。
それに、何故か、俺の身体、ちょっと力が入らないんですけど。
「……魔力暴走を起こしかけたんだ」
って、クリスが耳元で小さな声で教えてくれて、納得。たっぷり唾液を飲ませて俺の魔力と相殺した――――とか、そんな追加情報はいりません。恥ずかしいので。
でも、クリスの魔力が体の中巡ったから、こんなに落ち着くことできたんだ。そか。精神安定剤みたいだね。
「へへ」
眼の前の人、もうどうでもいいや。
クリスの胸元に頭をスリスリさせて、深く息を吸い込む。クリスの匂いも落ち着く。
ぐいって身体を伸ばしたら、クリスがキスしてくれた。うん、ほしい。飲ませて。
こくんと喉を鳴らせば、クリスの魔力が俺を満たしてくれる。大好き。
唇を離してからも嬉しくて笑ってたら、ギルマスの手が頭をなでた。それから、ぽんぽん、って。
俺を見てふっと笑ったギルマスは、ちょっと胡散臭く感じる笑顔で、眼の前の人を見た。
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