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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。

30 婚姻式 ◆クリストフ

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 間もなく婚姻式が始まる。
 会場内を見渡すと、皆それぞれの場所へと移動していた。
 魔法師長の姿はない。
 宰相デリウス公爵は時折俺を見て、何か言いたげにしているが、場をわきまえているらしい。
 陛下はヴォルテール公爵と談笑しつつ、指定された場所へと移動していた。

「こっちの結婚式って、みんな立ってるんだね」
「ああ…。招待客が多いからな。少なければ長椅子を設置することもあるが、大概は立式だな」
「みんな疲れたりしない?」
「一応長椅子はあるから、そこも使えるようになってる。……アキは、俺の隣だからな」

 神殿長の右手側に立つ俺の隣には、すでに椅子が用意されている。
 アキはそれを見てから、少しため息をついた。

「ずっと、立ったままで大丈夫なのに…」
「大丈夫じゃないから皆心配するんだろ」
「むぅ……」
「……それじゃ、アキ」
「なにさ」
「アキの体調が良ければ、今度王都に行ってみないか?」
「え?」
「一度案内したかったしな。中々機会がなくて行けなかったが」
「行きたい!」
「じゃあ、今日は無理しないこと。守れる?」
「う、うん……」
「なら、素直に椅子を使おうな?」
「クリス……ズルい」

 少し困ったように眉を顰めて、俺を見上げてくる。

「いつまでもそんな顔しないで。始まるから」

 神殿長が右手を上げた。
 礼拝堂の中が静寂に包まれる。
 俺はアキをおろし、隣に立たせた。もちろん、腰を抱いて。
 神殿長は礼拝堂内を見渡し、頷き、右手をさげた。
 それが合図となり、礼拝堂の左右にある扉が開く。

 婚姻の礼装に身を包んだ兄上と、純白のドレスを纏い長いヴェールをつけたフロレンティーナ嬢が、それぞれゆっくりと歩を進める。
 二人の道が交わるとき、兄上は目を細め彼女を見つめた。兄上は彼女の耳元で何かを囁くと、彼女の手を取り、また、ゆっくりと、歩を進める。
 静寂の中、彼女が歩くたびに鈴のような音が響いた。

「……綺麗」

 それは本当に小さな呟き。
 俺の耳にしか届かない言葉。
 来年の春には、アキがあの場所にいる。今から待ち遠しい。
 二人が祭壇の前で立ち止まったとき、アキに椅子に座るよう促した。
 アキは渋々椅子に座ったが、長く息を付き、肩から力が抜けていく様子がわかる。

「豊穣の女神アウラリーネの名のもとに、若き二人の行く末に、幸福が訪れることを祈りましょう」

 式は進む。
 神殿長からの祝福の言葉、女神へ捧げる誓いの言葉。

 二人はその場で膝を折り、祈りの姿勢になる。

「私――――エルスター王国王太子ギルベルト・エルスターは、フロレンティーナ・ヴォルタールを妻とし、彼女を愛し、全ての事柄から守り抜くことを誓います。また、彼女と共に、全ての民のため、国のために、私達が持てる力のすべてを捧げます」

「私――――フロレンティーナ・ヴォルタールは、ギルベルト・エルスター様の妻として、夫を誰より深く愛し、慈しむことを誓います。どのような悲しみにあったとしても、ギルベルト様を愛し、守り、信じ、寄り添い、支えていきます」

 その二人の頭に、神殿長が指先を軽く触れさせた。

「お二人の誓いの言葉を女神アウラリーネ様はしっかりと聞き届けられました。その誓いを違わぬよう願います」

 神殿長が指を離す。
 二人に立つよう促し、兄上がフロレンティーナ嬢の手をとり、互いに立ち上がった。

 神官が一人、二人の元へ揃いの宝飾品を載せたビロード張りの台座を運ぶ。
 アキをちらりと見ると、真剣な眼差しを二人に向けていた。
 アキはどんな式がいいだろうか。揃いの宝飾品は何にしようか。
 兄上たちはブレスレットにしたようだった。

 そうして最後に誓いの口付け。
 アキが俺を見上げ、袖を引っ張った。
 俺はアキを立たせ、左手を取るように位置を調整する。

「お二人に女神様の祝福を」

 その言葉と同時に、一歩前に出る。
 アキの左手をそっと持ち上げ、手の甲に唇を落とし、僅かに舐める。

『女神アウラリーネ様の祝福を二人に』

 アキの左手の甲から、光の粒が舞い始めた。

『お二人の進む道が幸福であるように』

 光の粒が増える。

『お二人が、全ての者に幸福を与えられる存在となるように』

 アキが、右手を胸の前にあて、目を閉じた。

『「祝福の、贈り物を――――」』

 アキの髪が、ふわりと舞った。

 再び瞳を開いたとき、アキの瞳は金色を呈していた。胸の前にあてていた手を天に向けると、そこからは光り輝く小さな花や蝶が舞い出る。

 これには、礼拝堂内がざわめいた。

 アキの生み出した光の花と蝶は、祝福の光と戯れるように舞い、フロレンティーナ嬢が纏うヴェールに寄り添う。

「……綺麗」

 彼女の瞳から涙が落ちた。

「ありがとう……アキラさん」

 アキラは微笑みだけを返した。
 礼拝堂内での奇跡のような光景に、誰もが見入っていた。
 祝福の光も、光の花も蝶も、まだ消えない。いつまでも、舞い続けた。


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