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第4章 怪我をしたら更に溺愛されました。
14 諦めてた
しおりを挟む今まで感じたことのない激痛が左肩に走った。
……ワイバーンに噛まれたときも、多分激痛だったのだろうけど、幸いなことに?俺の中には記憶としてはあまり残っていないから。
「クリスっ、くりすっ、や、離してっ、やだっ、いたいいっっ!!!」
左肩に感じる温かいもの。
でも、それを上回る痛み。
手と足をどんなにばたつかせても、後ろから俺を羽交い締めにしてるクリスはびくともしない。
「アキラ、もう少し我慢しろっ」
「我慢ってなに!?や、離して、ぎるます、そのて、はなしてっ」
頭じゃわかってる。
これはリハビリで、今まで動かしていなかった左肩が固くなっているから、それをほぐすための。
だけど、だけど、わかっていても無理。
「は……、やだ……くりす……たすけて………っ」
「アキ…」
呼吸が早くなって、苦しい。
汗は流れっぱなしだし、涙が止まらない。
「くりす………くり、す………、は、………ひっ」
喉がひきつる。
こんなに痛いのに、視界に映る左腕は、それほど上がってない。
「っ、はっ、あっ」
目の前に赤い光が映り込む。
動かされる痛みが、思い出せない記憶を呼び起こしていく。
「レヴィ、手を止めろっ」
遠くなりそうな意識の中でクリスの声を聞いた。
呼吸はもっと早くなる。
「ラルっ」
「わかってます……!!」
赤い。
何もかもが赤い。
「アキっ」
唇にぬくもりを感じる。
――――目の前には、鋭い牙をむき出しにした魔物の姿。
身体の中に流れ込み染み込んでいく、クリスの優しい力。
――――ニタリと笑う不気味な赤い口。
痙攣する俺の身体を抱きしめる力強い腕。
――――俺の左肩に食い込む何本もの牙。
宥めるように口の中を撫でる舌。
――――喰われてしまえばいいのにと歪む口元。
俺を呼ぶ声。
――――俺を蔑む声。
どれが現実で。
どれが過去で。
どれが本物なのか。
「アキ!!!」
優しく、でも力強く呼ばれた名前。
目を見開いた。
そこには、牙をむき出しにした魔物も、真っ赤な唇も、蔑んだ目の男もいなかった。
ただただ、俺を心配そうに、泣きそうな瞳で見つめてくる、俺の一番大好きな人がいて。
「――――」
名前を呼びたくても声が出なかった。
喉が痛い。ひりひりする。胸も苦しい。空気は……入ってる?
「いい。大丈夫だ。無理に声を出すな」
頬をなでながら言われた言葉に、俺は頷いた。……頷けただろうか。
「痛みと、襲われたときの記憶が重なったんだと思います…。すみません。僕がもう少しできていれば」
「いや、加減できなかった俺の問題だろ。ラルはやれてたよ。……それにしてもなぁ。肩は動くんだよ。骨の形成も、筋肉や血管なんかも問題ない。まあ、筋肉自体は痩せちまってるが、動かせないほどの問題にはならない」
「…二人共ありがとう。……アキ、左手に触れてもいいか?」
声が、耳を通り過ぎていく。
それでも意味をつかもうと、必死で頭を働かせた。
左手。
それは、無理だ。
「…………い」
「アキ?」
「………て、ない」
言葉をうまく紡げない。
……また、鼓動が早くなる。
左手。
それは、あれに、喰われたから。
呪いのような予知のようなあの言葉を肯定するように、俺の左手は肩から先が喰われたから。
ないから。
ないものにはふれられない。
ないものはうごかせない。
どうしてクリスはそんなことを言うんだろう。
俺の左手なんて、もう、どこにもないのに。
頭の中では、おかしいおかしいを繰り返してる。
何かが違う。でも違いがわからない。
いろんな線が繋がらない。
「アキの手はここにあるから。なくなってなんかない」
クリスがおかしなことを言った。
頭のなかは混乱する。
ちぎれて、喰われた左手。
「アキ…」
ないはずの左腕に、クリスの手が這う。
はっきりとしない意識と視界。
クリスは後ろから俺を抱きしめたまま、俺の左腕をゆっくり持ち上げた。
「………っ」
手のひらを重ねて、指を絡め合うような恋人繋ぎにして。
ゆっくり、ゆっくり。
「なくなってない。ここにある。俺が触れてるのは、アキの手だろ?俺が触れてるの、わかるか?」
「………かる」
ぼろぼろと涙が落ちた。どうして俺、左腕はもうないなんて思ったんだろう。
皆が今まで必死に助けようとしてくれてたのに。
「ごめ……さい………っ」
そんなつもりはなかったのに、一番諦めてたのは俺自身だったのかもしれない。前向きに、頑張ってると思ってたのに。そうじゃなかった。俺が一番、心のどこかで諦めていたんだ。
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