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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。

36 みんなが優しい

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「――――さてと。まあ、なんか散々色々おっしゃってましたけど、エルスター王国魔法師長レイランド殿。冒険者宿統括のレヴィと申します。お噂はかねがね」

 ギルマスがクリスと魔法師長の間に立ち、そんな風に話しかけた。
 すっかり空気な存在になってた魔法師長はどう受け取ったのか、気味の悪さが倍増した笑顔でギルマスに向き合った。

「なるほど。統括ともなれば私のことを知っていてもおかしくはない。色に狂った殿下と無知で粗暴な者の集まりと思っていたが、統括はまともな人物のようだ」
「……その無知で粗暴な我々のためにご教授頂きたいことがあります。先程閣下がおっしゃっていた『硬い甲羅や鋭い牙を持つような下等な魔物』とは、一体どういったものか、詳細にお聞かせくださいませんか」
「おお、なるほど。それらは『キラーアント』と呼ばれる魔物。あのようなもの、我らの魔法にかかればすぐに討伐できるというもの。さ、統括殿、討伐できずにこのような所に集まっていたのでしょう?我らの優れた魔法をお見せしよう。そこの媚を売るしか能のない偽物とは違い、我らなら貴殿らの役にたてますからねぇ」

 媚、媚って、うるさいな。
 しかも、言葉の端々に冒険者さんたちを下に見る態度が表れていて、イラっとする。
 でも、俺がキレたら、いいことないから我慢我慢。

「なるほど……」

 ギルマスだって怒っているはずなのに、ふむふむ頷いて笑ってる。

「それならば閣下、お帰りいただかなければならないようだ」
「なんだと?」
「キラーアント、既に討伐が完了していますから」

 にこにこと告げたギルマスの言葉に、魔法師長だけでなく、後の3人も表情が強張った。

「討伐が完了した?…ありえない。我々を動揺させようとしても」
「信じられませんか?」
「ああ、そのとおりだとも」
「まあ、討伐できたのは一部ですから、残党狩りは閣下のお力をお借りしましょう」
「なんだ、やはりな。最初からそう申せばいいのだ。たかだか1匹や2匹討伐したくらいで完了とは……。30匹もの数は我らの力なくしては討伐することも難しいであろう」

 この人頭悪いな。なんで魔法師長とかやってんだろ?

「30ですか……」

 キラーアント30匹。これは、皆がやっつけた数だ。その数字をぴたりと言うなんて、ほんと馬鹿なの。

「では閣下」
「なんだ」

 しかもこの人、『閣下』って呼ばれて喜んでるんだよ。ギルマスがその言葉を口にするたびに、小馬鹿にされてることにも気づかない。小物過ぎて笑える。
 ……ん?俺、なんか性格悪くなった?……この人に対して優しく接しようとか全然思えないから、いいや。毒吐こう。

「これから森に入りましょう。キラーアントと遭遇した地点までご案内しますので。それに、森には何やら不穏な魔法が掛けられてる様子」

 ぴくり、と、その人の表情が歪んだ。
 あ、幻惑魔法もこの人の仕業なんだ。なるほど納得。
 森を見てから、ポーカーフェイスのできない男を見る。……ああ、たしかに。なんで気づかなかったんだろう。同じだ。あの森から感じる嫌なものと、眼の前の人から感じる嫌なものが。

「閣下のお力であれば、それを相殺することも可能でしょう。討伐成功には不穏な魔法の除去は必要不可欠。閣下の素晴らしい魔法の力を、どうか愚かな我々のためにお貸しください」
「森に魔法がかけられているなど、何故わかる?あれは――――いや、何もおかしなところは感じられないが」
「それはおかしい。さ、すぐに、森に参りましょう。森の魔法を解除していただいてから、ゆっくりとキラーアントの掃討といきましょう。ああ、楽しみですよ。無詠唱魔法の研究を進めていらっしゃる閣下のご実力!!今まで誰も研究してこなかった分野への慧眼!!なんとも素晴らしい功績ではありませんか」
「ふむ」

