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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。

8 諸刃の剣 ◆ギルベルト

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 まずは庭園へ。

 一度目の魔力暴走は魔物討伐後だった。周囲にかまいたちのような風の刃が巻き起こったが、それほど周囲への被害はなかった。
 二度目は謁見式。…だけど、あれはほぼ未然に防げたようなものだった。原因は、恐らくクリストフが血を流したこと。
 そして、今回は三度目。

 庭園の入り口には、よく知っている騎士服に身を包んだ者たちがいた。

「ザイル」
「王太子殿下」

 すぐに膝を付き頭を垂れるザイル・リクシーに、手だけで立ち上がるよう促した。

「庭園をご覧になりますか?」
「邪魔にならなければ。確認しておきたい」
「承知いたしました」

 ザイルが先導し、庭園に足を踏み入れた。
 ……そして、絶句する。

「……え?」

 地面にはテーブルだっただろう残骸がちらばり、芝生に覆われていたはずの地面は抉れたように土がむき出しになっている。
 生け垣も茶色に枯れ落ち、美しかった庭園はその面影を一切残さない場所と化していた。

「……規模が違いすぎる。ザイル、クリストフとアキラの怪我は?」

 問うと、ザイルは首を横に振った。

「申し訳ありません。自分はこちらの処理を任されたため、殿下とアキラ様の容態については詳しく報告されておりません」
「ああ。わかった。直接会ってくる」
「よろしくお願いいたします」
「まずはここの回収作業に専念してくれ。申し訳ないけど、クリストフに話を聞いてから、私がここの指示を取る」
「はい。よろしくお願いします。殿下は、アキラ様の傍を離れられないと思うので…」

 深々と頭を下げたザイルに頷き、庭園を後にした。

 あの状況で、ティーナに怪我一つなかったのは奇跡かもしれない。万が一にでも怪我をしていれば、アキラの心が壊れるかもしれなかったのだから。

 クリストフの自室前にはオットーがいた。
 私の姿を確認し、敬礼してからすぐに部屋の扉を開けてくれる。
 居間にはメリダが控えていたが、彼女の顔色も酷く悪い。

「クリストフ」

 寝室の扉をノックし声をかけてから開けた。
 ベッドサイドに座り、アキラの手を握りしめたまま、視線だけを私に向けてくる。

「兄上。わざわざすまない」
「いいよ」

 クリストフの身体には包帯が巻かれていた。一部、血が滲んできてる箇所がある。思わず顔をしかめていた。

「傷が塞がっていない。医療師…いや、神官を呼んだほうがいい」
「いや…必要ない。それより、兄上」
「庭園のことかい?見てきたよ。――――あれは、酷いな」
「……アキが、いなくなるような気がした」

 クリストフは眠るアキラを見つめ続ける。

「それは――――死ぬ、という意味で?」
「いや……でも、そうなのかもしれない。存在が希薄になったように感じた。この腕の中に抱いていたのに、そこから霧散していくような気がした………。まあ、今になって思えば、だが」

 クリストフにしては煮えきらない言葉だった。
 眠るアキラを見ても、その『希薄さ』は感じられない。

「魔力を放出したことと関係ありそうかい?」
「……わからない。ただ、今回の暴走は…、今までと違った」

 クリストフは切れ切れに話した。暴走中のこと、目覚めたときのこと。まだクリストフの中でも消過されていないようで、言葉の端々に躊躇いが感じられる。

「兄上」
「…なんだい」
「俺は……あの女が憎い」
「……クリス」
「殺したいほどに憎い。……だが、あの女だけの罪ではない。俺が誰よりも傍にいたのに、何もしてこなかった。……守れなかった。アキの苦しみを感じることもできていない」

 多分、何を言っても聞かないんだろうね。
 まあ、いいか。今は。今だけは。

「彼女を放置したのは間違いなくクリストフの怠慢だよ。ま、わかってるみたいだから、これ以上は言わないけど」

 愛しい者を自分の手で守りたい気持ちはわかる。そして、それができない無力さもわかる。でもね。それは乗り越えなきゃならない物だと私は思うんだ。
 取り返しのつかなくなる前に。修正が効く内に。後悔しても、前に進むことができる状態なら。

「クリストフはアキラを失っては駄目だよ」

 アキラを失うようなことになれば、クリストフは、もう二度と立ち上がれないだろう。
 唯一無二の存在というのは、強くもあり弱くもある……、諸刃の剣とはよく言ったものだ。

「陛下には私から報告を入れるけど、落ち着いたらクリストフも、ちゃんと説明しないと駄目だからね?」
「…わかっている」
「それから、西への遠征の件だけど」
「一日伸ばした。それ以上は…無理だ」
「私が行こうか?」

 クリストフは少しだけ目を伏せ、それでもすぐに首を横に振る。

「王太子が出向く案件ではない」
「でも…、行けるのかい?」

 私の言葉の意味は伝わっているだろう。
 クリストフは眠り続けるアキラの頬をゆっくりと撫でた。

「最悪、俺だけで行く。その時は、兄上にアキを託したい」
「……わかったよ」

 多分、そうはならない。
 アキラが了承しないだろうから。

「とりあえず私は戻るから。ちょっとクリストフのとこの団員を使わせてもらうよ。クリストフ、明日は一日休むといい」
「……わかった」
「それじゃ」
「…ありがとう、兄上」
「うん」

 それ以上は特に言葉を交わすことなく、私は寝室を後にした。
 メリダやオットーには、明日クリストフは仕事を休むこと、何かあれば私に連絡するようにと言付ける。

 それからもう一度庭園に向かい、ザイルに改めて指示を出し、陛下のもとに報告に向かった。

 ……忙しい日だ。
 つい数刻前まで、あれほど幸福な日であったのに。

 報告を終え、急ぎの指示を出し、自室に戻れたのはあれからかなりの時が経ってから。
 侍女を下がらせ、目元に涙をためたままソファで眠るティーナを、そっと抱き上げ寝室に運ぶ。
 ……こんな時だから、仕方ないよね、と、心の中で言い訳をしながら。
 この先どうなってしまうんだろう…と、溢れそうになる不安に蓋をして、彼女の額に口付けた。


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