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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。

25 遮音魔法は便利だと思う ◆クリストフ

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「邪魔するぜ」



 夕食を終え、アキの着替えを済ませたあたりで、酒瓶を手にしたレヴィが俺たちの天幕を訪れた。
 …酒瓶って。この状況で飲むつもりなのか。

「随分可愛い格好してんな…坊主」

 レヴィの言葉にアキが顔を赤らめた。アキは寝間着代わりのいつもの俺の服を着ているのだから、可愛くないはずがない。
 他人に見られるのは恥ずかしいのか、毛布を背中からかぶり、身体を包んでしまった。その反応はやっぱり可愛い。ついでに、毛布から見える素足にもそそられる。

「夜間の招集に出れないだろ」

 レヴィは半ば呆れたように肩をすくめた。

「そもそもアキを夜間に出すつもりはないからいいんだよ」

 わざわざ夜にアキを外に出す気は全く無いんだから。
 アキはベッドの上で縮こまりながら、俺とレヴィを交互に見ていた。

「……クリスの口調が昼間と違う」
「ああ。一応、こんな奴でも冒険者の統括だからな。それなりの礼をとっていたほうが、冒険者に対しても示しがつくんだ。まあ、一応俺の剣の師匠でもあるしな」
「一応の数が多くないか?」
「間違っていないだろ」

 真顔で返せば、レヴィはくくくと喉の奥で笑った。

「違いない。まあ、俺としちゃあ、いつでも今のお前さんのほうがやりやすいんだがな」

 本当。いつも変わりがなくて助かるよ。

「まあ……、それはそれとして」

 レヴィは表情をがらりと変えると、懐から小さな道具を取り出した。
 水晶の台座の上に、魔石が鎮座したものだ。

「これは?」
「周囲に遮音魔法をかけることができる。最近になってリーデンベルクでこの技術が確立された」
「……とんでもないな」
「この国のように魔法が衰退してるわけじゃねぇからな」

 レヴィの言葉は的確にこの国の現状を示していた。
 魔法の衰退。
 これは確かなことだ。この国の魔法師たちは、権力にしがみつき、魔法を高める努力をしていない。

 ……それにしても遮音魔法の魔導具か。これがあれば天幕の中でもアキを啼かせられるんだが……、流石に手に入れるのは難しいな。

 俺の考えを読んだのか、レヴィは俺に向かって口角を上げ笑った。そのまま、テーブルの上に置いた魔導具に、魔力を通す。

「…あ」

 最初に気づいたのはアキだった。
 部屋の中を覆う魔法が発動している。

「これで中の音はもれないぜ。やばい話もし放題だな」

 ニヤリと笑うレヴィは、どこまでを知り、どこまでの情報を与えてくれるのか。そればかりは、付き合いの長い俺にも解らなかった。

「遮音……ってことは、音を遮断するんだよね…。属性的には空間?あ、でも、音、っていう要素もあるから……、音系の魔法種類なんてあったっけ?」
「空間への干渉だけで可能だ」
「あ、それだけでいいんだ」

 アキの瞳が面白いものを見つけたときのように、キラリと輝いた。昨夜、俺のウェストポーチに収納魔法をかけたときのように。
 ため息を付きながら頭を撫でると、アキは何かを察したのか、また身体を小さくした。……怒っているわけではないからな?ただ、心配しているだけで。

「レヴィ」
「なんだ?」
「これを見てほしい。意見を聞かせてくれ」

 俺がウェストポーチをレヴィに手渡すと、アキは驚いた顔をした。たしかにな。俺とアキ、二人だけの秘密だと言ったばかりなんだから。

「……おいおい、どういうことだ、これ」

 それを手に取り見回したレヴィは、面白いくらいに顔色を変えた。

「アキがやった」
「嘘だろ…」
「今お前が起動した遮音魔法も、アキならできると思う」

 どれほどの魔力を消費するかはわからないけど。

「おい、クリストフ」
「……なんだ」
「この国にいたら、アキラは殺されるぞ」

 何も隠さない言葉に、ひゅっ…と、小さな音がアキの喉から漏れた。

「なん、で?」
「空間属性の完成形は移動魔法だ。恐らく、アキラにはそれを使うだけの魔力と、知識がある。移動魔法がどれほど有益で危険性の高いものか、わかるか?」
「……相手国への侵略」
「そのとおりだ。一瞬で王の首すら取れる。そんな危険な存在を、他の国が認めるわけがない。それから、ここの魔法師長。あいつは、アキラの存在が目障りなはずだ」

 それは、指摘されなくてもわかっていることだ。
 アキは小さく震えていた。
 隣に腰掛け肩を抱けば、震えは大きくなり、しがみついてくる。

「すぐにアキラを他の国に出せ」
「それはできない」
「魔法技術が進んでいる国であれば、アキラは優遇される。魔導具の開発にも大きな発展が見込める貴重な人材だ」
「無理だ」
「クリストフ」

 レヴィが言っていることが正論なことはわかる。国としてアキの存在を守ることができるのであれば、安全性は増すのだから。けれど、アキと離れることは考えられない。
 アキと離れるなど、俺にとって死と同義だ。

「クリス……」

 アキの瞳に涙が滲んでいた。

「俺……、クリスの傍にいちゃだめなのかな……?」
「そんなこと……言わないでくれ、アキ…っ」

 これほど望んでいるのに、女神は何故俺たちを引き離すような道を用意するのだろうか。
 アキの目元に唇を押し当てたとき、レヴィからため息が漏れ出た。

「いいか、クリストフ。この国の魔法師たちはもう駄目だ。あんな馬鹿な男を長にした瞬間に終わったんだ。この国の魔法師の衰退は、あの男が権力を握ったときから始まっている。わかってるんだろう?」
「……ああ。それも、アキの言葉で気付かされたよ。俺は今まで見ているつもりでなにも見ていなかった」
「お前さんは真面目すぎるんだよ。母親の遺言だがなんだか知らんが、言葉に縛られすぎだ。視野が狭くなるのも当然だな」

 レヴィに指摘されるまでもない。自分でもわかってはいる。
 母が俺に最後に残した――――兄を最後まで支え助ける存在であってほしい、という願いの言葉。あの時から俺の生きる道は決まったんだ。

「で、だ。そんな腐った連中からアキラを守るために、お前は何をやる?どうやってアキラを守るつもりでいる?」
「……アキを、魔法師長にする。アキが適任だ」
「クリス……?」

 軍属にはさせたくない。けれど、アキを守るためには、それしか方法が思いつかなかった。


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