 無詠唱魔法の研究ってなに。初めて聞いたわ。あれ、研究するほどのもの?ギルマスだって、ラルフィン君の幼馴染さんだって、他の冒険者の方だって、無詠唱だよ?
 なのに、研究するほどのことなの?これ、大声で言われて、みんなに聞かれて、恥にならないの?『え、今更!?』みたいに。
 俺ですら呆然とその人を見てしまった。よくよく見たら、後ろの3人もドヤ顔してるしね。こんなレベルで偉ぶってるの?国の魔法師さんって。

「……そこまで期待されては仕方ない。その幻惑魔法、私が取り除こう」

 語るに地に落ちる。だっけか。
 不穏な魔法としか言ってないのに、幻惑魔法、って断定した。

「殿下、そういうわけで、まずは閣下に森の魔法の解除をしていただきましょう。殿下はご婚約者様とお楽しみいただいていればよろしいかと」

 クリスを見たギルマスの表情。馬鹿な男からは見えないその表情は、にやりと笑っていた。やったね、ギルマス。乗せるのうまいね!

「ではそうさせていただこう。アキも私から離れられないようでね。魔法師長殿、先程は剣を向けてすまなかったな。貴殿らの貴重な研究の成果をこの目で直接見ることができないのは残念だが」

 クリスがそう言った途端、鬼の首でもとったかのような顔を向けてきた。喜色満面すぎて気持ち悪い。

「ええ。いつでもお見せしましょう。それでは統括殿、我々を案内する栄誉ある任を与えましょう」
「ではこちらへ」

 ギルマスほんとすごいね。
 使えない4人をいかにも『森に案内してます』風に動いてる。
 他の冒険者さんたちは遠巻きに見てて、4人に対して食ってかかろうとする人がいない。ギルマスの指示でもあったのかな。

 ギルマスと4人が森に消えたとき、周りから盛大なため息が聞こえてきた。
 クリスも俺を抱いたまま、椅子に腰掛ける。

「アキラさん、これを。疲れたでしょう」

 オットーさんはすぐに俺にコップを手渡してくれた。

「ありがとうございます」

 オットーさんの目元が優しい。ほんとに俺のこと心配してくれたんだ。
 コップの中身の果実水を飲んでたら、おかわりとか果物とか、次から次へと隊員さんたちが持ってきてくれた。そして、みんな、俺のこと心配してくれる。嬉しい。
 隊員さんたちがそれぞれの持ち場に戻った頃、押し寄せてきたのは冒険者さんたち。

「俺達みんな、あんたに感謝してるからな」

 …って、何人も俺の頭をなでてくれる。ありがとう。嬉しくて泣きそう。
 それから最後に、ラルフィン君が走って俺のところに来た。

「アキラさま!!異常な魔力の上昇を感じました…!お身体は大丈夫ですか!?」

 ラルフィン君、今にも泣きそうな顔で、俺の手を握った。何か回復の力を流してくれてるのか、握られた手がポカポカ温かい。

「もう大丈夫だよ。クリスが助けてくれたから。でもありがとう。身体、少し軽くなった」

 これはほんと。ラルフィン君に手を握られてから、だるさが少しなくなったから。
 二人でにこにこしてたら、幼馴染ズの片割れ、双剣使いの人が、俺の頭をなでた。今にも泣きそうな顔で。

「よく耐えたな」

 って。それで、納得した。この人も暴走したことあるんだ、って。じゃなきゃ、こんな表情しないよね。
 大丈夫、クリスがいるから、って、笑って返した。
 みんなの気持ち、嬉しいな。よかった。俺、何もできてなかったわけじゃないみたいだ。

 嬉しくてまた涙がこみ上げてきたら、微笑んだクリスに抱きしめられた。


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