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第3章 遠征先でも安定の溺愛ぶりです。

7 涙 ◆ギルベルト

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 今日は前々からティーナが楽しみにしていた、アキラとの茶会の日だった。
 昼前に登城した彼女は、昼食の間、ずっと楽しそうに茶会の話やアキラの話をしていた。正直、婚約者であるはずの私が嫉妬してしまいそうなほど、それはそれはとても楽しそうに。





「それじゃティーナ、楽しんできて」
「はい。ギルベルト様」

 昼食後、茶会の場所に指定した庭園まで、彼女を送り届けた。
 桃色のドレスはティーナによく似合っていて、可愛らしい。春の庭に相応しい愛らしさだった。
 ……そんな彼女を愛でるのが私ではない、という事実に、若干の苛立ちに似たものも覚えたが、相手がアキラなら仕方ないかと、諦めた。
 ティーナは、アキラのことを本当の弟のように思っているのだから。

「執務をさっさと終わらせるから、後で顔を出してもいいかい?」
「はい!もちろんですわ、ギルベルト様」

 花もほころぶ笑顔。……ああ、本当に可愛らしい!

「ティーナ、無理はだめだよ?でも、楽しんで」
「はい」

 微笑む彼女の額に口付ける。
 ほんのりと頬を染めた彼女と離れ難く、ついその手を握ってしまった。

「ギルベルト様……」
「うん、ごめんね」

 何に対しての謝罪なのかは全くわからない。
 これじゃあ、アキラにべったりなクリストフのことをからかえない。愛しい者が目の前にいるんだ。手放せるわけがない。

「では、ギルベルト様!お茶会の準備をしてきますね」

 けど、私の心中を知ってか知らずか、ティーナはあっさりと私の手を離した。
 思わず漏れてしまう苦笑は仕方ない。

「私も執務に戻るよ」
「はい。ギルベルト様、できるだけ早く終わらせてくださいな。お待ちしておりますから」

 瞬間、言葉をなくした。
 見事な飴と鞭。

「ティーナ」

 思わず彼女の髪を一房手に取り、口付けた。

「すぐ終わらせる」
「是非。一緒にお茶会…楽しみです」

 そして、ようやく足を動かすことができた。
 これはとにかくさっさと仕事を片付けなければ。
 ティーナとのお茶会が楽しみでならない。





 執務の終わりが見えたときだった。
 酷く焦った様子のクリストフのとこの団員が、私の執務室にやってきたのだ。

「第二王子殿下直属兵士団のミルドと申します。至急、王太子殿下にお伝えせよと命を受け、ご報告に参りました」
「挨拶はいいよ。何があった?」
「本日開催されていた茶会に、デリウス公爵令嬢が乱入し、アキラ様が倒れました」

 端的に報告された内容に、心がざわついた。

「……令嬢は、どうした」
「は。クリストフ殿下により、城からの退去、及び、謹慎処分が言い渡されました」

 ……一体何があったと言うんだ。
 デリウス公爵令嬢のここ最近の動向については、詳細に報告を受けている。クリストフ自身もなんの対処もしていないわけではないだろうに。
 この茶会の話はどこからあの令嬢に漏れた?親しい者や信頼の置ける者にしか話してないのに。
 なのに、何故。

「ご苦労さま。戻ってくれ」

 そう伝えると、ミルドは礼をして執務室を辞した。
 ……あれほど、嬉しそうに、楽しそうにしていたのに。

「ティーナ…」

 倒れたというアキラのことも気になるが、クリストフがついているのならまず心配はいらない。
 それより今自分が寄り添わなければならないのはティーナだ。茶会を台無しにされ、彼女は傷ついているはずだから。

「出てくる。テオ、頼んだ」

 テオドルト・ベイエル。侯爵家の嫡男で私と同い年。幼い頃から共にいることが多く、成人したときに私の補佐として城勤めとなっている。

「わかってる。さっさと行ってこい。…デリウス公爵令嬢については、調べておく。もちろん、極秘でな」
「頼むよ」

 頼りになる友人だ。

 すぐ執務室を出て庭園へ向かった。
 件の場所に近づくにつれ、城内は騒がしくなる。
 …これは、思っていたより事態が悪いのか。

「――――ティーナ」

 ざわめきの中、青褪めたティーナが、護衛騎士に付き添われてこちらへ向かってきていた。

「ギルベルト様……」

 私の姿を見た途端、唇が震えだし、大粒の涙を流し始める。

「ティーナ」

 駆け寄り、抱き締めていた。
 彼女がこんなに取り乱すなんて、今までなかったことだ。

「ギルベルト様……アキラさんが……アキラさんが……っ」
「ティーナ…」

 彼女を抱き上げ、自室に向かった。
 ティーナは私の腕の中で震え、まだ涙を流し続けている。私の胸元を握る指先が白い。

 早足で自室に向かった。
 扉前を警備している騎士に誰も近づけるなと命じ、部屋に入る。
 ソファにティーナを降ろし、その隣に私も座った。

「ティーナ、何があったの?」
「ア…アキラさんが、魔力暴走を……っ、私……私……!」
「魔力暴走……って、ティーナに怪我はないの!?」
「私は、どこも……。でも、アキラさんも、クリストフ殿下も……!あんなことになるなんて…!!」

 原因は十中八九デリウス公爵令嬢だろう。

「私……私のせいで、アキラさんが……っ」
「ティーナのせいじゃないよ。クリストフも言ってなかったかい?」
「ですが、ですが……っ」
「ティーナ、落ち着いて。私が様子を見てくるから、ティーナはここにいて。今お茶を用意させる。私が戻るまでこの部屋から出たら駄目だよ?」
「ギルベルト様……」
「大丈夫。……せっかく楽しみにしていたお茶会だったのに。それを壊されるなんて…。辛かったね…ティーナ。デリウス公爵令嬢については、私の方でも対処するから」

 まだぽろぽろ涙を流すティーナを、優しく抱きしめ、腕の中で小さく頷いたのを感じてから、そっと離れた。

「それじゃ。ちょっと行ってくるからね」

 コクンと小さく頷いたティーナの目元に口付け、侍女を呼び出しお茶の手配をしてから部屋を出た。


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